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▼東日本大震災特集

谷藤 悦史(たにふじ・えつし)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

組織乱立、菅政権に求める簡素化
―危機管理の政治をどう構想するか

谷藤 悦史/早稲田大学政治経済学術院教授

 3月11日の東日本大震災で、日本政治の前提が変わってしまった。危機管理の政治の重みを上げ、平時の政治の重みを下げなければならない。大震災と津波がもたらした被害と福島原子力発電の事故を前提にすると、危機管理の政治は、長期にわたって実践されることになる。

 民主主義は、人々の参加を前提に、協議を重ねて明日の政治を決定する。しかし、危機にあっては、時間を要する民主的手続きを許さないほどに、即自の政治決定と実施を要求する。政治が危機に対応し、明示的な成果を上げなければ、政治は正当性を失う。危機状況では、政治決定や実施を先行させ、後に、その決定や行為が正当であったかの検証作業を行い、責任を問うことになる。民主的手続きを経ないことではない。緊急対応や復興にも、多様な手段と方法があるから、多元的な議論はなされなければならないし広い合意も望ましい。しかし、人々の生命と安全を保障する最低限の条件を作り上げることに異存を差し挟む余地はないから、短時間であらゆる資源を投入して問題解決をはかることが不可欠である。

 その際に、政治指導のあり方が広く議論される。今般の震災でも、被災の翌日から地域の住民みずからが共同で炊き出しを行うなどの対応策を講じる「強靭な現場」の事例は枚挙に遑がない一方、変化する状況に右往左往し、適切な対応が講じられない「脆弱な中枢」の事例が繰り返されている。危機想定の錯綜、危機想定のための情報管理(収集、分析)の不徹底、戦略と投入されるべき戦略の不安定性、将来的な見通しの不確定性など、政権中枢の政治指導の貧困さが露呈している。

 現代政治が対応を要求される危機は、政治指導者単独の能力や資質では理解や解決できないほどに高度で複雑である。今回の危機は広範囲で、自然災害に大規模事故が重なり、危機の連鎖も生じている。この状況で、メディアが盛んに指摘する指導者の資質は、危機の政治を実践する必要な要素ではあるが、決定的な要素ではありえない。現代の危機は、一人の指導者の能力を超えた組織的な対応が求められる。要するに、わが国の「脆弱な中枢」の根本原因は、危機管理組織や体制の未熟性にある。

 危機管理組織は、アメリカの危機管理庁のような常設型と、危機発生に対応して平時の組織を危機管理に編成し直す臨時型があるが、いずれが望ましいかについては明確な結論は出ていない。いずれのタイプにせよ、簡素で効果的な組織形成と人員の配置が、政治指導に不可欠である。その際に、(1)達成目標と責任の明確化、(2)形成された組織の能力と資源の限界認知を前提にして、多様な資源を供給する外部組織との開放的な連携と利用、(3)現場との即自的で直接的な対応関係の構築、(4)指揮命令と作業との間に中間管理層を設置しない水平な組織形成、(5)組織目標の達成に必要な、高度な専門知識と技術の集積と利用、が肝要であるといわれる。その組織は、一定の時間で明示的な成果をもたらすことが要求される。危機管理体制の宿命である。それゆえ、作業チームはリーダーと数名のフォロワーからなり、リーダーは組織全体を統括する少数の政治指導者で統括され、少数の指導者だけが最終的な責任を担う体制が望ましい。

 菅政権の危機管理体制は、被災者生活支援特別対策本部と原子力災害対策本部からなる。前者には、松本防災相の下、片山、仙谷の副本部長が配置され、その下に、被災地復旧、廃棄物処理法問題、災害廃棄物処理円滑化、被災者等就労支援・雇用創出、被災者向け住宅供給などの副大臣会議が置かれる。後者は、細野、馬淵両首相補佐官が統括し、その下に原子力被災者生活支援チームが置かれる。さらに、東京電力との統合連絡本部、6人の内閣参与が関わる専門家チームが存在する。原子力事故については、原子力安全委員会、原子力安全・保安院も関与する。これに加えて、復興構想会議が作られた。

 組織の乱立である。作業チームに関わる人数が多く、不要な中間層の存在もある。結果的に、命令系統が錯綜し、責任の所在が分散的である。日々の情報発信も、誰の責任で発せられているのか、正確性がどう担保されているのかも不明である。原発対策でも、原発を推進する経済産業省に安全を評価する安全保安院が統合されるという行政改革による大きな過失があるところに、緊急組織が作られ介在し、適切な対応策が指示できず、結果的に現場作業が先行する事態になっている。阪神大震災後に設置された内閣危機管理監と危機管理センターがいかなる役割を果たしているのかも一向に見えない。設置された復興会議も専門家が登用されたが多すぎる。専門家の利用は必要に応じて招集すれば良く、固定化すると構想が閉鎖化して独善主義に陥ってしまう。菅政権の政治指導の無さは、政治指導を補佐するこれら組織の混乱や未成熟にある。2つのことが必要である。第1は、緊急対応で作られた組織の簡素化と整理である。第2は、復興過程に関わる強力な組織の形成である。復興過程は、構想の形成だけにあるのではなく、長期にわたって試行錯誤を繰り返しながら進まざるを得ない。それには、明確な権限と責任を担う復興庁のような組織の形成が不可欠である。早急な改善と対応をなすことが、政治指導そのものであろう。

谷藤 悦史(たにふじ・えつし)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
1981年 早稲田大学大学院政治学研究科 修士課程を経て博士課程修了
1994年 早稲田大学政治経済学部教授
1995年~97年 イギリス エセックス大学政治学部客員教授
1997年 アイルランド ダブリン大学ヨーロッパ経済公共問題研究所客員研究員
その他、学習院大学講師、慶応大学講師、東京大学講師、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会委員、政策評価分科会長を歴任。

【専門】
政治学・政治コミュニケーション・イギリス現代政治

【論文・著書】
「新世紀におけるイギリスの政治改革」(『早稲田政治経済学雑誌』、358号、2005年)
「ポスト・サッチャー期のイギリス選挙政治」)『コミュニケーションの政治学』慶應義塾大学出版会 2003年、所収)
「日本が学べる『組織的構造改革』モデル」(週刊『東洋経済』2001年7月28日)
『現代メディアと政治』(単著)一藝社2005年
『誰が政治家になるのか』(共著)早稲田大学出版部2001年