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宮島 英昭(みやじま・ひであき)早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

日本の企業統治はどこに向かうのか
―「ハイブリッド化」の洗練が鍵―

宮島 英昭/早稲田大学商学学術院教授

 日本企業は、岐路を迎えている。かつて日本企業の企業統治は、メインバンク制、株式相互持合い、インサイダー(内部昇進者)からなる取締役会、従業員重視の経営によって特徴付けられていた。企業経営者は、従業員代表の側面が強く、企業経営に対する株式市場からの圧力は、企業間の株式相互持合いによって遮断された。そうすると、経営者が内部者の利害に沿った行動をとる(例えば、従業員にポストを提供するための過大な投資)恐れが生ずるが、これは、メインバンクの監視によってチェックされた。こうした日本の企業統治は、いまから20年ほど前まで支配的であり、当時の経済環境にフィットしていた。

 しかし、こうした仕組みは、バブル経済が崩壊し、さらに銀行危機の発生した1997年から機能不全に陥り、急速に変容した。業績が悪化したとき、顧客企業を救済することが期待されたメインバンクは、それ自身が財務危機に直面した。外国人投資家の保有比率は急速に増加し、現在、東証上場企業の発行株のうち25%が海外機関投資家によって保有されている。しかも、取引に占めるウエイトで見ると、その存在感はさらに大きく、現在東証の売買高の60-70%が外国人投資家によるといわれる。他方、日本企業の所有構造を特徴づけた株式持合いは、企業・銀行間の相互保有を中心に急速に解体した。経営者を監視する取締役会の仕組みや、経営者にインセンティブを与える報酬制度の改革も活発な議論の対象となり、従業員主権の傾向の強い経営に対して、株主主権の強化の必要が提唱された。

 では、日本の企業統治の特徴はどの程度変化したのか、現在、日本の企業統治はどのような特徴を備えているのか、今後、いかなる方向に向かい、また、どのような方向に改革することが望ましいのか。

 筆者は、早稲田大学グローバルCOE「成熟市民型企業法制の創造」プログラムの研究の一環として、あるいは、(独)経済産業研究所(RIETI)のコーポレート・ガバナンス研究会の活動を通じて、こうした問題に正面から取り組んできた。その成果は、これまでCorporate Governance in Japan, (Oxford University Press、 2007)や、『企業統治分析のフロンティア』(日本評論社、2008年)として公刊され、また、先ごろ、近年の研究成果を『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』(東洋経済新報社、2011年)にとりまとめた。銀行危機からリーマンショックを経て、現在にいたる日本の企業統治の進化を包括的に追跡した私たちの分析が提示する見方は概ね次の通りである。

 現代の日本の企業統治が、アメリカ的な市場モデルの方向に単線的に収斂しているのでもなく、また、従来型の仕組みが単純に維持されているわけではない。むしろ日本型の関係ベースの仕組みと、米国型の市場ベースの仕組みの結合するバイブリッド型が次第に支配的となっている。また、日本企業のなかで、こうしたハイブリッド型への進化を示した企業のパフォーマンスは有意に高い。しかし、異なった2つのモードの間のコンフリクトが避けられないため、この制度変化(ハイブリッド化)は新たなコストを伴う。そこで、今後はこのハイブリッド型の仕組みを洗練させていくことが企業戦略、政策面の重要な課題となる。

 私たちは、企業統治を考える場合、たんに銀行や株式市場との関係、取締役改革の変化を追究するだけでなく、企業統治と組織アーキテクチャとの関係、さらに企業統治と企業行動・パフォーマンスの関係について包括的な分析が必要と考えている。そして、そうした視角から、企業統治が、R&D投資、財務選択、配当・雇用政策に与えた影響を分析してきた。例えば、新たなメインバンク関係の可能性、持合いの復活の実態と外国人投資家増加の機能、バイアウトファンドの経済的役割、企業統治と雇用システムの選択との関係、事業組織のガバナンスの実態とその問題点、上場子会社の経済的機能の分析、が主要な論点である。さらに、近年は、可能な限り世界金融危機の企業システムへ与える影響についても検討を進めている。世界金融危機の進展とともに、1980年以来の金融自由化、グローバル化の進展に対して、やや感情的に「行き過ぎた市場化」との批判が強まっているが、われわれの分析を通じて、「市場化」の影響に関する冷静な分析を提供することができればと願っている。

 私たちの研究グループは、経済学、経営学、金融論、会社法の分野で企業統治に関心を寄せる気鋭の研究者からなり、いずれも独自のデータセットの構築や最新の計量モデルによって分析を続けている。そのため、先に紹介した『日本の企業統治』も決して読みやすい本ではない。しかし、その実証結果には、「目から鱗が落ちるような」意外な事実や、逆に、これまで「恐らくそうだろうな」と思われていた見方に確固とした実証的な根拠が与えられている。例えば、それは次のような点である。

・統合により成立したメガバンクの銀行の顧客のモニターの実効性は、協調融資に参加する地方銀行の資金引き揚げの可能性が支えていること

・しばしば株式市場の圧力が企業経営を過度に短期化すると指摘されるが、そうした証拠は確認できないこと

・海外機関投資家の株式保有比率の多寡と、企業パフォーマンスの間には確かに双方向の相関のあること

・外部取締役は、導入する必要のある企業ではむしろ回避され、導入に十分な理由のない企業でむしろ導入される傾向が強いこと

・現在日本企業は、個々の事業組織(事業部・社内カンパニー・子会社)への権限移譲を進めているが、特に子会社への権限移譲ではそれに対応したモニターの整備が不十分であり、モラルハザードのおそれのあること

・上場子会社はしばしば少数株主の利害を毀損すると批判されるが、そのパフォーマンスは決して低くなく、「収奪」が発生している証拠は乏しいこと

など、興味深い発見が満載と思う。

 私たちの研究成果が、たんに企業金融や企業行動の分析を専門とする経済学の研究者ばかりでなく、日本の企業統治の実態と改革に関心を持つ経営・法律分野の研究者・実務家、さらに、広く今後の日本企業の改革の方向を模索されているビジネスマンの方々にも、裨益するところ大であればと期待している。

関連URL

・グローバルCOE(Global Center of Excellence)
http://www.jsps.go.jp/j-globalcoe/

・「成熟市民型企業法制の創造」プログラム
http://www.globalcoe-waseda-law-commerce.org/

・経済産業研究所
http://www.rieti.go.jp/jp/

・宮島研究室
http://www.waseda.jp/sem-miyajima/

宮島 英昭(みやじま・ひであき)/早稲田大学商学学術院教授

立教大学経済学部卒業、同大学大学院修士課程修了、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得修了、早稲田大学商学博士。東京大学社会科学研究所助手、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員などを経て現職。RIETIファカルティフェロー、早稲田大学高等研究所所長を務める。
研究テーマは日本経済論、日本経済史、企業統治、コーポレートガバナンス。
主な著作:『日本の企業統治 その再設計と競争力回復に向けて』(東洋経済新報社、2011年)、『現代日本経済 第3版 戦後復興から金融危機後まで』(有斐閣アルマ、共著、2011年)、『企業統治分析のフロンティア』(編著、日本評論社、2008年)、『日本のM&A:企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト』(編著、東洋経済新報社、2007年)、『産業政策と企業統治の経済史:日本経済発展のミクロ分析』(有斐閣、2004年)、『現代日本経済 新版』(共著、有斐閣、2006年)、Corporate Governance in Japan,(共編著、 Oxford University Press、2007年)。他著書論文多数。