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岩﨑 清隆(いわさき・きよたか)/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

未来医療を創るレギュラトリーサイエンス

岩﨑 清隆/早稲田大学理工学術院教授
2019.3.11

医療レギュラトリーサイエンス

 先進技術の結集からなる医療機器、医薬品、再生医療等は、これまで治療が困難であった患者さんの治療、そして、医療の発展に大きく貢献している。先進的医療技術を迅速かつ安全に、そして、開発の成功確率が高いとは言えず長い開発期間を要する先進的医療技術を適正な開発費で患者さんに届け、また、継続的に効果を向上させるための「医療レギュラトリーサイエンス」という領域が注目されている。2011年に政府が策定した第4期科学技術基本計画(2011~2015年度)で、レギュラトリーサイエンスは「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」と明記されており、先端医療技術を社会実装、すなわちinvention(発明)を社会にimplementation(実装)する社会システム改革が求められている。早稲田大学では、補助人工心臓に代表される人工臓器の開発研究、冠動脈ステント等のこれまでにない患者を模した新たな試験システムの開発等の医工連携の経験に富んでいたこともあり、レギュラトリーサイエンスの必要性をいち早く認識し、2010年4月に東京女子医科大学とレギュラトリーサイエンスに関する共同大学院を開設した。早稲田大学では理工学術院先進理工学研究科に共同先端生命医科学専攻として設置されている。本専攻では、レギュラトリーサイエンスを「医療に関わる先端科学技術が人・社会へ真の利益をもたらすための評価・決断科学」と定義し、新医療技術のリスク、ベネフィット、コストの評価、および社会と関連する諸問題を科学的根拠に基づいて解決するための自然科学と人文社会科学を網羅する学際的な領域と捉えている。個々の患者そして社会システムとしての面、患者・産業界・医療機関・行政機関・アカデミアの多様な面から、人、社会にとって最も望ましい形にしていくことが絶えず求められ、その科学的根拠を実学に根差した研究を通じて社会に発信し、医療の発展、社会における課題解決に取り組んでいる。

最前線で活躍している医師、行政官、アカデミア、企業の方々が医療レギュラトリーサイエンスの重要性に触れる

図1 研究の進捗報告会の様子。毎月全教員による熱心な研究指導が行われる。

 共同先端生命医科学専攻の入学生を見渡すと、なんといってもダイバーシティと現場経験があるということが目につく。これは、医療が直面する課題を解決するには、様々なステークスホルダーの立場を理解し、難題に対する合理的なソリューションを導き出す科学が必要ということに他ならない。最前線で活躍されている医師、行政官、アカデミア、医療機器および医薬品に関わる企業等、多様なバックグラウンドを持つ方々が入学されている。大学院では、初年度は毎週土曜日に朝9時から16時半まで講義や演習があり、また、全教員が集まる研究報告会を毎月一回行っており、そこで研究のフォーカスをブラッシュアップしていく(図1)。博士の学位(生命医科学)を取得された後も継続して医療の発展、そして社会課題解決に取り組んでいる。一例として私の研究室では、先端的医療機器を患者さんに迅速にとどけるための効率的開発、そして臨床現場での安全対策を促進するこれまでにない患者の病態を模した非臨床評価試験システム(臨床ではないため、”非臨床”という)の開発、そして、研究成果を基に安全性と有効性に係る評価基準を作成し、行政施策に反映させ、社会実装する研究を展開している(図2)。最先端の医療機器を発明等に基づき開発し、患者に使用できるようにする、すなわち社会実装するためには、技術を良くしていく研究に加え、安全性と期待される有効性の科学的・合理的評価が必須である。しかし、既存の評価方法では、新しい医療技術の評価に限界があり、そのまま患者さんによる臨床試験を行なう場合にはリスク予測が困難になる問題に直面する。そこで、患者を模したこれまでにない試験システムを開発し、合わせて有効性と安全性の評価方法の開発に取り組み、開発の効率化、そして、行政における決断の科学的根拠に活用される研究を推進している。また、特に医療機器では医師の治療手技も治療成績向上に重要であり、これまで治療方法がなかった患者さんに対する効果的治療法の開発に取り組んでいる(図3)。

 多面的な広い視野で課題の本質を捉え、新たなソリューションを創出する実学研究が求められている。

図2 補助人工心臓の血液適合性試験システム: 患者さんでの使用状況と血液循環環境を模擬したこれまでにない評価法を開発。改良品の有効性を検証し、患者さんが新技術を迅速に使用できることに貢献。厚生労働省からも通知として発出されている。

図3 先進的治療機器を迅速に開発し、患者さんに届けるためには、“Invention(発明)をImplementation(社会実装)するための評価科学が必要

岩﨑 清隆(いわさき・きよたか)/早稲田大学理工学術院教授

略歴
1997年 早稲田大学理工学部機械工学科卒業
2002年 同大学院機械工学専攻博士課程修了 博士(工学)
2001年 理工学部助手
2004年 講師
2006年 助教授
2004年-2007年 Harvard Medical School, Brigham and Women's Hospital, Research Scientist
2014年 早稲田大学大学院先進理工学研究科 共同先端生命医科学専攻教授
2018年より総合機械工学科教授、生命理工学専攻主任、厚生労働省薬事・食品衛生審議会医療機器・再生医療等製品安全対策部会員等を務めている。

論文
(1) Tanaka Y, Iwasaki K, et al., Int J Cardiol., 2018; 258: 313-320
(2) Shida T, Iwasaki K, et al., J Artif Organs, 2018; 21(2): 254-260.