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栗原 正典 (くりはら・まさのり) 早稲田大学創造理工学部教授 略歴はこちらから

天然ガスによるエネルギー大転換
-ガス黄金時代の幕開け?-

栗原 正典/早稲田大学創造理工学部教授

エネルギーは人類にとって不可欠

 昨年3月11日に起こった東日本大震災、とりわけ福島第一原子力発電所の事故によって、オイルショック以来と言ってもよいくらいにエネルギーに関心が集まっている。言うまでもないが、エネルギーは、水や食料と並んで人類生活に不可欠であり、衣食住の提供・維持はもちろん、インフラ整備、輸送、道具や化学薬品の作製など、人類生活の根幹を担うにはエネルギーの投入が必要となる。そのエネルギーの自給率は、純粋には約4%に過ぎず、原子力エネルギーを加えた準国産のものを含めても20%に満たない。それ故に、エネルギー安全保障の観点から、原子力発電の比率を50%程度にまで高めようと計画されていたが、この計画は、福島第一原子力発電所の事故によって、白紙に戻さざるをえない。安全性が担保されず、事故が起こった場合の影響が極めて広範囲に及びかつ深刻であることが判明してしまった以上、脱原子力とまでは言わずとも、原子力に依存する割合を減少させていくことは必然的な流れである。そこで、太陽光発電や風力発電などに期待が集まっているわけだが、これらの再生可能エネルギーには、気象条件によって出力が変動する、面積当たりのエネルギー密度が低い、コストが高いなど、解決しなければならない課題が山積していて、その解決にはまだ時間を要する。

 また、原子力や再生可能エネルギーは、基本的には発電のためのもので、輸送や製鉄などの用途に用いることはできない(原子力自動車はないし、太陽光や風力で鉄の製錬はできない)。電気が最終エネルギーに占める割合は3割に満たないのであるから、エネルギー問題を議論する場合には、発電に要するものも含めて、エネルギー全体を大局的に見通した議論が必要となる。例えば、貴重なエネルギーの節約は是非にでも推進しなければならないが、それは単に節電だけに止まらず、発電効率の向上やモノ作りにおけるエネルギー効率の向上などによって投入エネルギーを減少させる手段を考えるべきである。

 筆者は、短期~中期的なエネルギー問題の解決には、現在でも一次エネルギーの8割以上を占めている化石エネルギーを、発電も含めたエネルギーの中心に据える以外に方法はないと考えている。その場合に懸念されるのが、化石エネルギーの枯渇、二酸化炭素の排出、安全保障、コスト、等の問題であろう。これらに関しては、本年の夏頃に出版予定の石油鉱業連盟の資源評価スタディ報告書に詳しいのでそちらに譲るとして、ここでは、化石エネルギーの中でも「シェールガス革命」と言われて特に脚光を浴び、昨年6月に国際エネルギー機関(IEA)が出した特別報告書の副題に「ガス黄金時代に入ったのか?」と紹介された天然ガスが、エネルギーの救世主となり得るのかを考えてみたい。

天然ガスの魅力

図1 在来型・非在来型天然ガス資源の賦存

 通常の(在来型の)天然ガス層は、図1に示すように、根源岩と呼ばれる頁岩(シェール)で熟成された炭化水素ガスが移動して、多孔質で浸透性が高い岩石に集積したものである。貯留層に集積したガスの圧力は高いため、ガス井戸を掘れば簡単に自噴する。そのため、生産されるガスが持つエネルギー(熱量)は、ガスを生産するために投入するエネルギーの20~100倍に達する。また、燃焼したときの発熱量当たりの二酸化炭素の排出量は、石炭の約5割、石油の約7割と少なく、硫黄酸化物や煤塵は全く排出しない。そのために化石エネルギーの中では環境に対する負荷が最も小さいという利点を持つ。さらには、天然ガスの用途は広く、発電や都市ガスのみならず、化学肥料やメタノールなどの化学原料にも変換され、最近では燃料電池に用いる水素源としても期待されている。そのため、主要な先進国では、天然ガスが一次エネルギーに占める割合が25~40%と高く、この割合は今後ますます増加すると予想されている。

 一方日本では、天然ガスが一次エネルギーに占める割合は15%強に過ぎない。国内天然ガス消費量の96%を輸入に頼り、高いLNGを購入しなければならないことが天然ガスへのシフトにブレーキをかけているのかもしれない。しかしながら、最新の天然ガスコンバインドサイクル発電の効率が通常の石炭火力発電の1.5倍も高いこと、LNGを気化させるときの冷熱を冷凍倉庫などに利用して、省エネルギーに貢献できることなどを考えれば、他の先進国と同様に、日本でも天然ガス利用の割合は増加していくはずである。東京都が天然ガスコンバインドサイクル発電所の建設を計画しているのは、この傾向を示唆する好例である。

 ただし、天然ガスも化石エネルギーである以上、早晩枯渇するのではないかとの懸念があることは否めない。現在の世界の在来型天然ガスの残存可採埋蔵量は約6,400兆立方フィートと推定されているが、これを年間生産量の約106兆立方フィートで割ると、天然ガスの可採年数は約60年と試算される。今後新しいガス田が発見されたり、現在は生産ができないガス田からのガスの生産が技術の進歩によって可能になったりすることによって、この年数は増加すると思うが、これらの期待をはるかに超えて天然ガスの可採量を上方修正させることになったのが、図1に示す非在来型天然ガスの登場である。浸透性の悪い岩石に溜まっているタイトサンドガス、炭層の亀裂(クリート)に吸着している炭層メタンガス、そしてシェールガスの可採埋蔵量は、世界的に十分には評価されていない現時点でも、それぞれ約400、800、6,600兆立方フィートと推定されている。これに未評価の分を加えれば、天然ガスの可採年数は200年を超えるというのが世界のエネルギー専門家の一致した見解である。因みに、日本近海にも多量に賦存し、夢の非在来型天然ガスとして注目されているメタンハイドレートに含まれるメタン量は、これらのガスの可採埋蔵量よりも1~2桁大きいが、現在は生産試験を行っている段階で、実用化までにはまだ時間を要する。

シェールガス革命

 非在来型天然ガスの中で、最も注目され、今後のエネルギー戦略を大きく転換させようとしているのが、「革命」とまで言われているシェールガスである。図1に示すように、シェールガスとは、根源岩で熟成して生成されたガスが、浸透性の低さ故に根源岩から移動できずにそのまま根源岩に溜まっているものである。したがって、賦存量は膨大であり、図2に示すように、世界中に広範囲に分布している。ただし、シェールガスは、通常のガスのように井戸を掘れば簡単に自噴して取り出せるものではなく、遅々として開発が進んでいなかったが、2000年代に入って、図3に示すように、(1)根源岩に水平に坑井を掘る技術、(2)高圧の特殊流体を圧入して根源岩に網の目のような割れ目をいくつも作る、水圧破砕と呼ばれる技術、(3)その割れ目の伸長の様子を観測して、効率よく割れ目を制御する総合技術の開発により、安価なコストでガスを産出することに成功した。現在は米国とカナダで実践的な生産が行われているのみであるが、石油メジャーの参入や欧州での開発など、拡大の様相を見せている。

図2 世界のシェールガスの技術的回収可能量の分布

図3 水平坑井と多段階水圧破砕の概要

 皮肉なことに、安価なコストで開発できるシェールガスの生産が増え続けているため、米国では天然ガスの価格が100万BTU(英熱量単位;1 BTU=1055 J)当たり2ドルを切ってしまった。また、水圧破砕に用いられる化学薬品を含んだ特殊水が浅部の帯水層や地下水を汚染して、飲料水や工業用水の供給に悪影響を及ぼしているのではないかとの疑念があり、米国の一部の州では検査体制や規制を強化している。シェールガス開発は技術的には大成功を収めているが、ガス価格や環境保全の問題など、対応しなければならない問題はまだ残されている。

今後のエネルギー展望

 米国では、シェールガス開発の成功によって天然ガス供給に余力ができ、これをLNGにして輸出する準備を始めている。米国のLNG価格はガスの需給で決まるため、現時点であれば、100万BTU当たり、ガス価格2ドルに液化や輸送のコストを加えた10ドル程度になると予想される。一方、現在日本が東南アジアやオーストラリアなどから輸入しているLNGの価格は、原油価格に連動しているため、100万BTU当たり16~17ドルである。そのため、日本の石油開発会社や総合商社は、いち早く米国やカナダのシェールガス鉱区の権益を取得したり、LNGの調達に向けた交渉を行なったりしている。米国政府の意向もあり、全てが上手くいくとは限らないと思うが、安価なLNGの存在は、今後のLNG価格交渉の切り札になると期待されている。油価との兼ね合いや、環境対策のためのコスト増加などによって、今後ガス価格は多少は増加するかもしれないが、天然ガスが可採埋蔵量、価格、エネルギー効率、利便性のいずれの観点からも優れたエネルギーであることは多くの専門家が認めるところで、世界的にも天然ガスの重要性がますます大きくなっていくと予想される。日本もこの安価な天然ガス資源の争奪戦に乗り遅れることがあってはならない。

図4 近い将来に期待される日本へのLNG供給ソース

 ただし、エネルギー安全保障やリスク管理の観点からは、エネルギーの供給源を天然ガスのみに頼るのは危険で、様々な段階での多様化によってエネルギー問題に対処していくことが重要である。すなわち、エネルギー源の選択としては、原子力への依存を減らし、天然ガスを中心に据えるものの、石炭火力発電もベースロードの電源として利用し、石油は主として輸送燃料や石油製品のために使用する。さらには、再生可能エネルギーは当面は小規模な地産地消型で利用し、新エネルギーを含めて今後の技術開発に期待するのがベストミックスではないかと考えている。また、天然ガスの調達先も、従来の東南アジア、オーストラリア、中東、ロシアに加え、北米、アフリカへと拡大していくべきであろう(図4)。さらには、天然ガスの供給方法も、LNGのみならず、パイプライン、鉄道貨車による輸送も考えるべきである。国内エネルギー資源に乏しい日本にとって、エネルギー供給の多様化とガスコンバインドサイクル発電などの省エネルギー技術の開発こそが、エネルギーの安全保障につながる道だと考えている。

栗原 正典 (くりはら・まさのり)/早稲田大学創造理工学部教授

【略歴】
1955年 横浜市生まれ
1978年 早稲田大学理工学部資源工学科卒業
1980年 早稲田大学理工学研究科資源及び金属工学専攻修了
1980年 日本オイルエンジニアリング株式会社入社
1995年 テキサス州立大学オースチン校大学院石油工学科博士課程修了(Ph.D.)
2009年 日本オイルエンジニアリング株式会社取締役
2010年 メタンハイドレート生産手法の研究で、文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞
2011年 早稲田大学理工学術院創造理工学部環境資源工学科教授

主な著書(全て共著):「地球統計学」(森北出版)、「石油・天然ガス資源の未来を拓く」(石油技術協会)、「天然ガスのすべて」(コロナ社)