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山本 哲三(やまもと・てつぞう)/早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

「コンセッション」は、水道危機の救世主となるか

山本 哲三/早稲田大学商学学術院教授

 私は30年近く民営化・規制改革の研究を続けてきた。私にそのきっかけを与えたのが、英国の水道事業民営化計画であった。正直これはショックであった。水道事業は、公益事業のなかでも国民の生命・健康・公衆衛生に直結しており、公共性の高さから民営化など到底不可能と考えていたのである。

 公共財の概念を覆すようなこの分割・民営化計画は、欧米勢(とくにフランス企業)の参入が予想されたため、国民のナショナリズムを盛り上げ、一大政治問題にもなった。私は、英仏に調査に赴き、その経緯をフォローし発表した(註1)。英国の水道事業はその後多角化戦略等により経営的な安定を得、また水道制度の整備と規制の見直し(投資促進的なプライスキャップ規制)により消費者も一定の利益を得、今日に至っている。

 だが、1990年代のケンブリッジ留学を経て、私の研究関心は政策の背景をなしている諸理論―例えば、ヴィッカーズ・ヤロウの民営化論(ミクロ応用)、D.ベスの民営化論(マクロ応用)、K.E.トレインの最適規制論、W.J.ボーモルのアクセス料金理論、規制影響分析(RIA)などーへと移っていった。そのため、政策分析からは遠ざかることになった。

 だが最近になって、入札ないしオークションの理論研究を迂回し、再び公益事業改革の問題に正面から向き合うことになった。いうまでもなく、民営化と規制改革の根本理念は、公共セクターに市場機能を入れ、競争の導入・促進によって社会厚生を増進するという点にある。そこでは、コンテスタビリティの理論やインセンティブ規制の理論など多くの理論が生まれたが、ひときわ私の興味を引いたのが、H.デムゼッツによって唱えられた「フランチャイズ・ビッディング(franchise bidding)」であった。彼は、自然独占性等の理由でその内部に競争を導入できないような公益事業に対し、その「入口」で競争を導入すべきだと唱え、入札で最も効率的な事業者に事業運営権を委ねる方式を提案したのである。この「フランチャイズ・ビッディング」はアメリカの一部の州に導入されたが、広くは普及しなかった。とはいえ新制度派(A.E.ウィリアムソン)からの批判もあって、一大論争を惹起した。何より重要なポイントは、公益事業にオークションを導入するというこの発想が、1990年代に入り、モバイル通信の周波数オークションをはじめ電力調達、排出権取引市場、及び空港発着枠などに見られるように、多くの分野に拡大していった点にある。もちろん、その背後には「不完備競争ゲーム」の理論や確率論を基礎にオークション理論の急速な発展があり(註2)、これが「もう一つの民営化」と呼ばれるコンセッションをも加速させることになった。このコンセッションが、私の眼を再び公益事業改革に向けさせることになったのである。

 コンセッションとは、広義の意味では官民連携(PPP)の諸形態(リース、PFI等)を指すが、通常は事業の運営・経営権の民間移転を意味する。そこでは、事業者の選択に際し、入札が決定的な役割を果たすのである。このコンセッションは、1990年代以降、先進国をはじめ新興国・途上国の公益事業(水道・空港等)の発展・再構築を図る重要な政策手段となっており、それは我が国でも今後重要な政策選択肢になると考えられるのである。

 我が国では、コンセッションは空港で先行して実施されているが、今後の水道事業での利用が有望視されている。我が国の水道事業は、(ア)少子化による人口減、(イ)管路・浄水場などの施設・設備の老朽化、(ウ)法制度の欠陥(上水道・下水道の縦割り)、(エ)規制改革の遅れ(市町村公営原則、曖昧な料金規制)などから危機的状況にある。地方財政に余力がないなかで、人口減は水道収入を圧迫し、施設・設備の老朽化は、設備更新需要を増大させている。この危機はきわめて質が悪い。その実態が赤字であっても、それがなかなか「見えない」からである。一般会計からの繰り入れや国からの補助等で、採算悪化が表面化しないのである。実質赤字が続いても、水道料金の値上げそれを糊塗できる構造があり、このまま放置された場合、近い将来水道料金の値上げラッシュが起き、結局住民の税負担が増え続けることになろう。

 今秋、改正水道法が議会を通る見込みであるが、そこでのキー・ワードは、「広域化とコンセッション」である。平成市町村大合併で行政は広域化したものの、水道事業はネットワークや施設・設備を含め、なんら実質的には事業再編されておらず、旧態依然のまま運営されている。広域事業者を認め、かつそこに民間企業を参加させ、事業効率化を基礎に料金抑制と水質改善が達成されるよう努めるのも有力な政策手段となろう。水道改革に資するため、10月に学内に水循環システム研究所を起ち上げる次第である。

  • ^ 拙著「市場か、政府か」、日本経済評論社、1994年。
  • ^ 拙著「規制改革の経済学」、文真堂、2004年。V.クリシュナ「オークション理論」(拙訳、近刊)、中央経済社。

山本 哲三(やまもと・てつぞう)/早稲田大学商学学術院教授

1947年神奈川県に生まれる。1970年早稲田大学商学部卒業、1974年北海道大学大学院経済学博士課程(中退)、筑波大学社会科学系研究員などを経て、現職。この間、ケンブリッジ大学客員研究員、OECDコンサルタントを、また国内では国交省鉄道運賃検討委員会、総務省IT競争部会、内閣府物価安定政策会議、内閣府市場開放委員会、公正取引委員会競争政策研究会の委員などを歴任。
主要著作に『公共政策のフロンティア』(編著、成文堂、2017)、『規制改革30講』(編著、中央経済社、2013)、『日本の成長戦略』(共編著、中央経済社、2012)、『規制影響分析(RIA)入門 制度・理論・ケーススタディ』(編著、NTT出版、2009)、『成長の持続可能性 2015年の日本経済』(共編著、東洋経済新報社、2005)、『規制改革の経済学―インセンティブ規制、構造規制、フランチャイズ入札』(文眞堂、2003)、『M&Aの経済理論』(中央経済社、1997)など。