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前田 恵一(まえだ・けいいち)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

膨張する宇宙とダークエネルギー
-宇宙の96%がまだわからない-

前田 恵一/早稲田大学理工学術院教授

 2011年のノーベル物理学賞は、ソール・パールムッター教授(米カリフォルニア大バークレー校)、ブライアン・シュミット教授(オーストラリア国立大)、アダム・リース教授(米ジョンズ・ホプキンス大)の3名に贈られた。授賞理由は「遠方の超新星観測を通した宇宙膨張加速の発見」である。今話題になっている宇宙論最大の謎「ダークエネルギー」の存在を最初に指摘した画期的な研究である。この発見がどれだけすごいのかを解説しよう。

1.アインシュタインの失敗と膨張宇宙

 この宇宙は膨張している。それはアルバート・アインシュタインの一般相対論から明らかになった。1915年アインシュタインは一般相対論を提唱した。これは1905年の特殊相対論を拡張したもので、従来の時空(時間と空間)に対する考え方を一変した。重い物体や大きなエネルギーの存在で時空は歪んでしまい、そのことで重力(=万有引力)を説明する理論である。時空が変化しうる実在であるこの事実は、「宇宙」を科学的対象とすることを可能にした。

 アインシュタインは、宇宙が有限で、未来永劫変化しない絶対的存在であると考え、そのことを確認しようとした。しかしながら、自らの理論はそのような宇宙の存在を否定した。困り果てたアインシュタインは、理論を少し修正し、新たに宇宙項を付け足した。重力はすべての物体がお互いに引き合う引力で、宇宙もそのままではつぶれてしまう。そこでその重力に対抗する斥力(反発し合う力)となる宇宙項を導入し、永遠不滅の静的な宇宙の存在を示した。ところが1922年アレクサンドル・フリードマンが「宇宙が膨張している」可能性を指摘した。その可能性は1929年エドウィン・ハッブルにより観測的に実証された。

 どうしたら宇宙が膨張していることがわかるのか? イメージしやすいように2次元の世界で考えてみよう。例えば、地球表面が宇宙全体で、私たちは地表に住んでいるとしよう。宇宙が膨張しているというのは地球、つまり地表が膨らんでいくことになる。この膨張は地表に住む人からどのように見えるであろうか? 観測者が東京にいるとしよう。図2のように、地球が膨張しているとすると、東京から見た各地点は遠くにある場所ほどより速い速度で離れていく。

 ハッブルが観測したのは、より遠くにある銀河がより速い速度で遠ざかるという事実である。その観測から宇宙が膨張していると結論した。この膨張宇宙論は、その後、ガモフ達により元素の起源といったより実のある議論を加え、ビッグバン宇宙論と呼ばれる宇宙の標準理論となった。アインシュタインは後に、膨張宇宙論が正しいことがはっきりすると、宇宙項の導入に対して「わが生涯最大の失敗」と言ったといわれている。

図2:ある時刻の日本列島とそれから少し時間が経過したときの日本列島。地球が膨張していれば、東京から見た各地点は遠くにある場所ほどより速く遠ざかる。

図1:1922年11月、早稲田大学を訪問したときのアルバート・アインシュタイン夫妻。右は塩澤昌貞早稲田大学第4代学長(当時)。(早稲田大学大学史資料センター提供)

2.宇宙の新たな謎:ダークエネルギーの発見

図3:上に放り上げた物体は重力により減速し、やがては地上に落下する。宇宙も重力のみだとその膨張速度は減速していく。

 ビッグバン宇宙論は現代科学の金字塔ともいえる大成功した理論であるが、もちろん私たちは宇宙のすべてを知り尽くした訳ではない。超高エネルギー領域の物理学(量子重力理論や超弦理論)はまだ明らかになっておらず、宇宙の始まりについてはほとんどわかっていない。しかし、すでに十分理解できたと思っていた現在の宇宙にも大きな謎が出現した。宇宙の膨張が加速しているというのである。

 宇宙はビッグバンという膨張から始まった。その膨張速度は段々と減速していく。これは地上でものを投げ上げると重力により上昇速度がだんだん遅くなり、やがては地上に戻ってくるのに似ている (図3) *1。宇宙の膨張も、物質同士に働く引力(重力)によりお互いに引き戻し合うため、段々と遅くなっていく。これが減速膨張である。

 実際の宇宙膨張がどうなっているかを知るには、ハッブルが見つけた膨張則が昔どうであったかを調べれば良い。そのためには、遠くの天体がどのような速度で遠ざかっているかを観測する必要がある。それは、遠くを見るということが宇宙の過去を見ることになるからである

 この昔のハッブル膨張則を知るには遠くの天体までの距離と遠ざかる速度を測定する必要があるが、遠くの天体は暗く、距離を測定するのは困難である。そこで上記3名のノーベル賞受賞者達は超新星に注目した。超新星は、巨大なエネルギーを伴う爆発現象で、銀河全体の明るさにも匹敵するぐらい明るく輝き、遠方を見るのに適している。彼らはそのうちIa型の超新星*2に注目した。それはその明るさの変化を測定することにより本来の明るさが推定でき、それと観測した見かけの明るさを比べることで距離がわかる。彼らは宇宙が現在の半分の大きさであったときまで遡って超新星を数多く観測し、その結果から宇宙が加速的に膨張していると結論した。

図4:宇宙の構成要素の割合。その96%は我々が全く知らない「物質」である。その3/4を占めるダークエネルギーに関してはその正体が全くわかっていない。

 宇宙が加速的に膨張するというのは、一般相対論を基礎にした宇宙モデルでは説明できない。宇宙膨張を引き戻す重力に逆らう何か斥力のようなものが必要になる。アインシュタインが静的宇宙を考えるために導入した宇宙項はまさにそのような役割をする。実際、適当な大きさの宇宙項を考えると、発見された宇宙の加速膨張は説明可能である。アインシュタインが「失敗」とまで言った宇宙項が蘇ってきたのである。ただし、宇宙項とするにはその値を説明する理論がなく、この加速膨張の原因は「ダークエネルギー」と呼ばれるようになった。

 その後、WMAP衛星*3による宇宙背景放射*4の精密観測などにより、宇宙の構成要素についての詳しい情報がわかってきた。その結果、私たちがよく知っている原子からなる物質はほんの4%にすぎず、22%がダークマターと呼ばれる未知の物質で、残りの74%はダークエネルギーである(図4)。

 ダークマターは銀河のまわりに局在したりする構造をつくる物質であるのに対し、ダークエネルギーは宇宙の加速膨張からのみその存在が示唆されているとても奇妙な存在で、その正体は全くわかっていない。「物質」ですらないかもしれない。実際、宇宙論的スケールで一般相対論とは異なる重力理論を考え、加速膨張を説明しようという試みもある。もし100年間正しいと考えられてきた一般相対論が宇宙論的スケールでは正しくないとすれば、現代物理学の根幹にかかわる重要な問題となる。この現代宇宙論最大の謎であるダークエネルギー問題を解明すれば確実にノーベル賞であろう。近い将来、相対論や量子論が登場した20世紀初頭のように新しい物理学の大きな進展が見られるかもしれない、わくわくする今日この頃である。

*1:初速が非常に速い場合は地球の引力圏から抜け出して、宇宙空間まで達するが、その場合でも上昇速度は段々と遅くなる。
*2:超新星のうち、その分光スペクトルに水素の吸収線が見られないものをⅠ型と呼び、中でも珪素の吸収線が見られるものをIa型と呼ぶ。
*3:Wilkinson Microwave Anisotropy Probe(ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機)。宇宙背景放射を観測するために打ち上げられたNASAの人工衛星。
*4:宇宙のあらゆる方向から放射されているマイクロ波。ビッグバン宇宙論の論拠とされている。

前田 恵一(まえだ・けいいち)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1950年10月大阪市生まれ。
1980年3月京都大学で理学博士の学位を取得後、イタリア・トリエステ理論物理学研究所研究員、パリ・ムードン天文台研究員、東京大学理学部物理学科助手などを経た後、1989年4月早稲田大学理工学部(現先進理工学部)物理学科教授に着任。2006年3~9月にはケンブリッジ大学トリニティカレッジの客員教授を兼任。
専門は相対性理論、宇宙論。
著書には『宇宙のトポロジー』、『アインシュタインの時間』、『重力理論講義』などがある。