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松本 芳之(まつもと・よしゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

恋人との関係はなぜ不安定なのか

松本 芳之/早稲田大学教育・総合科学学術院教授
2019.10.7

 恋人との関係は友人関係と違って、なかなか長続きしない。その理由を考えるために、相互依存理論の視点から2つの関係を比較した。

 最初に、依存とは「他者を介さなければ、自分の欲求を充足できない状態」を指す。この欲求は、名誉、安全、愛情、金銭、報酬など何でもよい。相互依存理論は、社会関係を互いに依存しあっている関係と捉えた上で、関係を維持するための①投資量(コスト)と、そこから得られる報酬によって把握するものである。報酬から投資量を引いたものが関係の成果であり、これが②満足度となる。④関係を継続しようという意志は、満足度だけでは決まらない。現在の関係に不満を抱いたとしても、関係を解消した後の満足度が現在よりも低いと考えれば、関係を続けるはずである。これが③代替肢との差である。恋人との関係では相手に気を使ったり、時間やお金の都合をつけたりなど、さまざまなコストがかかる。しかし、その見返りに、他の関係では手にできない満足も得られるのである。

 そこで、調査協力者に①から④に対応し、かつどちらの関係にも当てはまる単純な4つの質問によって、恋人と最も親しい友人1人をそれぞれ評価するように求めた。関係ごとに、回答パターンの類似性をもとに、調査協力者を分類すると、どちらも3群に分かれた。各群の平均値を示したものが図1と図2である。LはLoversの略、FはFriendsの略、凡例の括弧は人数の構成比率である。

図1 恋人関係

図2 友人関係

 まず、どちらも同じく一番外側に、ほぼ正方形のL2、F1が存在する。これは、現在の関係に多くを投資し、高い満足を得ており、この状態は他の人では得られないとして、関係の継続を強く望んでいる人たちである。しかし、残りの2群の形状は明らかに異なっている。

 友人関係では、3群とも継続意志が高く、ほとんど差はない。F3はF2に比べ、代替肢の差がとりわけ低い。注目すべきはF2で、F1よりも投資量が著しく低いだけで、他の3つにはあまり違いがない。ここから、F2は、低投資高配当の関係であると言うことができる。ただし、F2の人たちは相手に負担を強いて、関係の成果を独り占めしているわけではない。それでは、友人関係は維持できない。つまり、F2は互いに無理をせず、適度な距離を保って交流する、しかし必要ならば支援を惜しまないといった関係であると考えられる。実は、F1も、F2のような費用対効果が高い関係になる可能性を秘めている。それゆえ、友人関係の典型はF1ではなく、実線で記したF2になるのである。低投資で高配当であれば、関係が長続きして当然であろう。

 これに対し、恋人関係では3群の形状がかなり類似している。大まかに言うと、L2を縮小するとL1に、さらに縮小するとL3になる。L2とL1の違いは代替肢との差にあり、L2はこの相手以外ないと強く思っているのに対し、L1は必ずしもそう見ていない。注目すべきはL3であり、すべてが低水準で、L2を大幅に縮小させたかたちになっている。

 では、恋人というのは、つねに損益を注視している、なんとも世知辛い関係なのだろうか。ほとんどの恋人は否定するはずである。それどころか、恋人との関係は、ビジネスに代表される利害関係の対極に位置する、最も個人的で親密な関係のはずである。実際、恋人は互いに相手の求めているものに注目し、必要を感じたらそれを満たすべく、自発的に行動しようとする。このような行動の仕方は、必要性原理と呼ばれる。そこで、恋人関係の目標は、双方が同じように必要原理に従うという高度な配慮の均衡となるのである。成果の均衡はあくまで、配慮の均衡から派生する結果にすぎない。その意味で、恋人関係の典型は、実線で記した高投資高配当のL2になるのである。

 問題は、配慮の均衡を維持することが簡単ではないことである。恋人の場合、F2のような関係を目指すわけにはいかない。深い係わりを持つからこその恋人であり、F2のような関係では、それこそよい友達になってしまい、満足できないであろう。さらに、配慮が焦点であっても、コストを厭わずに行動する分、相手にも同じような配慮を強く期待することになる。このため、もし自分の投資量を負担と感じたり、十分な満足が得られないと考えたりすると、L3のような縮小均衡へと向かう可能性が高まるのである。L3は投資量も満足度も継続意志も、恋人関係とは思えない低水準である。それでも関係が続いている理由は、解消したときの満足度の低下、つまり代替肢との差だけであろう。

 以上から、相互依存の視点に立つと、恋人関係が不安定で長続きしない理由は、結局、投資と満足が高度に均衡する関係を維持し続けねばならないためであると言える。L3の様態こそ、その証左なのである。もちろん、この分析で社会関係のすべてが説明できるわけではない。たとえば、恋人関係で重要な感情側面には一切触れていない。しかし、投資量と満足に焦点を当てることで、新たな知見を得ることができるのである。

松本 芳之(まつもと・よしゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

1951年、埼玉県生まれ。早稲田大学教育学部卒業、同文学研究科後期課程退学。博士(文学)。帝京科学大学助教授、早稲田大学教育学部教授、2016年度より同教育学研究科高度教職実践専攻教授を務める。