早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 東日本大震災特集

オピニオン

▼東日本大震災特集

柴田 重信(しばた・しげのぶ)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

サマータイムと体内時計
―節電の夏を乗り切るために

柴田 重信/早稲田大学理工学術院教授

はじめに

 東日本大震災に伴う電力不足により、節電が至上命令となっている。人間の社会活動に比例して電力消費は増大し、特に問題なのは、1日の中で電力消費の最大値と最小値の幅が大きく変動することである(図1Aの実線)。人の生体に備わった体内時計の働きで社会活動をおこなうことが、電力消費の日内リズムを作っている。夏場に時計の針を1時間進めるサマータイム制の導入により、電力消費の軽減に取り組む動きがあるが、サマータイム制は、本当に節電に有効なのか、あるいは体内時計に負荷をかける可能性はないのか、と言った点について考える。

約1日のリズムを支配するサーカディアンリズム(概日リズム)

 サーカディアンリズムは「概日リズム」と呼ばれ、約1日を周期とするリズムで、体温・血圧リズム、睡眠・覚醒リズムなどである。時計遺伝子などの働きがよくわかっているのはこのリズムであるので、体内時計といった場合には、このリズムを動かす時計のことを指している。サーカディアンリズムを司る体内時計は、人の場合約24.5時間周期であり、24時間ピッタリでないのは日長時間の変化(季節変動)に対応するためである。地球の自転周期の24時間より0.5時間長いので、朝日で体内時計の針を毎日0.5時間進めていることになる。サーカディアンリズムを同調させ、日内リズムを刻ませる繰り返しの刺激を同調因子と呼び、明暗サイクル、食事サイクル、温度サイクルなどが重要な因子として知られている。

光同調と体内時計

 起床時刻あたりの朝の光が人の体内時計の前進には重要であること、またコンビニエンスストアなどで夜間に強い光を浴びると体内時計を遅くする要因になることがわかった。金、土、日と週末に夜間に強い光を浴びかつ朝の体内時計前進時刻を過ぎても寝ていると、日ごとに体内時計は遅れ、休日明けの月曜日に通常時刻に起こされると、いわゆるブルーマンデー症状を呈する。一般的に光の体内時計同調作用は光の照射時間と強度の積に比例する。

体内時計は全身にある

 時計遺伝子は主時計のある視交叉上核に多く発現してサーカディアンリズムを示すことは容易に想像できるのであるが、調べてみると、大脳皮質や海馬などの脳や心臓、肺、肝臓、腎臓、皮膚などでリズムを刻んでいた。図1Aの波線では時計遺伝子Per2の日内リズムを示す。オーケストラに例えられる階層システムで、視交叉上核が指揮者で(主時計)、大脳皮質や海馬などの脳(脳時計)や肝臓、心臓などの末梢臓器(末梢時計)にある時計がそれぞれの楽器のパートであり、演奏するタイミングを視交叉上核が指示しており、これでハーモニーが取れたオーケストラになっている。

食餌同調と体内時計

 最近の研究では、規則正しい食習慣が体内時計の位相リセットには重要であることが分かってきた。肝臓のリズムは絶食を長く取った後の食事(これをbreakfastと呼ぶ)に同調されやすく、朝食の内容としては消化しやすいでん粉質が良いことも分かった。食餌性同調は、視交叉上核以外の脳の時計や、末梢時計で起こるので、時差ボケ等のリズム異常の改善にも役立つ手法である。

サマータイム制と時差出勤

 「サマータイム」とは夏の間、太陽の出ている時間帯を有効に利用する目的で、現行の時刻に1時間を加えたタイムゾーンを採用する制度、又はその加えられた時刻のことで、明るいうちに仕事をし、夜の余暇時間を延長するというものである。緯度が高く夏の日照時間が長い欧米諸国では一般化している。一方で、似たようなアイデアで、夏の間、朝を有効に使うために「時差勤務」というものがある。この両者の違いを説明しよう。9時が始業時間である会社で、始業時間を8時からにする場合は時差勤務である。一方で、サマータイム制を導入しても始業時間は9時のままであるが、導入前の8時に出社するのが、サマータイム制である。どちらの制度でも9時に出社していたものが8時に出社となり、少なくとも朝1時間は早く起きないといけない。

 したがって、ある会社が今年の夏は節電のためサマータイムを導入したと言う表現は、間違いであり、正しくは「時差出勤」を導入したと言うべきである。いわゆる早出や遅出は工場勤務では普通におこなわれており、これを事務系のオフィス業務に導入し、「自社内サマータイム」をおこなうのである。

 では、政府はなぜサマータイム制を導入し、朝時刻の有効活用をしないのであるか、サマータイムを導入しても電力量消費の抑制に繋がらないからである。逆に夕方の時間が長くなることから余暇活用のために電力を消費する可能性がある。今回問題になっているのは、昼間の最大使用量を如何に低下させるかということである。したがって、図1Bに示すように、サマータイムを導入すると、電力消費のピーク時間が早まるだけで、場合によっては山が長引く恐れさえある。

時差出勤とシフトワーク

 ところで、シフトワークという勤務形態がある。すなわち日勤、準夜勤、夜勤勤務を繰り返す勤務形態である。個人の活動のピーク時間がずれていくために、1週間単位で見れば、突出しない形の電力消費である。「早出、遅出、夜勤」と「日勤、準夜勤、夜勤」との違いは何であろうか。前者は、固定されたリズムであるが、後者は位相がどんどんずれるリズムである。

 シフトワークは体内時計に異常を来し、肥満・糖尿病のリスクが高くなり、発癌や、癌の増殖が起こりやすくなる。特に、乳癌、前立腺癌、大腸癌などのリスクが指摘されている。さらに不眠症やうつ病など精神疾患のリスクもある。したがって、シフトワークよりは夜勤勤務(リズム固定)の方が、体内時計に対する負荷は小さい。

体内時計の観点から電力消費のピーク時間を軽減する提言

 睡眠調査結果によると、人は朝型、中間型、夜型に大別される。そこで、朝型の人は生活リズムを1-2時間前倒しで生活し(早出の生活)、中間型の人はそのまま生活し、夜型の人は生活リズムを1-2時間遅く生活(遅出の生活)をし、ピークの平坦化を計る(図1C)。すなわち、決してサマータイムを導入し、社会全体を早出にしない。学校では小・中学校は、早出で、高校・大学は遅出、業態別で早出と遅出をおこなうと良い。

 

図1 電力消費の日内リズム(A、実線)と、時計遺伝子Per2の発現リズム(A、破線)。サマータイムでピーク位相が前進(B、破線)、早出と遅出によるピークの平坦化(C、破線)

柴田 重信(しばた・しげのぶ)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1976年、九州大学薬学部卒業。1981年、九州大学薬学研究科博士課程単位取得退学。九州大学薬学部助手、助教授(薬理学)などを経て、1995年に早稲田大学人間科学部助教授。1996年、同学部教授。2003年、早稲田大学理工学部、電気・情報生命工学科教授。2006年、早稲田大学先進理工学部 電気・情報生命工学科教授。2009年4月から東京農工大客員教授、2011年6月から東京女子医大客員教授。
1994年に日本薬学会学術奨励賞を受賞。2004年から日本時間生物学会理事、2001年から世界時間生物学連合、副議長。

【主な著書】

解説書
「時間栄養学から考える朝食の重要性」、乳酸菌ニュース、春号、2011年
「時間栄養学で食生活をチェンジ」すこやかファミリー、5月号、2011年
「朝の活用法」、日経ヘルスプルミエ、2011年、2月
ほか

著書・総説
柴田重信「体内時計と代謝」時間生物学、化学同人、2011
柴田重信「食品の体内時計に対する効果」、体内時計の科学と産業応用、CMC出版、2011
平尾彰子、柴田重信「体内時計が栄養・食物摂取に及ぼす効果」、体内時計の科学と産業応用、CMC出版、2011
ほか

研究室紹介:http://www.eb.waseda.ac.jp/top/applicants/laboratory/12shibata.html