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▼東日本大震災特集

岩崎 香(いわさき・かおり)早稲田大学人間科学学術院准教授 略歴はこちらから

東日本大震災と障害者

岩崎 香/早稲田大学人間科学学術院准教授

孤立した障害者

 今回の地震、津波により、多くの障害者が亡くなった。高齢者、子どもと並んで、障害者も「災害弱者」と言わるが、実際に、押し寄せてくる津波に関して、聴覚、知的、精神障害者等は情報のキャッチが遅れ、視覚障害者や寝たきりの身体障害者は情報が届いても自力で避難することは困難であった。非常時においては誰もが大変な状況に置かれており、自分で自分をまもることが難しい障害者が孤立してしまった結果であった。

被災した障害者の困難

 難を逃れ、たどり着いた避難所でも、車椅子での移動の困難、医療用具、薬や介護用品の不足、コミュニケ―ションのとりづらさなどから、障害者は多くの不自由を抱えることとなる。ライフラインが寸断され、電気の供給がストップすると、人口呼吸器、吸引器等の医療器具を日常的に利用している人、人工透析治療を行っている人たちの命が脅かされる。難病や内部疾患、精神障害等、治療や投薬を必要とする人たちの心身の状態も不安定となり、身体障害者の人で、電動車椅子を使用している人の移動も難しくなる。初期の段階では、在宅医療物資、ベッドもオムツなど生活を維持するために必要な用具や物資の不足も深刻であった。

 また、マスメディアからの情報が入りづらくなり、被災された人たちよりもテレビの前にいる私たちの方が情報を多く持っているという矛盾した状況が生まれた。コミュニケーションが難しい人たちは、多くの被災者がひしめく避難所の中でも孤立してしまう。移動の問題からトイレに行くことがままならなかったり、見た目には障害があると判断されない内部、聴覚、言語、精神等の障害を持っている人たちの中には、見知った人がいない環境では、自分が困っていることをなかなか言い出せない人たちも多い。環境の変化によって、精神面で病状が悪化する人や、自閉的な傾向のある人などではパニックに陥ることもある。健康な人たちでも強いストレスを感じるのであるから、障害をもつ人たちやその家族の不安や葛藤はいかばかりだったであろうか。

届かない支援

 私たち福祉専門職は日常の支援の中で、障害当事者の意思を引き出しながら、今ある環境をうまく活用することで、サービスのネットワークを構築している。人と環境の接点に介入して、その相互作用を活用するのが社会福祉の援助の特徴である。しかし、今回のような広域にわたる災害は、支援者をものみこみ、その人の生活を支えていたネットワークを崩壊させたのである。

 災害直後から、公民とりまぜて実にさまざまな支援組織が現地に入り、支援を開始した。しかし、物資などの形あるものは被災地に届いても、形のない支援は被災者にうまく届かない面があった。私たちが通常行っている生活支援は、その人の暮らす地域や近隣の状況を十分に把握し、置かれている状況の中で最善を尽くすことである。しかし、支援していた自治体の機能が損なわれ、携わっていた支援者との関係も寸断された現地で、その土地に馴染みのない福祉専門職が機能を十分に発揮できるかというと、限界もある。自らも被災しながら立ち働く現地の人たちに道案内をしてもらいながら、巡回する先で訴えてくる人たちの話に耳を傾けることと、そうした現地の支援者が疲弊しないように側面的にサポートすることが福祉専門職の主な役割であった。

東日本大震災から何を得るのか

 内閣府で開催されている「障がい者制度改革推進会議」でも、震災に関する対応が取り上げられた。現在進められている改革では、障害のある人の人権尊重、他の人との平等を基礎に置き、2006年に国連で採択された「障害者の権利条約」の日本での批准をにらんだ議論が展開されている。権利条約の第2条には「合理的配慮義務」が示されており、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」(政府仮訳)と説明されている。今回の震災は、災害という非常時において、「平等」とは何かということを私たちに投げかけた。障害を持つ人たちには、被災者に共通して必要な支援と、障害があるために必要となる支援の両方が必要であり、本来は権利として保障されるべきものである。しかし、緊急時においては、被災者に共通して必要な支援が優先され、「他の人に過重な負担をかけることなる」ことを懸念して、当事者が自己主張しない例も多く見受けられた。現在、障害者福祉計画が見直されている自治体も多いが、防災に関する取り組みを再検討する際に、この教訓を活かしてどこまで想定して何を準備しておくのかということが問われている。

新たな支援の創出への期待

 1923(大正12)年の関東大震災でも、国内外から多くの義捐金が集まった。その一部が震災によって障害を負った人たちのリハビリテーションに充てられたのが、福祉領域における職業リハビリテーションの先駆けとされている。現在、東日本大震災に関する急性期の支援はほぼ終息し、何年にも、あるいは何十年にも及ぶ中長期的な支援へと移行しようとしている。そうした取り組みの中から、また、災害支援に留まらない新たな支援策が生み出されることが期待される。

岩崎 香(いわさき・かおり)/早稲田大学人間科学学術院准教授

学歴
都留文科大学文学部、佛教大学社会学部卒業。大正大学大学大学院博士後期課程修了。人間学博士・社会福祉士・精神保健福祉士。博士(人間学)大正大学

職歴
所沢武蔵野クリニック、財団法人精神医学医学研究所付属東京武蔵野病院にソーシャルワーカーとして勤務。順天堂大学スポーツ健康科学部専任、准教授を経て現職

http://human-waseda.jp/faculty/149_iwasaki.html