早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

尾形 哲也(おがた・てつや)/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

深層学習によるロボットの動作学習と応用可能性

尾形 哲也/早稲田大学理工学術院教授
2019.9.24

 画像認識、音声認識、さらに翻訳などの自然言語処理で、その性能を著しく向上させた技術であるディープラーニング(深層学習)が、社会課題を解決する技術として注目を集めています。この技術はすでに一般化されたと言って良いわけですが、さらに多くの分野へ応用されつつあります。「ロボット工学」もそのひとつです。本稿では、筆者が進めている人工知能(AI)の最新技術であるディープラーニングとロボットの融合研究についてご紹介しようと思います。

 「AIロボット」という表現を考えたときに、その応用は大きく二つあると考えています。
ひとつは「コミュニケーションロボット」です。ロボットにAIの技術を組み込み、人間の言葉、表情、声を「認識」し、対話やジェスチャなどを行います。所謂「情報系のロボット」です。その主眼はメディアでありスマートスピーカに近い存在だと言えます。

 もう一つが、工場などの現場で、実際にモノを操ったり移動したりする「産業用ロボット」です。所謂「機械系ロボット」です。ここにもAI特にディープラーニングを応用する研究が生まれてきています。筆者はこの両分野の応用に興味を持っていますが、以下では特に「機械系ロボット」の応用を紹介します。

 従来の産業用ロボットは、人間が環境や物体のモデル、さらに動きなどを全てプログラムする必要がありました。活動範囲は、工場内など扱う物体の種類や配置などが一定の環境で、そこで繰り返し動作をするものでした。そのため人間がプログラミングしていない場所にある物体や、柔らかい物体を扱うことはほとんど不可能でした。

 しかしディープラーニングが導入されることで、画像処理が発展し、様々な物体の形状や位置、掴む箇所をある程度認識させることができるようになってきました。さらに近年は、触覚や力覚の能力を向上させるディープラーニング研究事例が多く発表されています。

 ここでディープラーニングの最大の特徴は、環境のモデリングや認識システムのプログラミングを大幅に省略できることです。プログラムの代わりにデータ(感覚と運動)を学習することで、ディープラーニングが未学習の状態に対しても動作を生成できるようになります。

 筆者らはこれまでに、産業技術総合研究所との共同研究で、「タオルをたたむロボット(図1)」、また日立製作所との共同研究で「ドアを開けて通過するロボット(図2)」などを開発してきました。これらのロボットの全身動作生成は、ほぼディープラーニングのみで行なっています。

図1 CEATEC 2017におけるデモ。未学習のタオルも数秒で畳む

図2 日立製作所によるドア接近、ドア開け、通り抜けの組合せの学習。

 ロボットの学習は、ロボット自体が試行錯誤をする“強化学習”と、人間の動きから学習する“模倣学習”があります。我々は実世界での応用の視点から主に模倣学習を利用しています。例えば、ドア開けをするロボットでは、ドアを認識する、開ける、通り抜けるなどのタスクを別々のディープラーニングモデルに模倣学習させ、それらが実行時には自動的に繋がって全身動作を実現するのです。

 このモデルでは、常に自身の動作によって変化する「状況のイメージ」を、ディープラーニングが生成し続けます。この原理は、人間の認知モデルとして知られる、順モデル、逆モデルの概念を再現したものです。

 我々の手法は非常に「手離れがいい」技術です。例えば、人間より正確に計量を行える技術を、筆者が技術顧問を務めるエクサウィザーズ、そしてDENSO、大成建設が開発しています。工場では、多様な液体・粉末などの不定形物を扱うケースがあります。その多くが貴重な原料で自動化が難しいのです。一部の試料は毒性がある場合もありますが、人間が手作業しているのが現状です。例えば、我々の手法を液体計量に適用した結果、粘性の異なる少数の液体を学習させるのみで、全く異なる物性のもの(例えばホットケーキミックス、お米、消臭ビーズなど)の計量まで初見で可能になります(図3、図4)。

図3 エクサウィザーズ、DENSO Waveによる粉体計量

図4 エクサウィザーズ、大成建設による液体計量

 しかし実用化には、いくつかの問題があると考えます。その一つがブラックボックス化と言われるものです。ディープラーニングは「プログラムされた作業を行う技術」ではなく「学習によって作業を習得し未学習の状況に対応できる技術」です。同時に言えることは、未学習の状況に対して、どのような対応を取るのか完全には予測できないシステムになっています。

 このブラックボックスの問題に関しては、当然ホワイトボックス化の手法の開発が必要ですが、これはなかなか容易ではないと考えています。そこでブラックボックスであっても受け入れられる制度(枠組み)を設計していくことが重要となるでしょう。例えば人間を介助する「犬」は、ブラックボックスですが、人間はその利用を受けいれています。工学においては、十分な理論計算をもとにした設計でも“安全率”をかけるのが常識です。「完全には理解できない存在」を受け入れる仕組みが、今後の「人工知能」の活用にとって重要だと考えます。

尾形 哲也(おがた・てつや)/早稲田大学理工学術院教授

1969年東京都生まれ。1993年早稲田大学理工学部機械工学科卒業。2000年同大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学理工学部助手、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、京都大学大学院情報学研究科講師、同准教授を経て、2012年より早稲田大学基幹理工学部表現工学科教授。2017年より産業技術総合研究所人工知能研究センター特定フェローを兼任。日本ロボット学会理事、人工知能学会理事等を歴任。2017年より日本ディープラーニング協会理事。著書に「ディープラーニングがロボットを変える」(日刊工業新聞社、2017年)など。