早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム  > オピニオン  > 社会

オピニオン

▼社会

武田 尚子(たけだ・なおこ)/早稲田大学人間科学学術院教授、博士(社会学)  略歴はこちらから

近現代社会とチョコレート

地産地消品とチョコのコラボ

武田 尚子(たけだ・なおこ)/早稲田大学人間科学学術院教授、博士(社会学)
2021.1.25

 私の専門分野は地域社会学・都市社会学で、「近現代社会」における「地域社会・都市社会」の「空間構造・社会構造・生活構造」の変容に関して、質的調査方法を用いて研究・分析している。調査地は日本国内の都市・村落部のほか、優れた質的調査データ・アーカイブが整備されているイギリスにおいても、一次資料を活用してイギリス都市社会の構造分析を行ってきた。

 イギリス都市研究で私が活用しているのがヨークにあるロウントリー関係のアーカイブとデータである。B.S.ロウントリーはヨーク貧困調査に基づき、貧困線・貧困サイクルの概念を生み出した社会科学者として著名である。貧困線は現代日本においても格差是正の社会政策において、社会保障額の基準として使われている。

 B.S.ロウントリーの貧困研究の原資は、ロウントリー家が経営していたココア製造・チョコレート会社の経営資源であった。チョコレートの「原料」はカカオ豆であるが、手頃な価格で、多くの人々が口にすることができるようになったのは、わずか百年余り前である。カカオ豆がヨーロッパに大量に輸入されるようになり、生産技術が発達して、チョコレートは大衆化していった。19世紀後半、カカオ豆の輸入に有利だったのは、自由貿易政策のイギリスであった。貿易業者は海外農産物を大量に輸入し、廉価で卸した。蒸気機関を用いて、カカオ豆を大量かつ迅速に処理し、規格品チョコレートの工場大量生産が可能になった。廉価になったココア・チョコレートを大量に売り捌くしくみの点でもイギリスは長じていた。産業革命が早かったイギリスでは、19世紀後半に鉄道網が整備され、全国配送が可能になっていた。20世紀初頭にココア・チョコレート工場は3千人規模に成長し、キャドバリー社、ロウントリー社などが、大量生産による規格品チョコレートを普及させていった。チョコレート製造プロセスを通して、生産技術の改良・機械化、工場の大量生産体制による規格品の登場など、技術革新の歴史が見えてくる。

 私は社会学者として、ロウントリーの貧困研究の2次分析に取り組むことにより、非常に優れたアーカイブであるロウントリー社の大量の一次資料を10年以上にわたり活用し続け、その間にこれらの資料に記されているカカオ豆の品質や、チョコレート製造プロセスについてもそれなりに詳しくなった。

 そこで、私は自分の研究室においても、カカオ豆の加工やチョコレートに関する知識を生かし、ゼミ生たちと「カカオ豆」つまり「カカオ・ビーンズ」をもじって「Bean to 未来」と名付けたゼミ活動を行っている。現代はチョコレート・ビジネスの業界においても「Bean to Bar」=カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)ができるまでの全工程(選別・焙煎・摩砕・調合・成形)を、一貫管理して製造する手法の時代なので、若い世代のゼミ生たちも興味を持つ。

 私の研究室ではおもに人口移動に着目しながら地域社会を分析する方法を指導している。具体的には質的調査(インタビュー、参与観察、資料収集)によって、地域社会構造や関係アクターを分析する。現代の学生は地方出身者であっても規模が大きい地方都市で育っていることが多く、現代社会の都市・地方間格差や地方の課題に対する理解力を向上させるためには、多様な切り口で興味関心を喚起することが不可欠である。

 学生も扱いやすい切り口から、地域社会の特徴や生活様式に対する興味関心を深め、地域社会研究と生活文化研究の両面をうまく組み合わせて、学生の視野が広がるようなルートを作ることが重要で私が考えた方法の一つが、地産地消品とチョコレートを組み合わせたゼミ活動の「Bean to 未来」である。

 武田研究室ではフィールド調査で地方に行った際に、地産地消品を生かした製品のアイデアを問われることがたびたびある。カカオ豆を摩砕する方法はいろいろあって、必ずしも大手メーカーのように微細な粒子に摩砕しなくても良く、多様な段階の食感を楽しむことができる。現在は個人がカカオ豆を購入することも可能で、チョコレートを手作りする「Bean to Bar」が広がっている。武田研究室ではフィールド調査の際に、各地の生産者と地産地消品を生かした「Bean to Bar」の試作やワークショップの試行をこれまで何回か行ってきた。

 カカオ豆は輸入品を使うが、砂糖は地産地消の産品を使ったり、地域の特産品のジャムを活用したりする。鹿児島県大島郡瀬戸内町の加計呂麻島で、地産地消品と組み合わせた「Bean to Bar」チョコレート・デモンストレーションを地元の方々と行ったこともある。

waseda_0125_img.jpg

休校中の校舎の給食室で、地元で「月桃茶」を生産している女性グループと加計呂麻産「黒糖」、パッションフルーツ、ドラゴンフルーツ、島みかん、島バナナジャム、グアバジャムなどを使い、数種類の「Bean to Bar」チョコを作った。伝統的な食品と新しい「Bean to Bar」技術を生かした、南国フルーツ豊かな「Bean to Bar」を作った。

waseda_0125_4.jpg

 また最近、2020年12月に世界遺産「石見銀山」の大森町にゼミ生たちとフィールドワーク合宿に行った際にも地産品を使った「Bean to Bar」チョコの試作を試みた。江戸期に銀山で働く労働者の身体を守るために、梅肉を福面(マスク)に塗って用いた歴史がある。そのため大森町には現在も梅の木が多く、町の人々は梅のシロップ漬けや梅酒を漬ける。漬けた梅の実にチョコをかけて、おいしくボリューム感のある「Bean to Bar」チョコができた。チョコについての知識が日本の地域活性化に生きることは大変うれしく、ゼミ生にも好評である。

武田 尚子(たけだ・なおこ)/早稲田大学人間科学学術院教授、博士(社会学)

早稲田大学人間科学学術院教授、博士(社会学)。
専門分野:地域社会学、都市社会学。
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。

[主要著書:単著]
◆近現代イギリス社会史
 『20世紀イギリスの都市労働者と生活』ミネルヴァ書房
 『質的調査データの2次分析』ハーベスト社
 『チョコレートの世界史』中央公論新社
◆近現代日本の都市社会研究
 『近代東京の地政学』吉川弘文館
 『荷車と立ちん坊』吉川弘文館
 『ミルクと日本人』中央公論新社
 『もんじゃの社会史』青弓社
◆近現代瀬戸内海地域社会研究
 『マニラへ渡った瀬戸内漁民』御茶の水書房
 『瀬戸内海離島社会の変容』御茶の水書房
 『海の道の三〇〇年』河出書房新社