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北村 能寛(きたむら・よしひろ)早稲田大学社会科学総合学術院准教授 略歴はこちらから

予測がつかない為替レート -円相場の今と将来-

北村 能寛/早稲田大学社会科学総合学術院准教授

 大震災による日本経済の甚大なるダメージを反映して円安になると思いきや、今や円は対ドルで戦後最高値の水準にある。この思わせぶりな“彼女”には、わからないゆえ、それを少しでも知りたいとさせる魅力がある。そこで、敢えて今日明日の気まぐれな円ドル為替レートがどうなるかといったことは考えず、長期的に円ドルレートがどういった方向に進むかを、国際金融市場における円の現在ならびに将来的立場を整理することで考えたい。

第3の通貨、円

 外国為替市場とは、実際にそのような物理的取引所があるわけではなく、電子端末等を用いて行われる相対取引のことを指す。中でも、各国の銀行等が外国為替取引を行う市場に限定して、外国為替市場とすることが通常である。国際決済銀行(BIS)の報告書によれば、そのインターバンク市場で取引される全通貨ペアの直物為替レートの一日当たりの平均取引総額は1兆4900億ドルであり(2010年度)、これは日本の年次国内総生産(GDP)の3分の1に匹敵する額である。円が関係する為替取引は米ドル、ユーロに続き3番目に多く、円は第3の通貨である。尚、これら3通貨のうち少なくとも1つが関係する取引は全通貨取引の70パーセント超である。

ユーロ圏経済の問題

 ギリシャは、2010年度に引き続き、2011年度もEU諸国ならびにIMFから融資を受けることで、政府債務の債務不履行を回避するといった事態に直面している。このギリシャを加えて、PIGSと称されるポルトガル、イタリア、スペインのEU加盟国の中で財政赤字が比較的大きい国々も国際金融市場から不安視されている。そのような国々に足を引っ張られるかたちで、EU加盟国全体の経済に対する不案が国際金融市場には存在する。このような状況下において、圏外の資金が安定的にユーロ圏に流入するとは考えがたく、従って積極的にユーロを買うといった動きは総じて国際金融市場にはない。

米国経済の問題

 9.11後の対テロ対策によって膨大な軍事支出を国債の発行によって賄ってきた米国の財政赤字は、もはや法定水準の上限に達した。そして、その上限を緩和しなければ、米国政府は債務不履行に陥るといった状況であった。そのような事態を受けて、米国債の投資格付けを引き下げるということも市場では噂されている(8月上旬執筆時点)。さらには、米国の失業率は依然として高止まりの水準にあり、これは米国経済の不況が依然として深刻であることを意味する。このような状況下において、米国が金融緩和を継続するとの見方が支配的となり、さらには新規国債の発行(新たな政府の借金)も難しいといったことが米国債の需給をひっ迫させ、一部短期国債では米国債の流通利回りが日本のそれを下回るといった日米金利差の逆転が生じた。このような米国経済の現状を考えると、より高金利を求めて米国に資金が流入するといった流れは弱いと考えられる。

消去法としての円買い

 以上に説明したユーロ圏、米国経済の経済状況からこれら経済圏への国際資本流入が積極的になるとは考えられず、そのような期待に基づいてインターバンク市場では、ユーロ、ドルとも積極的に買われるといったことはない。その流れを受けて、3番目の通貨である日本円が消去法的に買われていると考えられる。この消極的な円買いは、たとえば資源国通貨であるオーストラリア・ドルとの為替相場を見れば明らかである。2009年時点で対オーストラリア・ドルの円相場は50円台であったが、現段階では90円近くの水準である。つまりは、円はユーロ、ドルといった通貨に対しては相対的に円高であるが、これは国際的に市場規模の大きいユーロ、ドル、円市場に限定してのことであり、円の絶対的な増価ではない。言い換えれば、市場規模の大きい通貨に限定して選択するならば円といった、消極的な評価に基づく円高であるといえる。このような状況であるから、米国、EU諸国の各政策当局が市場の信頼を得られるような新たな財政赤字削減策を提示できれば、米ドル、ユーロが買われ円相場が急激な円安方向へ反転することも近い将来十分にあり得る。

円の将来

 以上に述べたように、現段階の円高は消極的な評価に基づくものであって、決して日本の経済力を反映したものでない。確かに、財政赤字補てんの大部分を外国部門に頼るギリシャとは異なり、日本では国債の90パーセント超が国内で保有され、政府部門の赤字は国内の民間部門の資金余剰で補てんされている。そればかりか、日本経済のマクロ・バランスでみれば民間の資金余剰は政府の資金不足に加え米国をはじめとする海外の資金不足をも補てんしている。つまりは、国際的にみても日本の民間部門の資金余剰の膨大さは群を抜いており、それが円に対する当面の安心感となっている。しかしながら、その資金余剰は過去の経済発展段階において蓄積されたものあって、少子高齢化、経済発展停滞の現実を考えると、その余剰が大きく減少し、財政赤字の補てんを海外資金に依存せざるを得なくなることも将来的に否定できない。したがって、そのような事態が国際的な不安を助長し円の暴落となる前に、財政再建が早急に求められる。そのためには、増税という選択肢が必要となろう。また、増税によって財政赤字を削減すると同時に、その税収の一部を再生可能エネルギー分野をはじめとする新規成長産業に重点的に配分し、新たな持続発展可能な経済成長を目指すことこそが、真の意味で円の価値を高めよう。日本の技術力をもってすれば、そのような地球にやさしい分野での持続的発展は十分に可能であると信じたく、また是非とも信じるべきではなかろうか。

北村 能寛(きたむら・よしひろ)/早稲田大学社会科学総合学術院准教授

早稲田大学社会科学部卒業、博士(経済学、早稲田大) 富山大学経済学部准教授等を経て2011年4月より現職

直近の論文" The impact of order flow on the foreign exchange market: A copula approach "(2011) Asia-Pacific Financial Markets. Volume 18, Number 1, 1-31.