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所 千晴(ところ・ちはる)早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

粉体シミュレーションとは?
―資源循環から男女共同参画まで

所 千晴/早稲田大学理工学術院准教授

コンピュータ上で粉体を動かす

 粉体は時には「固体」的にふるまい、時には「液体」的にふるまう。簡単な例を挙げれば、粉体層をある狭い出口から流出させた場合、出口付近で閉塞して固体的にふるまう場合もあれば、詰まることなく液体的に流動性を有する場合もある。この閉塞は確率的に生じ、その発生を予測することは困難である。

 このような複雑な粉体の挙動を予測するためのシミュレーション手法に離散要素法(Discrete Element Method, DEM)がある。DEMでは、粒子1粒ごとの運動方程式を短い時間ステップごとに解き、その繰り返しによって粉体全体の挙動が時間を追って変化する様子を解析する。粒子が他の粒子や容器の壁面に衝突した場合には、フォークトモデルと呼ばれるモデルを用いて衝突力を計算し、跳ね返りを表現する。いくつもの粒子が集合体を形成して互いに接触している場合、その集合体にある粒子が衝突すると、本来は全ての粒子の運動方程式を連立して解かなければならない。つまり100万個の粒子が集合体を形成していれば、100万次の連立方程式を解かなければならないことになる。この計算を何ステップにもわたって繰り返すことは負荷が大きく、実用的な計算時間で解くことは困難である。1979年にDEMを提唱したDr.Cundallは、この100万次の連立方程式を解く代わりに、衝突に寄与している2つの粒子の衝突のみを解き、非常に小さい時間ステップで解析することによって、その衝突力を徐々に周囲のほかの粒子に伝搬させ、模擬的に集合体の衝突問題を解析する方法を考案した。これは極めて工学的な発想に基づく近似法であるが、提唱されてから30年余となる現在までに、流動層、粉砕機、混合機といった工業的分野から、雪崩、がけ崩れ、液状化現象といった自然現象に至る幅広い分野で応用され、その有用性が確認されている。

基板から部品を剥離してレアメタルを濃縮する

 ここで、筆者らがDEMシミュレーションを応用している例の1つを紹介したい。筆者は資源循環を専門としており、小型家電などの廃棄物からレアメタルを濃縮するのに有用な破砕方法を検討するために、DEMシミュレーションを活用している。レアメタルは、パソコンや携帯電話など小型家電の様々な部品に少量添加され、それぞれの高度な機能の創出に役立っている元素である。廃電子基板からレアメタルをリサイクリングする場合、廃電子基板とその上に実装されている部品を全部まとめて粉々に砕き、その粉の中から微量なレアメタルを分離濃縮させることは至難の業である。一方、特定のレアメタルは特定の部品に集中して使用されているため、その部品だけを基板から剥離させて取り出せば、レアメタルをある程度濃縮することが可能である。つまり、レアメタルをリサイクリングする場合には、廃電子基板から特定の部品を壊さずに剥離させるような破砕機が適している。このような目的に基づいて開発したDEMシミュレーションが図である。筆者らは小さな構成粒子を互いに固着させて配置することによって部品(黒色)を実装させた基板(灰色)を直接的に模擬し、その固着点にある閾値を超えた引張力が作用した時に固着を破断させるモデルをDEMシミュレーションに組み込むことにより、破砕機による基板からの部品剥離を直接的に解析することに成功している。このシミュレーション結果は、実験結果を良好に再現することも確認している。これらのシミュレーションツールを用いて、レアメタル濃縮を目的とした基板からの部品剥離に適した破砕機を設計することが可能である。

図 基板からの部品剥離シミュレーション

男女共同参画の意義を粉体工学で考察する

 時に確率的な現象を呈する粉体の挙動は、どこか気まぐれな人間の行動パターンに似ていることが以前から指摘されている。DEMシミュレーションと似た手法を用いて、災害時における群集避難や、渋滞の発生、駅前の混雑などを予測し、都市計画等に役立てる研究も行われている。すなわち、人間を1つの粒子とみれば、群集は粉体の集合体と同等に取り扱うことができるという発想である。

 ところで近年は、「ダイバーシティ」や「インクルージョン」と称して、どの組織でも男女共同参画を積極的に推進する時代となった。例えば大学の理工系では、対象となる女性研究者がまだ少なく、半ば強引に女性教員の雇用を促進させている状態である。同じ女性として、より働きやすい環境整備が進み、女性研究者の仲間が増えることは嬉しい反面、過度に注目されたり特別扱いされたりすることには違和感を覚えることも少なくない。違和感を覚えた時には、粉体工学的視点に立って、男女共同参画の意味を再考するようにしている。すなわち、これは結局のところ、組織を砂山に例えれば、多種多様な形状および粒径、さらには摩擦係数やら付着力、引力を有する粒子を配置して、突発的な外力に対してその山を崩れにくくしているということであろうと私は理解している。ただしいくら多種多様な形状の粒子を寄せ集めても、互いに反発力を生じれば砂山は一気に崩れる。これがいわゆる「インクルージョン」の意味するところであろうが、組織を粉体層に置き換えて考察すると、落ち着いて納得できるところがまた不思議である。

所 千晴(ところ・ちはる)/早稲田大学理工学術院准教授

【略歴】
千葉県立千葉高校、早稲田大学理工学部資源工学科卒業。
2003年 東京大学大学院工学系研究科地球システム専攻 博士課程修了。博士(工学)取得。
2004年より早稲田大学理工学部助手、2007年より早稲田大学理工学術院専任講師、2009年より現職。専門は資源循環工学、粉体工学。

【著書等】
所千晴・大和田秀二:“都市鉱山の有効利用に適した破砕・粉砕方法”,金属,Vol.82,No.7,pp.36-41,2012.
H.Sasaski, C.Tokoro and H.Hayashi: ″Colloidal particle processing using heterocoagulation" in "Electrical Phenomena at Interfaces and Biointerfaces", Ed. Hiroyuki Oshima, John Wiley & Sons, Inc., pp.315-330, 2012.
C.Tokoro et al.: “Fundemental Study of Parts Detachment Mechanism from Waste Printed Circuit Boards in Agitation Mill", Resources Processing, Vol.59, pp.27-32, 2012.
ほか