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大木 義路(おおき・よしみち)/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから
電気工学を学んだ方なら知っている「帆足(ほあし)の定理」
大木 義路/早稲田大学理工学術院教授
日本で最も長い歴史を持つ学会の1つである電気学会は、日本発の電気工学関連の技術、発明や電気製品で、とくに重要なものを「でんきの礎(いしづえ)」として表彰しています。本年(2015年)3月15日に行われた、第8回の表彰式において、他の4件とともに「帆足竹治の発見した回路網結合の法則『帆足-Millmanの定理』」が顕彰されました。さらに、この電気学会で顕彰されたという事実を報告するという形で、世界最大の学会である米国電気電子学会(IEEE)の発行する雑誌の1つに、「帆足-Millmanの定理」は、早大助教授であった帆足竹治(ほあしたけじ)(図1)が1927年(昭和2年)に発見したことが紹介されました。

図1 帆足竹治
この「帆足-Millmanの定理」は、例えば電気工学科といった学科ならば、学生全員が必修として学ぶといった重要な定理です。これを早大の若い助教授(のち教授、名誉教授)が発見したにも拘わらず、世間では、はるかに後になって発見した外国人の名前がついた定理として学ばれています。我が国ですら、本来は「帆足の定理」とすべきこの定理は、多くの教科書で「ミルマンの定理」と記されています。それに風穴を開けたくて、まず、日本の電気学会に歴史的価値を認定して頂き、さらに、それを米国電気電子学会の雑誌に記事として出してもらったという次第です。
回路素子としての抵抗、インダクタ、キャパシタ各々の性質は、Ohm、Faraday、Henryらにより研究されてきました。一方、これらの素子を複数接続して得られる「回路網」の研究は、Kirchhoffによる素子の接続に関する法則の発見に始まります。回路網の理論は、電気工学分野における重要な学問として、現在に至るまで活発に研究されています。一方、電気を使うさまざまな装置、小さなものはスマートフォンから、大型の電力設備まで、その中に回路網の存在しないものはあり得ないことからお分かりのように、回路網理論は、21世紀の現代に至るまで、社会生活を支える大きな基盤技術の1つとなっています。
いかに複雑な回路網であっても、そこを流れる電流や素子に掛かる電圧がたちどころに求まる計算機解析が可能となる以前は、流れる電流を求める一般的な原理の構築が、現代以上により強く望まれていました。「帆足の定理」も、その様な一般原理の1つです。この定理は、つぎの3つの特徴を持っています:
- (i)任意に接続された任意の素子で構成された回路網に対して成立
- (ii)計算量の大幅削減
- (iii)導出された式の見通しの良さ
一般に、各素子に掛かる電圧や、流れる電流を求めるには、連立方程式を解く必要があります。しかし、「帆足の定理」によれば、ある節点における電位が1つの式で表されます。

図2 帆足-Millmanの定理の有効性を示す回路網の一例
例えば、図2で節点Aの電位EAを求めたいとします。節点AとBの間には、一般にアドミタンス 1)YABと電圧源EABが接続されているので、節点Bから節点Aに流入する電流IABは、
となります2)。節点C、D、…から節点Aに流入する電流も同様に表すことができます。ここで、節点AにKirchhoff電流則
を適用すれば、
が得られます。したがって、EAをくくりだせば
式(4)の分母は、節点Aに接続するアドミタンスの和となっていて、一方、分子は各アドミタンスとそれに接続している電圧源の積の和となっています。したがって、この式はとても分かり易く、見通しがよい式と言えます。
前述のように、この公式は米国ではMillman’s Theoremと呼ばれる事が多いですが、Millmanの論文の掲載された年は1940年で、帆足の論文が、我が国の電気学会雑誌と早稲田電気工学会雑誌3)に掲載された年は、その13年前の1927年(昭和2年)のことでした。多くの方に、このことを知ってもらいたいと思っています。
大木 義路(おおき・よしみち)/早稲田大学理工学術院教授
【略歴】
1950年12月21日生。本学電気工学専攻博士課程修了。工博。本学助手、専任講師、助教授を経て1985年4月から教授。現在、理工学術院電気・情報生命専攻、各務記念材料技術研究所ならびに共同原子力専攻併任。芝浦工業大学客員教授。西安交通大学名誉教授。
受賞歴:文部科学大臣表彰科学技術賞、早稲田大学リサーチアワード、電気学会よりフェロー・業績賞・著作賞・論文賞など、米国電気電子学会よりフェロー・Whitehead記念賞、など、多数。学会役職:電気学会元副会長、放電学会元会長、米国電気電子学会部門学会地域支部チェアマンなど。査読付論文400篇程度。