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高橋 遼(たかはし・りょう) 早稲田大学政治経済学術院准教授 略歴はこちらから

環境とコーヒー:認証コーヒーの環境保全効果と販売戦略

高橋 遼/早稲田大学政治経済学術院准教授
2019.11.05

 「コーヒーの美味しい淹れ方を教えてください」という質問を受けることがある。残念ながら、美味しい淹れ方は知らないのだが、そのような質問を受ける理由は、私がコーヒーに関する研究を行っているからだ。正確には、コーヒーと環境保全に関する研究である。一般的に、コーヒーと環境保全の関連性について、あまり広くは知られていない。

写真:森林内のコーヒーの木と生産者

 コーヒーの木は、陰樹と呼ばれる種類の樹木であり、日陰の中でも成長できる性質を持っている。伝統的にコーヒーは、シェードツリーと呼ばれる日傘の役割を果たす樹木の下で生育されてきた。そのため、伝統的なコーヒー農園では豊かな森が保全されており、環境面で調和のとれた持続的な生産管理が行われている。しかしながら、近年、伝統的コーヒー農園は急速に、シェードツリーを必要としない近代的コーヒー農園へと転換している。その要因は、収益性の違いである。近代農法の生産量は、伝統農法と比べて3倍以上も高いため、高い収益が見込める近代農法への転換が進んでいる。しかし、近代農法への転換にはシェードツリーの伐採を伴うため、伝統的コーヒー生産地では転換による森林減少の問題が深刻化している。

 このような問題に対し、森林コーヒー認証制度への注目が高まっている。森林コーヒー認証制度では、伝統農法を推奨することで、生産地における環境保全を目的とした制度である。具体的には、伝統農法を採用する生産者に対して認証を与え、認証を得た生産者は国際市場に対して認証コーヒーを販売することが可能となる。通常、認証コーヒーは、一般的な売値よりも高い価格(プレミアム価格)で取引されることが多いため、認証を取得することで所得向上に繋がり、その結果、生産者の伝統農法を継続するインセンティブを高められると考えられている。

 しかし、本当に認証の導入により環境は保全されるのだろうか?一つの事例として、エチオピアでの取り組みを紹介したい。エチオピア南西部に位置するベレテ・ゲラの森は、同国では有名なコーヒー生産地であり、森林内では伝統的な方法でコーヒーが栽培されている。同地域では、2006年から日本の援助により、国際NGOであるRainforest Allianceによる森林コーヒー認証が導入された。導入によるコーヒーの売値への影響は大きく、2010年には1キロのコーヒーの市場価格が約3ドルであったのに対し、認証コーヒーの価格は約6ドルであった。

 認証導入による影響は、価格だけでなく、森林変化に対しても観測された。衛星画像から森林の質を計測し、認証導入による効果を表したのが下の図である。2005年から2010年の期間、認証を取得したコーヒー農園における森林変化は0.14と、ゼロに近い値であった。この結果は、観測期間において認証地域の森林の質が良くも悪くもなっておらず、森林が適切に保全されたことを意味する。一方、認証を取得していないコーヒーの森では、同期間の変化はマイナス1.71と、認証農園と比べて大きく質が低下していることが分かる。マイナス1.71という数値は、未認証の森において、森林の被覆率が5から10パーセント失われたことを示唆している。なお、小難しい説明は割愛するが、この結果は、計量経済学の手法を用いて様々な要因(土壌の質や日射条件など)についてコントロールし、経済学でいう内生性の問題について対応した上で推計を行っている。

図:2005年から2010年における森林の質の変化を、認証を受けたコーヒーの森と認証を受けていないコーヒーの森での比較

 これらの結果から、認証を導入することで森林の質が保たれ、適切に保全されていることが明らかとなった。では、認証制度を広く普及すれば、自動的に環境が保全されるかというと、残念ながらそうではない。認証制度の課題は、制度自体の持続性である。生産者が伝統農法を継続する最大の理由が、プレミアム価格である。つまり、適切なプレミアム価格を認証生産者に提供できなければ、伝統農法を継続するインセンティブは失われ、近代農法へ転換することが生産者にとって合理的選択となってしまう。生産地にプレミアム価格を提供するためには、認証製品の主要な消費国である先進国での消費が前提であり、つまりは、認証制度の持続性は我々のような一般市民が購入するかに依存している。

写真:弊学、8号館に設置された自動販売機

 しかし、残念ながら、日本における認証コーヒーの市場規模は小さく、普及は限定的である。どうすれば、日本の消費者の購買意欲を刺激することができるのだろうか。本記事の最後に、日本で実施された1万台以上の自動販売機を用いた社会実験による知見を紹介したい。

 この実験では、紙コップ式の自動販売機で販売されている認証コーヒーを対象に、認証に関する情報発信が売り上げに与える影響について検証を行っている。具体的には、「地球にやさしいコーヒーです。」と書かれたステッカーを自販機に貼った場合、売り上げが変化するか検証した。

 実験の結果、ステッカーを用いて情報発信を行っても、認証コーヒーの売り上げに及ぼす効果は確認されなかった。つまり、一般的に認証に関する情報発信を行ったとしても、売り上げが高まる可能性は低いと考えられる。しかし、自販機が設置されている環境ごとに推計を行うと、興味深い結果が得られた。オフィスや工場など一般的な職場内に設置された自販機にステッカーを張った場合、認証コーヒーの売り上げが約7パーセント、有意に高まることが分かった。

写真:実験で用いられたステッカー

 そのような場所だけで売り上げが増加した一つの理由として、評判効果が考えられる。近年の環境経済学の分野では、エコな行動を取ることで、職場などのコミュニティのメンバーからの評判が上がる場合において、人々は積極的にエコな行動を取ることが指摘されている。この実験においても、自分の購買行動が自分に近い人(同僚や友人たち)に観測されやすい場所でのみ、情報発信による顕著な売り上げ増加が確認されている。

 それでは、認証コーヒーの市場を拡大するためには評判効果が重要で、環境問題への関心や人々の意識は重要ではないかというと、決してそうではない。コミュニティの環境問題への関心が低い場合、認証コーヒーの購入などエコな行動を取ったとしても、関心の低さからメンバーはエコ行動を評価しない可能性が高い。もちろん、メンバーがエコ行動を評価しなければ、評判効果が発生することもないだろう。つまり、人々の環境への関心は、評判効果を発生させ、人々にエコな行動を促すための社会的基盤なのである。

高橋 遼(たかはし・りょう)/早稲田大学政治経済学術院准教授

三重県四日市市出身。東京大学にて博士号(国際協力学)を取得後、政策研究大学院大学(GRIPS)にて研究員、早稲田大学高等研究所 助教、学習院大学 准教授を経て、現在、早稲田大学 政治経済学術院 准教授。専門は、開発経済学、環境経済学。著書に『開発途上国における森林保全』(勁草書房)。