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吉野 孝(よしの・たかし) 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

「オバマ次期米大統領」世界への影響
―クールな現実主義者が要求する負担―

吉野 孝/早稲田大学政治経済学術院教授

 11月4日のアメリカ大統領選挙では、民主党候補者のバラク・オバマ氏が当選した。2008年選挙は、一言でいうなら、経済不況と金融危機の処理を誰に託すのかを決める選挙であった。ABCテレビの出口調査では、調査対象者の50%が「経済を非常に懸念している」と答え、そう答えた者の66%がオバマに投票したと答えている。選挙人票をみると、オバマは28州で勝利し、過半数の270票をかなり上回る364票を獲得した。

 2000年および2004年の大統領選挙で共和党が勝利した29州のうち、フロリダ、オハイオなど7州を民主党が奪還したことが勝因であった。しかし、一般投票をみると、オバマとマケインの得票率の差は6.4%であった。第2次世界大戦後の大統領選挙で対立候補にもっとも大きな差をつけた初当選大統領はアイゼンハワーの10.5%であり、オバマは上から数えて4番目であった。したがって、アメリカ史上初の黒人大統領が誕生したことは「歴史的」であったとしても、勝利自体は必ずしも「地滑り的大勝」ではなかったのである。

大きな勝利

 8年にわたるブッシュ政権の政治・経済運営に対する不満は大きく、2008年大統領選挙は、潜在的に民主党候補者に有利であると考えられた。しかも、インターネット利用度、獲得資金量、テレビ広告量で勝り、9月中頃より金融危機の追い風を受けたのにもかかわらず、オバマ陣営は「地滑り的大勝」を納めることができなかった。その理由の1つが、「白人選挙民が白人候補者を選好する」傾向である。

 投票日直前の複数の世論調査では、オバマが52~54%でリードし、マケインに6~8%の差をつけていた。しかし、ABCテレビの出口調査では、白人男性の間で「マケインに投票したと答えた者が57%、オバマに投票したと答えた者が41%」と、白人のマケイン支持が16ポイント上回り、女性の間では「マケインに投票したと答えた者が53%、オバマに投票したと答えた者が46%」で、やはり白人のマケイン支持が7ポイント上回っていた。

 このような白人投票の人種バイアスに直面したのにもかかわらず、オバマが6.4%の差をつけたことを考えると、やはりこれは「大きな勝利」であったと考えてよい。

高まる保護主義の気運

 それでは、オバマ政権の誕生は、世界にどのような影響を及ぼすのであろうか。

 まずオバマ政権の最大の課題は、アメリカ国内における経済不況と金融危機を救済することである。同時に行われた連邦議会議員選挙で上下両院でも民主党が過半数を維持し、民主党の統一政府が出現したので、オバマ大統領の経済支援や公共事業政策に加えて、議会民主党から早期に健康保険、環境、エネルギーなどに関連する法案が提出されるであろう。そして、そのさいに民主党特有の保護主義の気運が高まることが予想され、オバマ大統領であってもそれを抑えることは容易ではない。

 現在のアメリカの最大輸入相手国は中国であり、自動車をはじめとする多くの日本企業は現地生産をしているので、たとえ保護主義が台頭しても、かつての「日本製品排斥」のような動きは起こらないであろう。しかし、当選後初の記者会見で、すでにオバマ次期大統領は経営難に陥っている米自動車メーカーに積極的な支援策を講じると表明している。これが実際に行われると、日本の自動車メーカーがかなりの苦戦を強いられることに疑いはない。

日本、米軍支援で負担増も

 次にオバマ政権は、各国に大きな負担を求める可能性が高い。アメリカの2008会計年度(2007年10月~2008年9月)の財政赤字は過去最高の4550億ドルに達し、11月13日には米財務省は10月の財政収支が2370億ドルの赤字になったと発表した。また、米国経済の債務総額は国内総生産の3.5%を越えたといわれている。経済不況と金融危機を救済するためには、さらに莫大な財政支出が必要である。しかも、オバマ政権はイラクから駐留米軍を早期に撤退させることと同時に、アフガニスタン戦争を重視し、同国への米軍増派を主張しており、軍事費が大幅に削減されることは考えられない。その結果、アメリカは関係各国に多くの負担を求めることになる。

 たとえば日本に対して、アメリカはインド洋での給油活動だけでなくアフガニスタンへの自衛隊派遣を含むより積極的な活動を求め、もし日本が日米同盟の堅持を主張すれば、在日米軍基地の維持および移転のための多額の負担を求める可能性がある。

「粘り強く交渉する」厄介な政権

 最後に、国内における経済不況と金融危機の救済に集中するあまり、アメリカがしばらくの間、世界金融恐慌の救済と新しいルールづくりに積極的に参加することができないと、世界金融危機が長期化する可能性がある。

 しかし、たとえアメリカが早期に世界金融危機の救済と新しいルールづくりに積極的に参加したとしても、別の状況がうまれる。それは、選挙運動期間中にブッシュ政権の単独主義を批判し、国連や西欧先進諸国との協調主義を表明していたとしても、オバマは基本的に「アメリカの潜在的な強さ」を信じるクールな現実主義者だということである。オバマ政権は、中東諸国に対してだけでなく西欧先進国に対しても、「粘り強く交渉する」厄介な政権になるであろう。

吉野 孝(よしの・たかし)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

1954年長野県生まれ。1978年早稲田大学政治経済学部卒業。1988年早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程修了。早稲田大学政治経済学部助手、専任講師、助教授を経て、1995年より現職。この間、1984年7月から86年6月までウィスコンシン大学(マディソン)政治学大学院留学。1991年3月から93年3月までジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)客員研究員。専攻は、英米政治学、政党・選挙、アメリカ政治。

【主著】

『アメリカの社会と政治』(共著、有斐閣、1995年)、『現代の政党と選挙』(共著、有斐閣、2001年)、『誰が政治家になるのか』(共著、早稲田大学出版部、2001年)、『2005年度版 現代日本政治小事典』(共著、ブレーン出版、2005年)などがある。