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福島 淑彦(ふくしま・よしひこ) 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

スウェーデンに学ぶ
労働力確保のための長期失業者政策

福島 淑彦/早稲田大学政治経済学術院教授

 経済財政諮問会議の下に置かれた専門調査会である「選択する未来」委員会の最終報告書案で「労働力確保のために女性と高齢者の就業率を5%引き上げる必要がある」とした(日経新聞11月13日朝刊)。同報告書案は今後減少する労働人口を補う意味で、女性と高齢者の労働参加が必要であるとしている。しかし、現在の日本の労働市場の状況を概観すると、女性や高齢者の労働参加を促すよりもまず着手しなければならない「長期失業者の問題」が存在すると考える。本稿では、バブル経済以降増加し続けている長期失業者の問題について論じてみたい。

長期失業者の増加

 OECDのデータベースであるOECD Stat.によれば、日本は1950年代半ば以降、他のOECD諸国と比較して、非常に低い失業率を維持してきた。1990年代初頭のバブル経済崩壊後の最も失業率が高い時期でも、失業率は約5%程度であった。しかし、失業期間が1年以上の長期失業者の失業者全体に占める割合は、バブル経済崩壊後、一貫して上昇し続け、2012年には失業者の5割弱が長期失業者であった。さらに問題なのは、若年長期失業者の増加である。総務省「労働力調査」によれば、2013年の長期失業者の約4割が35歳未満の若年労働者であった。

 労働者が長期にわたり失業状態にあることは、労働者から就労するインセンティブを奪い、延いては労働市場からの退出を促してしまう。日本では15歳から64歳までの生産年齢人口の全人口に占める割合が1990年代半ばをピークに減少し続けている。少子化によって若年労働人口が減少し続けている状況下で、既存の労働者が労働市場から退出してしまうことは、労働人口及び人的資本のさらなる減少を意味する。加えて、労働者の労働市場から退出は、税収の減少、社会保障関連収支の悪化をもたらす。つまり、労働者を労働市場に繋ぎとめておくことは、労働者個人の効用を高めるだけでなく、社会全体としての社会的厚生水準の維持・向上を意味する。

労働需要と労働供給のミスマッチ

 労働者が長期失業の状態に陥ってしまう原因として、労働需要サイドの要因と労働供給サイドの要因が存在する。需要サイドの要因とは、労働需要そのものが不足しているということである。実際、厚生労働省「平成26年労働経済の分析」によれば、1990年から2014年第一四半期までの期間で新規学卒者を除く有効求人倍率(=求人数/求職者数)が1を超えていたのは約2割の期間のみであった。つまり、1990年以降の約8割の期間で労働需要が不足していたのである。一方で、1970年代初頭から1980年代後半までの期間では、新規学卒者を除く有効求人倍率が1を超えていたのは約1割の期間であったにもかかわらず、長期失業者の割合は安定的に推移し、最も高い時期でもその割合は2割程度であった。それが1990年代以降、長期失業者の割合は増加し続け、2012年には約5割までに達しているのである。

 このように考えると、長期失業者が増加し続けている原因としては、供給サイドの要因、つまり労働需要側と労働供給側のミスマッチに起因する構造的要因が強く作用しているのではないかと考えられる。実際、ベバリッジ曲線の外側へのシフトがそのことを物語っている。ベバリッジ曲線は、横軸に雇用失業率(U)を,縦軸に未充足求人率(V)をとり,観測ないし推計されたそれぞれの値をプロットしたもので、通常右下がりの曲線となる。求人率が上昇(減少)することは労働需要が増加(減少)することを意味し、結果として失業率は低下(上昇)する。様々な研究で、OECD諸国のベバリッジ曲線は1960年以降、一貫して外側へシフトし続けていることが示されている。ベバリッジ曲線が外側へシフトするということは、労働市場で求人数が以前よりも多く存在しているにもかかわらず、失業者数も増加しているということを示している。つまり、労働需要側と労働供給側のミスマッチが発生し、いわゆる「構造的失業」が増加しているのである。

 

(出所:OECD Employment Outlook 2012から抜粋。)

スウェーデンのアクティベーション政策

 OECD諸国の中で日本よりも構造的失業が多く存在しているにもかかわらず、長期失業者の割合がOECD諸国の中でも最も低い水準を過去30年間に渡って維持してきた国にスウェーデンがある。図は四半期のデータをもとに、2001年から2011年までの期間で日本とスウェーデンのベバリッジ曲線を描いたものである。図から明らかなように、スウェーデンのベバリッジ曲線は日本のそれよりも外側に位置し、2001年以降の外側へのシフト幅も日本より大きい。つまり、日本よりスウェーデンの方が構造的失業が多く存在し、それが増加しているのである。しかし、スウェーデンは長期失業者の割合を過去30年間に渡ってOECD諸国の中でも最も低い水準に維持してきた。スウェーデンは日本以上に労働者の権利が強固に且つ包括的に守られている上に、失業給付制度も日本よりはるかに手厚い。このことは、ともすると、求職(就職)活動を真剣に行うことなく受給期間が満了するまで失業手当を受給し続ける所謂「モラル・ハザード」を発生させ、結果として長期失業者の増加を引き起こす可能性が高い。しかし、スウェーデンでは長期失業者の割合が低い水準で維持され続けてきた。

 ではスウェーデンではどのようにして長期失業者の増加を抑制してきたのであろうか。言い換えると、スウェーデンでは如何にして失業者の「モラル・ハザード」を減少させ、失業者の就職確率を高めてきたのだろうか。1990年代以降、スウェーデンで一貫して重視されてきたのが失業者に対する「積極的労働市場政策」である。その具体的な運用方法や内容は変化し続けているが、共通しているのは、失業の早期段階から労働者に積極的に求職活動を行わせることや教育・訓練プログラムに参加させることによって、「モラル・ハザードの抑制」と「ミスマッチの解消」を促してきたということである。近年、労働者自ら仕事に就く努力を促す政策は「アクティベーション政策(activation policy)」と呼ばれている。アクティベーション政策(activation policy)を積極的に展開してきたことが、スウェーデンではモラル・ハザードの大幅な減少、失業率の減少、特に長期失業者割合の減少に効果があったというのが経済学者の共通した認識である。労働力確保のために、スウェーデンで有効であった長期失業者政策としてのアクティベーション政策を日本で積極的に推し進めてみてはどうだろうか。

福島 淑彦(ふくしま・よしひこ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

早稲田大学政治経済学術院教授。1988年慶應義塾大学経済学部卒業。1990年同大学大学院経済学研究科前期博士課程修了(経済学修士)。同年、ソロモンブラザーズアジア証券会社に入社し、東京・ニューヨーク・ロンドンで勤務。2003年スウェーデン王立ストックホルム大学経済学 研究科博士課程修了(Ph.D)。名古屋商科大学教授を経て2007年より現職。