早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム  > オピニオン  > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

「ながらスマホ」の影響とは

枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学理工学術院教授
2022.2.28

 スマートフォン(スマホ)は便利な装置だ。ポケットから取り出すとすぐに使い始められ、いくつものアプリケーションを行ったり来たりしながら併行して楽しめる。子供の頃に読んだSF漫画に出てきそうな装置が、いま自分の手の中にあるなんて、一定以上の年齢では夢のような生活だろう。いまや当たり前の光景だが、こんなに便利なものが日常生活に溶け込むとは、少し前では予想だにしていなかったものだ。

 ところで、私たちの脳が同時に多くのことをこなすことを「マルチタスク」と呼んでいる。 しかし、私たちの脳はマルチタスクをできないとされているのだ。

 本稿では、ヒトの脳の働きを通して、スマホの使い方を考えていきたい。

「ながらスマホ」で事故が多発

 何かをしながらスマホを操作することを「ながらスマホ」という。特に「歩きスマホ」と呼ばれるスマホの画面を眺めながら歩いて移動することでは、事故や怪我のニュースを耳にするようになった。

 スマホでニュースや動画を観たり、SNSで投稿したりしながら歩いていると、移動時間も有効活用できている気分になるだろう。あるいは、観ていた動画が面白すぎたり、SNSでのコミュニケーションが盛り上がり過ぎたりして、画面から目を離すのも惜しいという気持ちになっているのかも知れない。いずれにしても、スマホの画面にくぎづけ、つまり没頭している状態だ。

 このようなときには、事故や怪我を被るリスクが高まっている。慣れた階段を踏み外して入院に至ったり、道路で穴に落ちたり、車にはねられそうになったという話は枚挙にいとまがない。実際に踏切で電車にはねられ、死亡に至ったという痛ましいケースもある。

 このようなニュースを見聞きすると、私たちの日常には危険が多く潜んでいることに改めて気づく。大過なく毎日を過ごせているのは、危険が迫ったときには対象に注意を向けて、それを避けることができてきたからだろう。

 しかし、歩きスマホをしていると、周囲へ注意を向けることが困難になる。画面の中に没頭してしまうからだ。

 スマホに没頭していると、危険なだけでなく効率も低下することも知られている。スマホでメールを打ちながら歩いた場合、送信し終えてからさっさと歩くよりも、時間がかかってしまうという。これでは、移動の時間を効率よく使っていると思いきや、逆に効率を悪くしてしまっていることになる。

「ながらスマホ」が危険な理由

 このような事故や怪我は、なぜ起こるのだろうか。ここからは、脳での仕組みをもとに考えてみよう。

 私たちが外界を理解するためには、それらの情報が五感を介して脳の中へ取り込まれ、処理されることを要する。そのために、脳には「ワーキングメモリ」という、入ってきた情報を一時的に保存して処理を進めるためのメモリ機能がある。パソコンに喩えると、ファイルを保存するハードディスクとは別にデスクトップ画面で作業をするためのメモリ(RAM)に相当するといえるだろう。ワーキングメモリは作業記憶ともいうので、まさに作業スペースのイメージだ。

 パソコンでやりがちなのは、デスクトップに沢山のウインドウを開いて同時にそれぞれ作業をしようとすることだろうか。しかし一般的なパソコンでは、実際に処理が進むのは、どれか一つのウインドウだけだ。どれかのウインドウの処理をある程度進めて、次は他のウインドウ、そして、また元に戻って処理の続きを進めることを繰り返している。

 同じことが脳の中でも起きているのだ。

 スマホやパソコンで動画を流しながらSNSに投稿していたり、テレビを点けたまま、パソコンでレポートを書いていたりするときは、いくつかのデジタルデバイスを同時に動かしながら、そのどれかに注意を向けている状態を繰り返している。これを「デジタル・マルチタスキング」や「メディア・マルチタスキング」と呼ぶ。しかしヒトの脳は、自動化された動作でない限り、厳密にはマルチタスクを完遂できない。これらは、同時並行して処理するマルチタスクをしているように思っていても、素早くタスクを切り換える「タスクスイッチング」を行っているに過ぎないのだ。もしかしたら、マルチタスクをして同じ時間に複数の処理を行うのは時間の節約にもなるし、自分は23個のデバイスならば難なく同時に扱えると思い込んでいるかも知れない。しかし、それが成り立たないのがヒトの脳の働きというものだ。

 これは、ワーキングメモリ上にある情報の処理には、注意を向けることが必要であることが関係している。脳に入ってくるさまざまな情報や既に持っていた記憶情報から、メモリ上には複数のものが載ることがあるが、処理を進めることができるのは、きちんと注意を向けた情報に限られる。注意の矛先が切り替わり、そのスポットライトがあたった対象だけが効率よく処理を進めることができるのだ。

waseda_0228_img.jpg

【外界の情報を処理するメモリの模式図】
スマホの画面に注意を向け続けていると外界の新しい情報が入って来づらくなり、周囲の状況にも注意が向かなくなる。

 いまのスマホは、画面が大きくなり、そこで展開されるコンテンツの充実ぶりもあり、さらにはそれらを支える通信速度も向上しているので、気づかぬうちに惹きつけられ、いちど没頭すると、なかなかそこから目を離せない状態になりがちだ。先の歩きスマホでの事故や怪我でも、ここは大丈夫と思い、ついつい画面から目を離さないままに通りを渡ったり、階段を上り下りしようとしてしまうことが原因になっていた。このような状態は今後もますます程度を高めて続くだろう。

「ながらスマホ」は社会全体の問題となってきている

 スマホは便利な装置だ。スマートにいろいろな物事をこなしていける。

 便利さを手に入れた後に、それを全て手放すことは容易ではない。技術の発展とは寄り添っていくのが文明のあり方ともいえる。

 海外では、日本よりも早く、社会がスマホとの付き合い方を工夫した事例がでてきている。大きく分けると「規制型」と「共存型」といえようか。道路標識でメッセージを伝えたり、条例で歩きスマホを禁止して罰金を課すのは規制型。もはや止められないとみて、歩きスマホを前提とした上で、せめて事故を防ごうとするのは共存型といえる。例えば、スマホを観ているときには大概は下を向いていることから、交差点の歩道と車道の境目に埋め込み型の信号機を設けたり、歩行者同士の接触を避けるようにして歩道の中にスマホ専用レーンを敷いたりしている例が散見されている。

 歩きスマホは、もはや個人の問題に留まらず、社会全体で取り上げる時期に来ているようだ。しかし、そこには使用に際しての個人の意識が重要になる。スマホとは距離を置くことが難しいとなれば、使い方の工夫をしたらよい。ヒトの脳の特徴を知り、使ってよい場面と使うべきではない場面を区別しながら、スマホをスマートに使いこなしていきたいものだ。

枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学理工学術院教授

1998年に東京大学より博士(薬学)、2007年に早稲田大学より経営学修士(専門職)を取得。早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)認定。早稲田大学高等研究所准教授などを経て2020年より現職。

研究分野は脳神経科学、組織・人材マネジメント、マーケティングなど。2015年度に早稲田大学ティーチングアワード総長賞、2017年度にユーキャン新語・流行語大賞を「睡眠負債」にて受賞。

一般向けの主な著書・監修書には『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(単著;明日香出版社)、『記憶のスイッチ、はいってますか』(単著;技術評論社)、『人生をかえる集中力の高め方』(監訳;ニュートンプレス)などがある。