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永島 計(ながしま・けい)/早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから
熱中症のメカニズムと対策
永島 計(ながしま・けい)/早稲田大学人間科学学術院教授
2019.7.22
熱中症は実はよくわからない病気です。体温研究者を名乗る自分が、その解決の決定的な糸口を未だ見つけられないでいるのは恥ずかしいことです。深い反省を込めながら、わずかにわかっている熱中症の知識を皆様に提供し、少しでも健康で安全な生活の一助になればと思います。
1.熱中症とは何か
熱中症は、高体温障害と呼ばれる病気の一つです。高体温障害とは、体温上昇に起因する組織および臓器障害を示します。ただ、熱中症の症状は多彩で、診断基準のない難しい病気と言えます。熱中症は、普段健康な人でも短時間で死に至る可能性があります。このため、医療関係者がいなくても、処置をすぐ始めないといけません。よく比較されるのは、重症不整脈の初期対応であるAED(自動体外式除細動器)使用と心臓マッサージです。しかし、熱中症を診断し、治療してくれる機械や応急処置のマニュアルはありません。2つの病気には大きな解離があります。
2. 熱中症のリスク因子
熱中症の原因は、環境因子(気温、湿度、気流、輻射(日光など))と個人因子(年齢、体力、疾病、服装、労働や運動の強度や時間など)の2つに分けられます。気温と熱中症の関係は、欧米では熱波という言葉で知られています。熱波とは32.2°C以上の最高気温が3日以上続く気候で、2003年に西ヨーロッパ大陸で発生したものが有名です。過去の平均より3.5°C高い気温上昇が起こり、7万人以上の死者が出ました。気温以外の環境因子も重要で、都市部で建物や地面が巨大な熱の塊となるヒートアイランド現象があります。図1はヒートアイランド現象の影響が大きい東京と、そうではない15地方都市での気温の変化を示しています(出典1)。基準は1901−30年の平均気温です。東京は、他の場所に比べ気温が上昇していますが、これは輻射による熱を間接的に反映したものと考えられます。
熱中症は持病の影響も大きく、心不全、高血圧、糖尿病にともなう心臓血管障害はリスクを増大させます。また治療薬も原因となることがあるので複雑です。高血圧治療に使われる利尿剤、アレルギー治療(花粉症やアトピー性皮膚炎)に使われる抗ヒスタミン薬、アルコール摂取、消炎鎮痛剤などがあります。覚醒剤などの違法薬物は強いリスク因子となります。
図1 1901-1930年の30年の平均値からの気温の推移
東京と都市化の影響が少ない15地点の平均を示している(出典1)
3. 熱中症の分類
熱中症は大きく2つに分類されます。一つは古典的熱中症と呼ばれ、乳幼児や高齢者が被害者の大部分を占めます。低い体温調節の能力が主な原因です。ヨーロッパでの熱波の被害者の多くは高齢者で、主たる原因はクーラーが家にないと言う理由でした。もう一つは、労作性熱中症と呼ばれ、主に健康成人が、運動や肉体労働をきっかけとして起こります。高気温や高湿度は労作性熱中症のリスク因子ですが、これらの因子がなくてもおこりえます。体からの熱の放散と、運動や肉体労働に伴う熱産生のバランス異常とその遷延が原因です。無理な練習、不適切な衣服の選択(サウナスーツなど)、労働に必要な装備(ヘルメットや防護服)などがきっかけになります。労作性熱中症に比べ古典的熱中症は致死率が高く、前者は3-5%、後者は10-65%です。体温調節能力や組織や臓器の熱の耐性の差を反映していると考えられます。
4. 熱中症の重症度
図2は熱中症の重症度分類を示しています(出典2)。熱失神は脳への血流低下により起こります。熱痙攣は大量発汗に伴う電解質異常が原因です。熱疲労は大量発汗による脱水と、これに伴う体温上昇が原因です。熱射病は異常な体温上昇(時には40°C以上)による中枢神経障害で重篤な症状です。日射病は、最近は熱射病と区別して使うことはありません。
図2(出典2より作成)
5. 熱中症対策
図3WBGT温度計(出典3)
黒球・湿球温度、略してWBGT(wet-bulb and globe temperature)は、熱環境評価指標であり、スポーツや労働の現場でも普及してきています(図3、出典3)。WBGTは気温、湿度、輻射熱を指数化し総合評価します。本来は、屋外での労働や運動時の環境評価を目的とするため、高齢者など個体リスクが高い場合や、屋内の環境評価をするには適切でない場合もあります。他にも暑さに対する不快感を評価し、リスク評価するHeat Index(HI、暑さ指数)、Humidex(ヒューミデックス、humid+indexの造語)などがあります。われわれの暑さ感覚と熱中症のリスクが関連づけられており、生活の場で使いやすい指標であるともいえます。
重度熱中症で必ずおこるのは体温上昇です。このため、カラダを冷やすことが必須です。氷水への浸水は、非常に有効な方法です。体温が40-41°Cに至る場合は、頭部以外の全身を氷水に浸し、同時にタオル等で頭部も冷やしていくのが有効です。十分な回復が得られない場合、その後、医療施設に搬送します。皮膚表面に水を噴霧し、ファンで送風し気化させる方法も有効です。高齢者や低年齢の小児でおこる古典的熱中症に対する冷却方法として推奨されています。何れにせよ熱中症の発生が予想される現場では、これらの機器の準備が強く望まれます。救急車を呼ぶにせよ初期対応が重要です。
熱中症の発生を防ぐことは難しいことかもしれません。しかし、正しい知識は不幸な結末を防ぎ、研究は将来の診断や薬剤開発を含めた治療法の確立につながると信じています。
出典
- 気象庁ホームページ、観測データの長期変化から見る大都市のヒートアイランド現象より
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/h30/chapter1.pdf - 日本医学会ホームページ 医学用語辞典 WEB版 熱中症に関連する用語より
http://jams.med.or.jp/dic/heat.html - 気象庁ホームページ、WBGT温度計より
https://www.jma.go.jp/
永島 計(ながしま・けい)/早稲田大学人間科学学術院教授
1960 年兵庫県宝塚市生まれ。85 年京都府立医科大学医学部医学科卒、95 年京都府立医科大学大学院医学研究科(生理系)修了。京都府立医科大学付属病院研修医、イエール大学医学部ピアス研究所ポスドク研究員、王立ノースショア病院オーバーシーフェローなどを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。博士(医学)。専門は生理学、とくに体温・体液の調節機構の解明。
共著 『からだと温度の事典』朝倉書店(2010)
監修 『からだはすごいよ!ぬくぬくげんきぼくのたいおん』少年写真新聞社(2015)
単著 『40°C超えの日本列島でヒトは生きていけるのか 体温の科学から学ぶ猛暑のサバイバル術』化学同人(2019)