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▼東日本大震災特集

濱田 政則(はまだ・まさのり)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

臨海コンビナートの危険性と耐震対策
―首都圏直下地震における防災の盲点

濱田 政則/早稲田大学理工学術院教授

埋立地に建設されたコンビナート

 3月11日に発生した東日本大震災では、東京湾および仙台港において大規模なコンビナート火災が発生した。現時点では出火の原因は明らかにされていないが、数分間も継続した地震の揺れの他に、仙台港では津波、東京湾では液状化等が影響しているのではないかと考えられる。仙台港では重油貯槽が破壊炎上し、溢出した重油が津波により河川を逆流して住宅地にまで押し寄せた。

 一方、東京湾岸の埋立地では広範囲にわたって液状化現象が発生し、多くの住宅、建物が沈下・傾斜するとともに、マンホールの浮上や埋設管路の破損などライフライン施設に被害が発生した。このため地震後長期間にわたって都市機能が失われた。激しい液状化現象が生じた一つの原因として地震の揺れの継続時間の長さが考えられる。

 わが国の大都市圏の湾岸部、東京湾、伊勢湾および大阪湾には広大な埋立地が造成されて来た。高度成長期にはこれらの埋立地は重工業や石油化学コンビナートが建設されて来ている。現在でも石油化学コンビナート地区には、石油製品や重油・原油などのタンクや製造施設が数多く存在している。

危惧される大型タンク火災と地盤液状化

 これらの湾岸埋立地のコンビナートで将来の地震に対して危惧されることは2つある。一つはいわゆる長周期地震動が原因となって発生する大型タンクの火災、および地盤の液状化である。さらに、液状化した地盤が水平方向に数mのオーダで変位するいわゆる流動化によりタンクと管路が破壊され、重油・原油など危険物と高圧ガス等が海域に大量流出することが考えられる。

 長周期地震動とは、周期が2秒から10秒位までのゆったりとした地震の揺れで、通常の低層の建物などには影響を与えないが、過去の大地震の度に重油や原油タンクの火災を引き起こして来た。記憶に新しいのは2003年十勝沖地震による苫小牧での2基のタンクの炎上である。火災を起こしたタンクは浮屋根式タンクと呼ばれているもので、内容液の上に落としぶたを覆せたような構造を有している。タンク内の内容液が長周期地震動によって大きな揺れを起し、浮屋根が液体の揺れにともなってはね上り、落下してタンク側板に衝突することにより火災が発生したとされている。

 東京湾沿岸の埋立地には現在600基余りの浮屋根式タンクが建設されており、稼働している。東海道から紀伊半島沖を震源とする東海地震と東南海地震が連続的に発生したという仮定で、東京湾の京葉地区、京浜地区での長周期地震動を予測し、これによって東京湾沿岸に立地しているタンクの内容液の振動を計算した。その結果、総数の約1割の60基のタンクから内容液がタンク外に溢出するという結果が得られた。これらの内容液のうちかなりの部分は海域に流出する可能性がある。

多くの埋立地が液状化対策が施されていない

 湾岸埋立地の耐震性でもう一つ危惧される問題は、今回の震災でも発生した地盤の液状化である。東京湾の埋立地の多くは昭和の初期から造成されたものが多い。液状化現象が工学的な観点よりはじめて認識されたのは昭和39年の新潟地震であり、液状化によって構造物が沈下・傾斜したり、マンホール等の地下構築物が浮上した。勿論、それ以前の地震でも度々液状化は発生していたのだが、液状化発生のメカニズムと構造物に及ぼす被害は知られていなかった。

 このため新潟地震以前に造成された東京湾、大阪湾および伊勢湾などの埋立地の護岸や地盤は多くの場合液状化対策が施されていない。液状化によって防油堤や護岸が破壊することも考えられ、タンクより溢出した内容物が海上に流出し、最悪の場合は海上火災が発生する可能性も否定できない。

首都圏の電力が危機的状況を迎える

 日本政府は川崎市沖の扇島地区に「基幹的防災拠点」を建設した。これは、首都圏の直下地震や南関東地震によって首都圏に大きな災害が発生した場合、他府県や外国からの救援物資と人員をこの拠点に海上輸送し、緊急対応や復旧・復興活動に活用しようとするものである。しかしながら、大量の重油や原油が海上に流出し、これらが風や潮流によって東京湾に拡散した場合、東京湾の海上輸送能力は長期的に大幅に低下する、場合によって東京湾の海上交通が完全にストップする事態も予想される。このような状況になった場合は「基幹的防災拠点」はほとんど役に立たないことになる。

 さらに、東京湾の湾岸には現在12箇所のLNG火力発電所が稼働中である。東日本大震災による原発事故を受けて、これらの火力発電所が電力供給の重要な役割を担っている。しかしながら東京湾が封鎖されるという事態になれば、発電所へのLNGの供給はストップする。原子力についで火力によるエネルギー供給も麻痺することになり、首都圏のエネルギー供給はまさに危機的状況を迎えることが予測される。

 以上述べたように、大都市圏の湾岸埋立地、特に海域の地震時の安全性の検討はほとんど行われていない。埋立地の液状化の可能性や湾岸の安全性の検討については自治体によっては取り組んでいる場合もあるが、埋立地の前面に広がる海域の安全性については国、自治体ともほとんど手をつけていない状況である。まさに防災対策の盲点、谷間になっている領域といえよう。

濱田 政則(はまだ・まさのり)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1962年4月 早稲田大学 理工学部 土木工学科入学
1966年3月 同 卒業
1966年4月 東京大学大学院 工学研究科 修士課程入学
1968年3月 同 修了
1968年4月 大成建設株式会社 入社
1980年4月 東京大学 工学博士
1983年4月 東海大学海洋学部海洋土木工学科 助教授
1987年4月 同上 教授
1994年4月~ 早稲田大学理工学部土木工学科 教授(2003年より学科名が社会環境工学科に変更)
2008年10月~ 中国西南交通大学 名誉教授

【専門分野】
地震防災工学、地盤工学

【地震防災に関わる委員会活動等】
1)内閣府中央防災会議「東海地震に関する専門調査会」委員(2000年9月~2002年1月)
2)国土交通省「建設技術研究開発助成制度評価委員会」委員長(2001年4月~2004年3月)
3)国土交通省「技術開発研究開発評価委員会」委員(2001年9月~2004年3月)
4)国土交通省「臨海部の被災影響度検討委員会」委員長(2007年10月~2009年3月)
5)内閣府中央防災会議「東海地震対策に関する専門調査会」委員(2002年4月~2003年3月)
6)内閣府中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」委員(2003年3月~2005年4月)
7)内閣府中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会」委員(2003年3月~2005年3月)
8)内閣府原子力安全委員会「原子炉安全専門審査会」委員(1993年~2009年1月)
9)文部科学省「技術・学術審議会研究計画・評価分科会」臨時委員(2009年5月~)
10)同分科会「防災分野の研究開発に関する委員会」委員長(2009年5月~)
11)防衛省「普天間飛行場代替施設建設事業資材調達検討委員会」委員長(2009年5月~)
12)国土交通省独立行政法人評価委員会委員(2009年5月~)
13)独立行政法人評価委員会水資源機構分科会合同会議委員長(2009年5月~)
14)日本学術会議課題別委員会「防災分野における国際協力のあり方」委員長(2010年6月~)

【学協会活動等】
1)日本地震工学会副会長(2002年6月~2004年5月)
2)(財)地震予知総合研究振興会評議委員(2001年4月~)
3)地域安全学会会長(1997年10月~1998年9月)
4)(社)土木学会理事(1998年5月~2000年4月)
5)(社)土木学会理事副会長(2002年5月~2004年6月)
6)日本学術会議会員(2005年10月~)
7)日本学術会議土木工学・建築学委員会委員長(2008年10月~)
8)(社)土木学会会長(2006年5月~2007年5月)
9)(財)鹿島学術振興財団評議員(2009年1月~)
10)(社)日本地震工学会会長(2009年5月~2010年5月)
11)(社)日本工学アカデミー理事(2010年5月~)

【賞罰】
1978年 土木学会論文奨励賞
1986年 土木学会論文賞
2003年 神奈川県知事賞
2003年 日本ガス協会論文賞
2004年 日本ガス協会論文賞
2005年 経済産業大臣賞
2009年 土木学会名誉会員
2010年 土木学会功績賞
2010年 防災担当大臣賞

【専門書等】
・濱田 政則 編著:「都市ライフラインハンドブック」丸善 2010年1月
・濱田 政則、大角 恒男、浜 康元 編著:「地盤・基礎構造物の耐震設計」(社)地盤工学会 2001年1月
・Masanori Hamada, Ryoji Isoyama and Kazue Wakamatsu:「The 1995 Hyogo-ken (Kobe) Earthquake,- Liquefaction, Ground Displacement and Soil Condition In Hanshin Area」Association for Development of Earthquake Prediction
・M.Hamada and T.D.O' Rourke:「Case Studies of Liquefaction and Lifeline Performance During Past Earthquakes, Volumes 1 and 2」National Center for Earthquake Engineering Research, USA, Vol.1 and 2 1992年
・濱田 政則、池田 尚治、後藤 洋三 編著:「動的解析と耐震設計-ライフライン施設-」技報堂出版, 1989年7月
・濱田 政則、伊藤 喜栄(共訳):「海洋構造物入門」技報堂出版 1983年
・濱田 政則、林 正(共著):「新体系土木工学 1数値計算法」技報堂出版 1983年9月