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田辺 新一(たなべ・しんいち)早稲田大学理工学術院・建築学科教授 略歴はこちらから

節電猛暑-家庭・オフィスをどう乗り切るか?

田辺 新一/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

 今年の夏は暑くなりそうである。昨年のような猛暑を予測している訳ではない。節電でオフィスや住宅の室温が高くなるという意味である。まさに、節電猛暑だ。政府は、大口需要家、小口需要家、家庭に15%の節電を求めている。早稲田大学は大口需要家に相当するため、電気事業法第27条により7月1日から9月22日まで土、日、祝日を除く9時から20時の間、昨年の最大電力値から15%の削減が義務となっている。講義も汗だく気味だが、全学的に節電対策に取り組んでいる。

東日本大震災による節電

 3月11日に発生した東日本大震災。これまでの地震では建築物の倒壊が大きな問題になったが、新耐震基準を満たした建築物の被害は驚くほど少なかった。この点では建物や住宅の耐震対策は高く評価されても良い。その一方、津波による被害は甚大であった。特に福島第一原子力発電所の事故は震災復興に大きな影を落としている。放射能汚染問題も深刻である。

 安定していた電力供給に支えられていた生活やビジネスに大きな影響が生じている。原子力発電所には13ヶ月毎の定期点検が義務づけられている。再稼働に対する地元自治体の了解が得られなければ、いずれ全国54基が全て停止してしまう。節電はこの夏だけの問題ではなく、来年以降も生じる可能性がある。

電力ピークは本当にピークなのか?

 節電はピーク対策といわれるが、現在の電力需要にはピークというような切り立った山は無い。図は東京電力管内の昨年の夏季最大ピーク日の電力使用量の推計を政府が行ったものだ。9~20時の間だらだらと山が続く。昨年は7月23日に約6000万kWを記録している。その内訳は、産業用1700万kW、オフィスビル、学校などの業務用2500万kW、家庭用1800万kWである。昼食後の数時間我慢すれば良いという訳ではない。深夜になれば一段落するが、その前の油断は禁物である。だから節電が大変なのだ。

平成23年5月13日 経済産業省資源エネルギー庁「夏季最大電力使用日の需要構造推計(東京電力管内)から引用」

節電のためにこの夏何が出来るか

 典型的なオフィスビルではピーク時の電力消費は、空調用電力が約48%、照明約24%、パソコン、コピー機などのOA機器が約16%を占める。節電のためには、冷房設定温度を上げることを思いつくが、26℃から28℃にしても実は4%の節電効果しかない。その前に行う必要があることがある。それは、照明、OA機器などの消費電力を押さえることだ。機器そのものが使用する電力を低減できるとともに、機器からの発熱を処理する冷房の電力も削減できる。執務空間の照明を半減させれば13%の節電ができる。設定温度を高くしても、ひとりひとりが20~30Wの扇風機を使用したのでは逆に増エネになる。

 一方、住宅では外気温と日射の影響が大きい。まず、すだれやよしずで日中の日差しを部屋に入れないことが効果的だ。ピーク時の消費電力のうち、エアコンが約53%、冷蔵庫が約23%である。エアコンの設定温度プラス2℃で10%節電出来る。もちろん、照明、家電製品の消費電力を押さえることも効果がある。

知識産業の効率を落とさないこと

 頑張っている節電であるが、何か矛盾を感じてはいないだろうか。今年の夏は致し方ないかも知れない。しかし、今後もこのような状態が続けば明らかに東京のオフィスや学校での知的生産性は低下する。住宅で安眠出来ないことで昼間の仕事の能率も下がる。通勤電車の本数は削減され通勤に今までより時間がかかる。エレベーターの待ち時間が増える。暗いオフィスで目が疲れる。学生が授業中に集中できない。このような状態が長続きするだろうか。

 著者らはコールセンターの約100名のオペレーターが取り扱った年間累計13,169 人分のコールデータを対象として分析を行ったことがある。室温が26℃から28℃に2℃上昇すると、時間当たりの平均応答件数は約4%低下した。電力削減は出来るが、働けなくなるのだ。

 節電で半導体工場などの生産性低下は良く話題になるが、人間の知的生産性の低下は語られることが少ない。東京の最も重要な産業は知識産業である。オフィスや事業所において知識創造や知的活動をすることで経済価値が生まれている。放射能の影響もあるとは思うが、震災後多くの外国人が出国して、再入国していない。また、高額所得者である外国人金融関係者が香港やシンガポールに居を移しているそうだ。我慢だけでは長続きしない。

中長期的に必要とされること

 原子力、自然エネルギーのどちらを選択するのかが盛んに議論されているが、供給側の議論だけでは不十分である。これからは、需要側の視点からも考えることが求められている。超省エネを進めてゼロ・エネルギービル(ZEB)、ハウス(ZEH)が実現すれば供給側の理論に振り回されることはなくなる。スマートメータ、スマートグリッドも節電で学んだ日本の省エネ、創エネ技術と合体することで新しい産業となる可能性がある。ZEB/ZEHに関しては技術だけではなく政策的な面でも欧州が一歩リードしているが、欧米だけが進んでいる訳ではない。韓国政府は日本に先んじて施策を決めてしまった。サムソンは2010年にソウル近郊にZEHモデル住宅を建設し、韓国製品の丸ごと輸出を考えている。マレーシア、シンガポールでも超省エネビルが建設されている。省エネ国家だと安心していた間に日本は取り残された感がある。

 どのようにすればエネルギー消費を抑えながら国の生産性を向上できるか。そのビジョンを持つことが日本には必要ではないかと思っている。

田辺 新一(たなべ・しんいち)/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

1982年早稲田大学理工学部建築学科卒業
1987年同大学院博士後期課程修了・工学博士
デンマーク工科大学暖房空調研究所、早稲田大学助手、お茶の水女子大学専任講師、助教授 等を経て、1999年早稲田大学助教授、2001年教授、現在に至る。デンマーク工科大学客員教授、大連理工科大学・客員教授

主な受賞歴に1995年空気調和・衛生工学会賞、2002年日本建築学会賞(論文)、アメリカ暖房冷凍空調学会(ASHRAE)フェロー

主な著書・監修に『室内化学汚染(講談社現代新書)』、『近未来住宅の技術がわかる本(PHP研究所)』、『感性情報処理(オーム社)』、『オフィシング環境考(リブロポート)』、『21世紀型住宅のすがた(東洋経済新報社)』 など