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内田 直(うちだ・すなお)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授 略歴はこちらから

思春期の睡眠と発達障害

内田 直/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

 2003年4月からこれまで私は、スポーツ科学学術院にて学生教育に携わってきました。私自身は精神科医ですのでスポーツ科学の教育だけでなく、学生のメンタルヘルスにも関わってきました。また研究的には睡眠科学を専門としており、学生の睡眠についても興味をもち、教育でもグローバルエディケーションセンターにて、「睡眠の医学」とその英語版での「Mystery of Sleep」を開講していました。そういった中で、多くの大学生が学生として過ごす18歳から22歳(大学院では、27歳くらいまで)の時期の睡眠について、学生との関わりから多くの事を考えました。それをここにまとめてみたいと思います。

 早稲田大学が行っている学生生活調査では、睡眠時間の調査を行っています。最近の調査で確認できるところでは、2012年(9481名)と2015年(3217名)の調査のデータがあります。これらから図1を作ってみましたが、早稲田大学の大学生の睡眠時間は6時間台であると推定され、十分ではないと感じました。大学生年代では、十分な日中の覚醒度と集中力を維持するためには、8時間程度の睡眠が必要です。

図1:早大生の睡眠時間(%)学生生活調査より

 NHKが1960年から5年毎に行っている、国民生活時間調査によれば、20代のウィークデーの平均睡眠時間は、男性7時間27分、女性7時間18分です。これに比べても早大生の睡眠時間は少なく、これによって日中の生活の質が低下してしまっていると思われます。この睡眠時間でも生きていくことはできますが、本来の自分の持っている能力を十分に発揮することはできていないと思われます。

 私は、スポーツ科学部の教員ですが、スポーツの場合は能力発揮が数値化しやすいのでよくわかります。スタンフォード大学のバスケットボール選手を対象とした研究によれば、十分時間の睡眠を取らせると、一ヶ月半以上に渡って、運動能力が向上していくことが示されています。運動能力の向上は、フリースローなどの正確性を要する神経系に関わる測定項目でも有意に変化し、中枢神経系の能力についても同様のことが言えると推定されます。

 このようなことを考えると、日中の大学生活をより充実したものにするために、十分な睡眠をとる生活習慣をつくることはとても大切なことだと思われます。日本人の睡眠時間は、NHKの調査が始まった1960年以来、ずっと短縮してきたのですが、最近の良い傾向としては短縮がここのところ止まったということです。これは、一つには、平均としてこれ以上は短縮できないというところまで来たという考えと、一方では睡眠の重要性について最近様々な情報提供がなされているので、これによって睡眠に対する意識が向上してきたということと両方が考えられます。しかしそれでも、有名なOECDの調査などをみると、日本人の平均睡眠時間はOECD各国の中でも韓国と並んで最短です。大学だけでなく、日本人全体の睡眠時間が更に改善されると良いと思います。これには、単に睡眠の知識の普及だけでなく、働く世代の社会構造自体も改善していくことが大切であるように思われます。

図2:脳幹部の神経細胞のうち、括弧の中にそこで産生される神経伝達物質が示されています。これらのうち、DA=ドパミン、NE=ノルアドレナリンなどが、注意欠如多動症に関連していると考えられています。
(Gotter et al. 2012, Pharmcol Rev)

 睡眠の問題については、もう一つ精神医学的な面から最近のトピックとなっていることがあります。それは、いわゆる発達障害との関連です。発達障害には大きく分けると、不注意、多動性、衝動性を呈する注意欠如多動症と、社会性やコミュニケーションの障害と物事へのこだわりを示す自閉症スペクトラム症、これに全般的な知能発達の遅れはないけれども、特定のものの習得が難しい限局性学習症などがあります。

 このような中で、注意欠如多動症は最近は治療薬も開発され、服用によって生活が随分改善されるケースが多くあります。このような治療薬は、脳の中のドパミンやノルアドレナリンの働きを強める働きを持っています。図に示したようにドパミン(図2のDA)や、ノルアドレナリン(図2のNE)を作っている細胞群は、脳幹部(脳の脊髄に近い生命機能が集約された部分)にあり、そこから大脳皮質(考え判断したり、感じたりする脳の部分)へ繊維を送っています。これらの機能が弱くなっているために、注意の欠如などの症状が出現すると考えられているわけです。一方で、これらの神経は覚醒にも関わっています。したがって、これらの神経の活動が弱いと、眠気が出てくるという共通のメカニズムがある可能性があると考えています。

 授業中に眠っている人が全てそうだと言うわけではありませんが、中学時代くらいから日中の眠気が特に強く、自分で起きてしっかり勉強しなければいけないと思っても十分に起きていられない人たちが居ます。このような、日中の過度の眠気は学習の障害になるわけですが、同時に、このような人たちの特徴として、不注意なミス、忘れ物、ものをなくす、さっきやらなければと思っていたことを忘れてしまう、というような特徴がある場合もあります。

 このようなケースは、多くは、多動性や衝動性の少ない、不注意優勢型の注意欠如多動症(あるいは注意欠如症)である可能性もあります。このような場合は、治療によって非常に生活が改善するケースがあります。私が経験したケースでも、日中の眠気によって授業になると覚醒していようと思っても最初の10分起きていられればよいというくらいに、眠気が来て眠ってしまいます。また、多くは興味のあることに対して主体的な行動をしている場合には眠気が少ないというのも特徴です。

 睡眠時間が十分でなく、日中眠いだけである人は、十分な睡眠時間を取る必要があり、そういった生活の改善をすることが大切ですが、もし上記のようなことに当てはまりそうな人がいれば、ぜひ専門医に相談されると良いと思います。

 大学生の睡眠について、述べましたが、まずは十分な睡眠をとり、自分の本来の脳力が発揮できるような生活をすること。これは、充実した大学生活を送るためにはとても大事なことです。しかし、それでも日中眠い人がいれば、それは治療できる疾患が背景にあるかもしれないので、ぜひ専門医を受診することをおすすめいたします。

内田 直(うちだ・すなお)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

専攻分野
睡眠医学、精神医学、認知科学、睡眠・生体リズム

大学院研究領域・研究指導
スポーツ医科学研究領域 スポーツ神経精神医科学 研究指導(修士課程・博士後期課程)

所属学会
日本精神神経学会、日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会、日本臨床スポーツ医学会など

URL
http://www.f.waseda.jp/sunao