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原 太一(はら・たいち)/早稲田大学人間科学学術院教授  略歴はこちらから

人間科学的学際研究による社会還元型生命科学研究を目指して

原 太一/早稲田大学人間科学学術院教授
2019.1.15

タンパク質分解システムについて

 ヒトでは2万種類以上のタンパク質が作られており、これらのタンパク質が適切に機能することがわれわれの生命活動を維持するためになくてはならない役割を果たしています。このタンパク質のはたらき適切な時期に必要なものが存在していなくては、正常な細胞機能を実行できないため、細胞のなかでは厳密にその量がコントロールされています。そのため、細胞内ではタンパク質を合成するだけではなく、積極的にタンパク質を分解するシステムが存在し、細胞が正常にはたらくことを保証しています。

 細胞内には、ユビキチンの仲介でタンパク質を分解するユビキチン・プロテアソーム系と細胞質成分をリソソームで分解するオートファジー系の2つの主要なタンパク質分解システムが存在しています。2004年には、ユビキチン依存性タンパク質分解システムの発見たちにノーベル化学賞が授与されたが、この分野の発展には日本人研究者が大きく貢献してきました。また、2016年には、大隅良典先生(東京工業大学教授)がオートファジーの仕組みの解明によりノーベル生理学・医学賞を受賞されています。このように、タンパク質分解に関する研究は、黎明期から現在進行形で、我が国の研究者が牽引している研究分野です。

これまでの研究
~黎明期のオートファジー研究を経験して~

 私はこれまで、タンパク質が分解される仕組みに興味をもち研究を続けてきました。タンパク質分解研究との出会いは、博士課程の大学院での研究テーマになります。九州大学の中山敬一教授のもとで、細胞周期を制御する因子のユビキチン・プロテアソーム系による分解メカニズムを解明する研究に取り組んだことに端を発します。当時(2000~2004年)のユビキチン依存性のタンパク質分解システムの研究は、最もホットな研究分野となっており、世界的な研究競争の荒波に揉まれながら日々奮闘しながら研究していたことを思い出します。この経験は、苦しいながらも、私の研究者としての成長においてとても有り難い財産になっております。なんとか無事に博士の学位を取得し、2004年4月から細胞内の大規模分解系である哺乳類におけるオートファジー研究に参加する機会をいただきました。私がオートファジーの研究に加わった頃というのは、オートファジーの仕組みが分子レベルで解明されはじめた黎明期から成長期への過渡期といった時代でした。幸運にも、大隅先生とともにオートファジー研究の礎を築いてこられた水島昇先生(東京大学教授)が新しい研究室を立ち上げられるタイミングで、研究室のスタッフとして参加する機会を得ました。当時、オートファジーの主要な役割として、飢餓状態におけるアミノ酸の供給にはたらくことが分かっていました(図1)。一方、脳におけるオートファジーは飢餓においてもあまり誘導されないことから、私は脳におけるオートファジーの生理的意義を調べることにしました。その結果、神経系における低いレベルで恒常的におこっているオートファジーが、細胞内の不要なタンパク質やオルガネラを取り除くことで、神経変性疾患の発症を抑制する役割を果たしていることが明らかになりました[1]。また、このシステムは異常オルガネラの品質管理にもはたらしており、肝臓においてオートファジーのはたらきをとめると、肝腫瘍が発生することが分かりました[2]。すなわち、新旧の細胞質成分が絶えず入れ替わることが、細胞内の浄化(品質管理)に重要な役割を果たしているというオートファジーの新しい役割を発見することができました。

図1 オートファジーとは

留学中の研究
~体内時計を生み出す仕組みの研究~

 脳におけるタンパク質分解系の役割に興味をもった私は、その後、米国ペンシルバニア大学神経科学部門に留学し、脳の体内時計を生み出す遺伝子群のタンパク質分解制御機構を明らかにするための研究に従事しました。その結果、時計タンパク質TIMELESSの核輸送とユビキチン依存性分解が、概日リズムのスイッチとして働くメカニズムを明らかにしました。2017年のノーベル生理学・医学賞は、体内時計を生み出す遺伝子のそのメカニズムを発見した米ブランダイス大学のホール(Jeffrey C. Hall)博士とロスバシュ(Michael Roshbash)博士、ロックフェラー大学のヤング(Michael W. Young)博士の3氏に授与されました。私の留学先のボスであるAmita Sehgal博士は、受賞者の一人であるヤング博士のもとで時計遺伝子TIMELESSの発見に関わるなどの大きな貢献をされました。

 ふとしたことで足を踏み入れたタンパク質分解研究を通して、偶然にもノーベル賞につながる研究の発展に間近に触れることができました。時代を切り拓く大発見に共通する研究信念や研究環境を学ぶことができたのは、私の研究者人生において貴重な財産となっています。このような時代を動かす未知の発見ができる研究の魅力を、早稲田大学の学生にも伝えていきたいと思っています。

最近の研究
~細胞膜タンパク質品質管理機構に関する研究~

 日本に帰国後は、細胞膜タンパク質の品質管理機構の研究をすることにしました。細胞膜タンパク質の遺伝性の変異により発症する多くの希少難病が存在することが分かっています。その多くは、細胞内のタンパク質合成工場である小胞体に、変異タンパク質が蓄積することで疾患を発症することが知られています(図2)。私の関わった仕事としては、下腿と足の筋萎縮と感覚障害を特徴とする末梢神経疾患であるシャルコー・マリー・トゥース(CMT)病や視野が狭くなる視野狭窄、視力低下が見られる網膜色素変性症の発症の原因となる変異膜タンパク質の小胞体蓄積機構の一端を明らかにしました[3]。そして、タンパク質加工工場であるゴルジ体に変異タンパク質を認識し、小胞体に送り返すことで変異膜タンパク質を小胞体に繋留する新しい細胞膜タンパク質の品質管理機構が存在していることを発見しました(図2)。まだまだ分からないことばかりですが、変異膜タンパク質の小胞体蓄積機構の全容を解明し、その蓄積を緩和することができれば、様々な難病の治療に役立つことが期待されます。

図2 細胞膜タンパク質の品質管理機構

 このゴルジ体に存在する細胞膜タンパク質の品質管理機構(以下、ゴルジ体品質管理機構と略します)については、最近その生理的重要性が明らかにすることができました[4]。γ-セクレターゼ複合体は、神経発生やアルツハイマー病の発症に関わる細胞膜タンパク質複合体です。ゴルジ体品質管理機構が破綻すると、小胞体から排出された複合体を形成していないγ-セクレターゼの構成因子や未完成の複合体が不良品として認識され、リソソームに輸送され分解されることが分かりました。その結果、ゴルジ体品質管理機構を大脳ではたらかなくしたネズミでは、大脳形成に十分な神経幹細胞を維持することができずに、脳のサイズが小さくなり、様々な行動異常を生じることが明らかとなりました(図3)。

 神経細胞のように一生使っていかなければならない細胞においては、細胞内のタンパク質品質管理機構が適切に機能することが細胞機能の維持において大変重要になってきます。そのため、オートファジーやゴルジ体品質管理機構のような、異常タンパク質の品質管理機構が神経疾患の発症抑制に寄与していると考えられます。それゆえ、これからの超高齢化時代の健康寿命の延伸において、タンパク質品質管理機構を標的とした予防医学研究の重要性が高まってくると感じております。

 上述のゴルジ体に存在する細胞膜タンパク質の品質管理機構(以下、ゴルジ体品質管理機構と略します)については、最近その生理的重要性が明らかになりました。γ-セクレターゼ複合体は、神経発生やアルツハイマー病の発症に関わる細胞膜タンパク質複合体です。ゴルジ体品質管理機構が破綻すると、小胞体から排出された複合体を形成していないγ-セクレターゼの構成因子や未完成の複合体が不良品として認識され、リソソームに輸送され分解されました。その結果、ゴルジ体品質管理機構を大脳ではたらかなくしたネズミでは、大脳形成に十分な神経幹細胞を維持することができずに、脳のサイズが小さくなり、様々な行動異常を生じることが明らかとなりました(図3)。

図3 ゴルジ体における膜タンパク質品質管理機構の生理的役割

今後の研究展望
~超高齢化社会における健康問題の予防医学~

 現所属の早稲田大学人間科学学術院は、心理学、福祉学、情報学、環境学、社会学、医工学などの様々な分野の専門家が結集し、研究成果を社会に還元するための人間科学的学際研究を行うことができる環境にあります。このような環境のメリットをいかし、これまでの基礎研究で培ってきた経験を応用展開し、社会に還元していく研究に発展させていくことを今後の私の重要課題にしていきたいと考えております。特に、食による予防医学が超高齢化社会における健康寿命の延伸にとって重要になってくると考えております。一方で、健康や食の機能性を評価するための適切な評価法がないために、未病状態における食の機能性を科学的に評価することが難しいという課題が見えてきました。また、少子高齢化により、食の生産者が抱える問題なども深刻になっていることにいまさらながら気づかされております。こういった問題に、食品科学と生命科学を用いたアプローチから、課題解決に取り組もうとしております。たとえば、食品に機能性の科学的エビデンスを明らかにすることができれば、農産物の付加価値を高めることにつながり、販売力やブランド化などの面で貢献できるのではないかと考えています。また、ソーシャルファーム(障害のある人や労働市場で不利な立場にある人々の就労の問題に取り組むユニークなビジネスモデル)における、農業の事業展開の発展にも寄与できないかと期待しております。

 私は、CMT病の患者会との交流を通して、疾患そのものの問題に加え、介護や経済面などの疾患を取り巻く二次的な負担が深刻な社会問題となっていることを知りました。また、ソーシャルファームの取り組みにおいても、人間科学学術院の様々な分野の専門家と連携基盤を形成することで、社会全体の問題解決をしていけるのではないかと期待しております。私としては、生命科学や食品科学の専門性を軸に、人間科学的学際研究に発展させることで、新しいソーシャルイノベーションに繋がる社会還元型の生命科学研究を推進していくことを目指しております。

参考論文
  1. ^ Hara et al., Nature, 2006
  2. ^ Takamura et al., Genes Dev., 2011
  3. ^ Hara et al., J Neurosci., 2011
  4. ^ Hara et al., Sci Rep., 2014
  5. ^ Hara et al., PLoS Genet., 2018

原 太一(はら・たいち)/早稲田大学人間科学学術院教授

1994年04月-1998年03月 鹿児島大学 農学部 生物資源化学科
1998年04月-2000年03月 九州大学 大学院生物資源環境科学研究科 遺伝子資源工学専攻修士課程
2000年04月-2004年03月 九州大学 大学院医学系学府 分子常態医学専攻博士課程
2003年04月-2003年03月 日本学術振興会特別研究員日本学術振興会特別研究員
2004年04月-2006年08月 東京都臨床医学総合研究所タンパク質代謝PT研究員
2006年09月-2007年03月 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科助手
2007年04月-2009年01月 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科助教
2009年02月-2010年09月 University of Pennsylvania日本学術振興会海外特別研究員
2010年10月-2017年03月 群馬大学生体調節研究所准教授
2017年04月- 早稲田大学人間科学学術院教授