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上鹿渡 和宏(かみかど・かずひろ)/早稲田大学人間科学学術院教授  略歴はこちらから

早稲田大学社会的養育研究所の役割と挑戦

〜「子どものために」で終わらせず「子どもとともに」までつなげる〜

上鹿渡 和宏(かみかど・かずひろ)/早稲田大学人間科学学術院教授
2022.4.18

 子どもの数が減り続ける日本において子どもの虐待通告件数は増え続けている。1999年に11,000件ほどあった全国の児童相談所への相談件数が2020年度には205,000件とおよそ18倍になっている。重大虐待案件が報道される際には、早期発見・介入が不十分であったことが指摘されることが多い。一方で早期発見・介入された子どもが、その後どうなっているか、親子分離された子どもの一時保護や施設・里親家庭等における生活がどうなっているかについてはほとんど知られていない。安全確保のため親子分離された子どもは、多くの場合、親とだけではなくそれまで暮らしていた地域や学校、仲良くしていた友達からも突然分離されることになる。

 筆者はかつて児童精神科医として児童相談所で虐待を受けた子どもに対応していた。虐待が明らかになり安全・安心を確保するため一時保護になることを子どもに伝えた際に「一時保護所に行くくらいなら家で叩かれていた方がマシ」と言われたことがある。一時保護を経験したことのある子どもの言葉であり、約束したはずの安全安心な場を提供できていないことを教えられた。子どもが措置された施設や里親家庭等で受ける虐待や子ども間暴力の放置等は子どもの二重犠牲者化ともいえる状況であり、あってはならないことだが毎年全国で発生し、被措置児童等虐待として対応が続けられている。

 親子分離をすれば、子どもの安全安心が確保されるわけではない。子どものために安全な場を確保しようとするだけでは足りない。子どもが何を必要としているのか、子どもの声を聴き、実際に子どもにとって安全・安心な場となっているか結果を評価する必要がある。
「いっしょに生きてくれる人が見つかる場所であってほしい」
「親を助けてくれる人がいたら自分は離れずに仲良く暮らしていたかもしれない」

 社会的養護[1]の子どものこのような声に応えなければならない。早期発見・介入だけでは子どもへの虐待は減らない。早期発見・介入のもっと手前の段階で「親を助ける」予防的対応によってまずは蛇口を閉めなければならない。それでも生じる虐待の早期発見・介入と、安全確保のため親子分離された子どもに「いっしょに生きてくれる人が見つかる場所」を提供する社会的養護を一連の対応として取り組む必要がある(図表1)。

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(虐待への対応として、親子分離が必要な場合には子どもにとって安全・安心な場を確保すること、また、親の困った状況が虐待につながる前に親を支援することが重要。早期発見・介入だけでは虐待は減らない。)

 2016年改正児童福祉法はこれまでの日本の虐待に対する予防的対応や社会的養護を大きく変える家庭養育優先原則を明示した。他国に比べた日本の特徴として、①施設養護の割合が8割という施設養護を主軸とする社会的養護の体制と、②社会的養護となる子どもの割合が欧米諸国の1/6~1/3と少ないことの2つが挙げられる。①については国連のガイドラインで子ども特に乳幼児の代替養育は家庭養護を基本とすることが示され世界的潮流となっており、日本でも施設養護から家庭養護への移行が始まっているが、取り組みの自治体間格差が大きい。②については、虐待が疑われても一時保護されず、または一時保護された後で家庭に戻され、特に支援を受けることもなく「見守り」が続けられるだけの家庭が多くある。子どもの頑張りに任せてきた状況もある。厚生労働省からも2021年度の国の委員会において、家庭への養育支援が圧倒的に不足した状況が示され、2022年度の児童福祉法改正で大きく改善する方向で準備が進められている。

 2016年改正児童福祉法に初めて子どもの権利について記載され、子どものために取り組みを進める際の子どもの声を聴くことの重要性がさらに広く認識されるようになった。各自治体は国からの指示のもと、子どもの声を聴き、子どもにとっての最善の利益を考え実現するため2020年度から5年、10年の目標値を設定した具体的な計画を策定し、実践を始めている。今私たちは新しい社会的養育体制構築の大変革期にいると言える。

 子どものために始めた取り組みが、子どもにとってどのような結果をもたらしているか、子どもの声を聴き、成果を客観的に評価し実践や制度等に反映させる必要がある。20204月に早稲田大学社会的養育研究所を開設し、同年7月より日本財団の助成を受けて「研究」「実践」「施策」を連動させ、新たな社会的養育システムの構築に向けて必要な評価研究だけではなく、実践現場の様々なニーズに応じた情報提供やプログラムの開発・導入等にも取り組んでいる(図表2・3)。

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(これまでこの領域の実証的評価研究については、施設・里親など実践者や児童相談所の了解、実親の承諾を得ることが難しく、また福祉以外の専門家による研究への参画も少なく、実践や施策の改善につながる研究が不足していた。)

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(新しい社会的養育システムの構築に向けて必要な評価研究だけでなく、実践現場のニーズに応じた情報提供やプログラムの開発・導入等も社会的養育研究所の重要な役割である。厚生労働省「令和3年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」として社会的養育推進計画の実践に向けた調査研究も大学研究機関として実施した。詳細はホームページ参照 https://waseda-ricsc.jp/

 社会的共同親として「自分の子どもであったら」「自分が子どもであったら」と考えてみる。子どものためにと思い込んで進めるのではなく、子どもの声を聴き、子どもが困っていることに一緒に取り組む。子どものためにで終わらせず、子どもとともにまでつなげることを常に考える。社会的養護のもとにある子どもたちに焦点化して始められた取り組みは、新たな社会的養育システムの構築を通して、同じ地域で育つ全ての子どもと家族にとっての助けとなるであろう。全ての子どものために社会全体として取り組むべき重要な課題であり、戦後70年を経て迎えたこの機会を逃すことはできない。これからの社会的養育をつくる協働の場として開設した早稲田大学社会的養育研究所[2]への多くの方々の参画を期待する。


[1] 「社会的養護」とは、保護者による虐待やネグレクト(育児放棄)、保護者の病気、不在などにより家庭環境上養護を必要とする子どもに対して公的な責任として社会的に養護を行うことをいう。2016年改正児童福祉法の理念を具体化するべくまとめられた「新しい社会的養育ビジョン」以降、子ども・家庭への養育支援から代替養育までを含み、胎児期から自立までの全ての子どもを対象とし、子どもの権利とニーズを優先し家庭のニーズも考慮することを明示した「社会的養育」という言葉も使われることが多くなった。
[2] 5月5日に全国子どもアドボカシー協議会主催、早稲田大学社会的養育研究所共催で
子どもアドボカシー全国セミナーを早稲田大学121号館で開催予定。
子ども・若者は参加費無料。お申し込みは、https://adv2022.peatix.com/

上鹿渡 和宏(かみかど・かずひろ)/早稲田大学人間科学学術院教授

児童精神科医、博士(福祉社会学)。病院、児童相談所、大学等での勤務を経て、20194月より、早稲田大学人間科学学術院教授。20204月より早稲田大学社会的養育研究所所長。厚生労働省「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」構成員。乳児院の多機能化・機能転換や英国のフォスタリングチェンジ・プログラム(里親研修)の日本導入に携わる。

【主な著書、訳書・監訳書等】
「虐待を受けた子どもの社会的養育について」(2021)保健医療科学,70(4),364-376
「フォスタリング機関の現在とこれから」(2021)子どもの虐待とネグレクト(日本子ども虐待防止学会学術雑誌)23(1),35-43
『シリーズみんなで育てる家庭養護 中途からの養育・支援の実際』(2021)明石書店
『ルーマニアの遺棄された子どもたちの発達への影響と回復への取り組み 施設養育児への里親養育による早期介入研究(BEIP)からの警鐘』(2018)福村出版
『欧州における乳幼児社会的養護の展開 研究・実践・施策協働の視座から日本の社会的養護への示唆』(2016)福村出版
『子どもの問題行動への理解と対応 里親のためのフォスタリングチェンジ・ハンドブック』(2013)福村出版