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▼東日本大震災特集

難波 美帆(なんば・みほ)早稲田大学政治経済学術院准教授(ジャーナリズムコース) 略歴はこちらから

科学技術、必要な情報は届いていますか?
-震災時のサイエンス・メディア・センターの活動を例として-

難波 美帆/早稲田大学政治経済学術院准教授(ジャーナリズムコース)

頼りはインターネット、ツイッターだった

 2011年3月11日、東京都新宿区にある早稲田大学構内でも、研究室のある階によっては立っていられないほどの揺れを経験し、我々サイエンス・メディア・センター(SMC)のスタッフも屋外に避難した。持って出たパソコンで見るtwitter上には、日本各地からの書き込みが続々と流れ、家族・知人・友人の安否確認が始まっていた。

 自分の過去の書き込みがtwilogというサービスで確認できる。

 私自身は、14時48分「地震だ。長い。先日より、大きい。だんだん大きくなる」の書き込みをしてから、大学の周辺の状況、ワンセグ放送で見た津波被害の状況を散発的に書き込んでいる。16時16分、NHKの画面をインターネット放送で中継している人がいるのを見つけて、そのURLを書き込む。17時には、地震・災害の専門家に向けて、サイエンス・メディア・センターに情報提供を呼びかけた。このころ固定電話・携帯電話・携帯メールは繋がらず、千葉県にいる小学生の息子の安否は確認できなかった。その夜帰宅できそうにないことも、伝えられなかった。テレビが受信できない大学のオフィスで、11日、全ての情報はインターネットから得た。

「ナイスステップな研究者賞」を受賞

 早稲田大学の研究者が中心となって運営するサイエンス・メディア・センター(科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)からの委託研究)は、2011年末、東日本大震災で原子力発電所の事故や放射線被曝についての情報提供を精力的に行ったとして、科学技術制作研究所(NISTEP)から「ナイスステップな研究者」に選定していただいた。

 2010年10月に発足したばかりの我々小さな組織が、何をどのように社会に向けて発信していったのか、我々は何を目指しているのかを、本稿でご紹介したい。

 

 地震発生当日、SMCのスタッフも帰宅難民となるなか、私自身は、翌日札幌でイベントを主催していたため、なんとしても帰宅しようと考えていた。夜半に都営新宿線が運転再開したことを、これもtwitterの情報で知ると、帰宅を試みた。

 一方11日にはいったん帰宅したSMCスタッフは、翌12日、13日は土日で大学や研究機関とは連絡がつかなかったが、休みもとらずに情報収集を続けていた。当時、メディア関係者の間でこんな愚痴がこぼされていた。「一流の研究者は官邸に、二流の研究者はテレビ局に缶詰にされ、今連絡がつく研究者は三流とOB」。これはくだらない冗談だが、実際、我々のような弱小組織に限らず、大手メディアでもコメントをとれる専門家を見つけるのに苦慮していた。週が明けても停電や交通機関の混乱が続いており、地震や環境汚染について有用な論文をみつけても、著者の研究者となかなか連絡がつかなかった。

SMCがしたこと

 そんな中で我々がまず配信した情報は、「東北地方太平洋沖地震の関連情報:有用リンク」だった。SMCスタッフ以外にも科学技術社会論など関連分野の有志の研究者が、Webやツイッターに書き込まれる情報から、人々が今なにを一番知りたいかを分析し、情報提供している公的な機関のサイトのリンクをまとめた情報だ。13日には、東大の早野龍五教授がツイッターを使って先導した議論の結果や、リンクから知り得た情報を「原発に関するQ&Aまとめ」として記事にし、公開した。記事は、東大大学院原子力国際専攻の有志学生や、多くの匿名の専門家たちの協力を得て、3月16日まで逐次改訂・更新を続けた。

 この間福島第一原発では、12日1号機が水素爆発、14日に3号機が水素爆発と次々と原子炉が損傷していた。東京電力が行う記者会見には、テレビ局だけでなくニコニコ動画などインターネット放送やフリージャーナリストが参加し、我々一般市民も記者会見の全貌をみることができた。そこでは、ジャーナリストが、質問もせずにいきなり東電の社員を糾弾したり、自らの信じる正義感を振りかざしたりして、我々が今知りたいことを冷静に質問できない姿も見受けられた。

 我々が最初に専門家からコメントをいただけたのは、早稲田大学の原子炉工学の専門家、岡芳明教授だった。3月15日、海外出張の合間を縫って、その時点で考えられる範囲で事故の状況と今後の対応について答えてくださった。16日には、「全国の公的機関における放射線モニタリング情報リンク」を掲載。このころには、我々は放射性物質が同心円状ではなく「プルーム」と呼ばれる塊になって風に乗って運ばれるという情報を解説できる専門家を捜していた。「放射性汚染物質の空気中の広がりについて」は、国立環境研究所の大原利眞先生からコメントをいただき、大手メディアに先駆け、3月18日に掲載している。

 放射性被ばくの健康への影響については、18日、慶応大学講師近藤誠氏、22日には東京と福島をヘリコプターで行き来して対応を協議していた山下俊一長崎大学教授(当時)からコメントをいただいた。

 また、海外4カ国のSMCと連携がある強みも生かせた。事故や放射性物質の拡散について海外のSMCが収集した専門家のコメントも入手後速やかに公開している。同時に、英語での情報発信が少ない日本から、ほぼ全ての震災関連の専門家コメントを英訳し海外のSMCを使って配信した。東日本大震災後、世界中でSMCの配信したコメントを利用した記事数は震災から3ヵ月までだけで3959件に上る(オーストラリアSMC調べ)。

SMCが発信したいこと

 人々はいったい何を知りたくて、それに答える科学情報をどう発信すればいいのか。SMCはそのことを探るために始まった研究プロジェクトである。SMCが発信するサイエンス・アラートはニュースのヘッドラインに来るような科学技術の問題について、専門家の知見を、偏らない観点から伝えることを目指している。プロジェクトが発足して以来、我々はスタッフで議論を重ねると同時に外部の多くの研究者とコミュニケーションをとってきた。震災以降、この人脈のおかげで多くの専門家からの情報提供やアドバイスをいただき、我々は市民が科学技術について考えるために助けになる情報を発信することができた。例えば、3月16日にはまた、金沢大学の研究者の協力を得て「社会的弱者に対する被災支援情報リンク」を掲載している。

 「低線量被曝について」「今後のエネルギー政策の方向性について」「植物による除染(ファイトレメディエーション)について」「ICRPとECRRそれぞれの勧告について」など、見解が分かれる科学技術の問題について、専門家のコメントを紹介してきた。これらについて、政府の発表やメディアの関心も偏ったものにならないとは言えない。技術には完全はなく、科学には「はっきりとはわからない」部分があることを、我々日本人は今痛感している。これに対して、どのようにリスクをとらえ、科学技術を利用していくのかは、我々一人一人の問題である。サイエンス・メディア・センターでは、今後も多くの方々の支援をえつつ、皆さんが考えるための科学技術の情報を発信していきたいと考えている。

関連URL

一般財団法人サイエンス・メディア・センター http://smc-japan.org/

「ナイスステップな研究者」の選定について http://www.waseda.jp/jp/news11/111227_nistep.html

難波 美帆(なんば・みほ)/早稲田大学政治経済学術院准教授(ジャーナリズムコース)

東京大学農学部卒、北海道大学大学院理学院修士課程修了。講談社文芸局を経て、フリーランスの編集・記者。2005年から北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授。2010年から現職で、科学コミュニケーション、ジャーナリズムの教育にあたりながら、一般社団法人サイエンス・メディア・センターの設立・運営に携わる。