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青山 瑠妙(あおやま・るみ)/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 略歴はこちらから

米中ハイテク冷戦と日本

青山 瑠妙/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

中国の台頭をめぐる悲観論と楽観論

 中国は飛躍的な経済発展を成し遂げ、名目GDPで2011年に日本を追い抜いて世界第2位の経済大国になった。

 こうした中国の台頭が世界秩序をどのように変容させていくかは世界において重要な課題として急浮上している。実際に学者の間ではこの問題をめぐって長期にわたり活発な議論が交わされてきた。早くも1993年に、アメリカの国際政治学者のアーロン・フライドバーグが「アジアは大国対立のコックピットになる」との見通しを示した。中国自身は平和的台頭を唱えているが、国際政治学の大御所であるジョン・J.ミアシャイマーは中国の台頭は平和的にあり得ないと断言する。

 他方、中国の経済発展を背景に、2017年の日中貿易総額はおよそ3000億ドルと,日本にとって中国は最大の貿易相手国となっている。観光分野においても2018年の日本へ旅行者は838万人と、訪日観光客数で第1位を維持している。滞在中の観光支出では首位の座を譲ったが、強烈な購買活動現象「爆買い」は日本のメディアで繰り返し取り上げられた。日本に在住する中国籍の外国人は74万人と最も多い。

 こうした緊密な関係から、「日本と中国との間で戦火を交えることなどとてもあり得ない」というのが、日本では一般的に考えられている。国際政治学者の言葉で語るならば、経済関係の強化により、紛争コストが上昇し、戦争は難しくなる。

 中国の平和的な台頭はありうるのか? 1990年代から、国際政治学の分野では悲観論者と楽観論者との論争が続いてきた。トランプ政権下で、アメリカの対中政策が大きく変化したことを受け、ここにきて、この論争にようやく結論が見えてきたかもしれない。

ハイテク冷戦の勃発か

 米中間の貿易協議が進められており、その成り行きを市場関係者は固唾をのんで見守っている。2月5日の春節以降、米中貿易協議においてデットラインとされている3月1日が延長されるのではないかという情報が流れ、当面の摩擦は回避できるとの楽観的な見方が広がった。ニューヨーク、東京、上海などの株式市場が息を吹き返したのはまさにその表れである。しかしながら、アメリカと中国をめぐる情勢を分析し、中長期的に将来を展望するならば、その見通しは決して楽観できるものではない。

 中国は南シナ海、尖閣にかかわる問題で強硬な姿勢を改めたわけではない。THAARD問題で経済や観光を手段に韓国に圧力をかけたという記憶も新しい。他方、アメリカはトランプ政権になってから、保護貿易に傾斜している。アメリカは長期にわたり取り続けてきた対中エンゲージメント政策を捨て、「力による平和」を推し進めている。すなわち、中国の台頭により米中の覇権争いは激しさを増しているのである。

 米中覇権争いは特にハイテク分野において激化している。次世代通信「5G」はIT、無人運転やIoTといった分野を支える次世代通信技術であり、ハイテクを支えるインフラである。アメリカから名指しでやり玉にあげられている華為技術(ファーウェイ)やZTE(中興通信)はまさに「5G」の担い手である。

 IT分野では、グーグルやアマゾンなどGAFAと呼ばれるアメリカのプラットフォーマーと中国のアリババ、テンセントなどのBATが世界の消費者情報を独占している。中国政府が華為技術やZTEといった通信企業やプラットフォーマーが集めたデータをコントロールし、また産業スパイなどの動きに対する警戒感も高まっていることから、米国・英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドといったFIVE EYESは、5G分野において次々と中国を排除する動きに出た。

 これに対して、中国はもちろん強く反発している。華為副会長の孟晩舟がカナダで逮捕され、アメリカに引き渡される可能性が高まるなか、数人のカナダ人が中国で拘束された。また、着陸書類の「台湾」表記を理由に、ニュージーランド航空機が、中国当局の着陸許可を得られず、オークランドに引き返すこととなった。こうした動きは、5G分野における中国排除に対する中国の報復措置と一般的に見られている。

 最近の国際情勢の動きを見る限りでは、国際政治学における悲観論に軍配が上がりそうだ。

増大する日本の役割

 「5G」をはじめとするハイテク分野での米中間の分断が経済に与える影響を予測することは現段階では難しいが、サプライチェーンがグローバルに展開されている今の世界において、その分断は米中といった2か国にとどまらない地球規模の問題となりうる。

 当然ながら当事国である中国への影響は既に現時点において厳しさを増している。昨年末から急速な減速が伝えられている中国の経済情勢に対して深刻な一撃となりかねない。債務問題の処理などの構造改革が遅れることも確実とみられ、影響が長期化する恐れがある。

 ハイテク分野における中国とアメリカの対立はまだ始まったばかりであるが、今後はアジア、中東欧などに波及しそうだ。アジア諸国はアメリカがリードする自由民主主義陣営に所属する一方で、中国との経済関係を発展させてきたが、新たな冷戦下において二者択一で陣営の選択を迫られるのだろうか。

 アジア太平洋は世界経済成長のエンジンである。そのなかで、日本は貿易立国を堅持してきた。中国に対する抑止は必要であるが、日本やアジアにとってハイテク冷戦がもたらす経済コストは計り知れない。

 国際政治学の分野における悲観論を踏まえつつ、楽観論のあるべき姿を政策レベルで主張できる日本の果たすべき役割は大きい。

青山 瑠妙(あおやま・るみ)/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

【略歴】
 早稲田大学 大学院アジア太平洋研究科教授。早稲田大学現代中国研究所所長。
 法学博士。2005-2006年、スタンフォード大学客員研究員。2016-2017年、ジョージ・ワシントン大学客員研究員。専攻は現代中国外交。

 著書に、『現代中国の外交』(慶應義塾大学出版会、2007年)、『中国のアジア外交』(東京大学出版会、2013年)、『外交と国際秩序(超大国・中国のゆくえ2)』(東京大学出版会、2015年)、『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)、Decoding the Rise of China: Taiwanese and Japanese Perspectives (Palgrave Macmillan, 2018) などがあり、ほか論文多数。