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日野 泰志(ひの・やすし)/早稲田大学文学学術院教授  略歴はこちらから

仮名語と漢字語の親近性

日野 泰志/早稲田大学文学学術院教授

 日本語は、仮名・漢字という性質の異なる複数の表記からなる言語です。仮名と漢字で表記された語は、どのような特徴を持ち、それらを読んだり聞いたりする際、頭の中でどんな作業が行われているのでしょうか。ここでは、最近の私の研究をもとに、仮名語と漢字語の性質に関して、新たに明らかになってきた事柄を紹介します。

仮名語は漢字語よりも親近性が高い?

 下にカタカナ語と漢字語のペアをいくつか記します。これらの語ペアについて、自分にとって親しみの程度(親近性)が高いのはどちらの語か判断してみて下さい。

ジャム‐剣術  オリーブ‐属国  ゴリラ‐動悸  クレープ‐訳本
ランプ‐誤植  リンス‐暗唱   ビーフ‐海女  ミルク‐鈍器

 恐らく、ほとんどのペアで、カタカナ語の方が漢字語よりも親しみの程度が高いと判断されたのではないでしょうか。しかし、これらはどれも、出現頻度が等しい2語をペアにしてあります。語の出現頻度とは、新聞など、日常、目にする文の中で、個々の語がどのくらい使われていたのかを調べたものです。ですから、語ペアを構成する2語の出現頻度が同じであれば、私たちが、日常、これらの語を目にする機会もほぼ等しいものと思われます。それにも関わらず、なぜカタカナ語の方が漢字語と比較して親近性が高く評価されるのでしょうか。実は、語の聞き取り経験が、語の表記についての親近性の評価に大きく関わってるようなのです。

語の聞き取り経験による影響

 文の中に出てきた語を読むという作業を繰り返すことで、その語の表記は学習され、親近性の程度も上昇するはずです。一方、日常会話の中で、ある語を聞き取る際、文字に関する情報は与えられません。しかし、語を聞き取る際に、その文字の情報が頭の中で検索され、利用されていることを示す証拠は、多数報告されています。

 例えば、“密着”という語を構成する音(モーラ:いわゆる五十音にあたる音の単位)のうち、ひとつだけを別の音に置き換えて作成される音韻類似語として、“決着”、“発着”、“密告”があります。これらの音韻類似語は、全て“密着”という元の語に含まれる漢字を含みます。つまり、似た音を持つ語同士が、同じ文字で構成されていますから、これらの語は、音から文字への対応関係が一貫しています。このタイプの語を、ここでは一貫語と呼びます。一方、“庭園”という語の音韻類似語には、“定員”、“提案”、“永遠”、“声援”などがあります。これらは、どれも“庭園”を構成する漢字と同音の別の漢字で構成されています。つまり、同じ音が、それぞれ異なる文字に対応しており、音から文字への対応関係は一貫していない非一貫語です。これら2つのタイプの漢字語の聞き取り成績を比較すると、非一貫語の方が、一貫語よりも聞き取りに時間がかかります(Hino, Kusunose, Miyamura & Lupker, 2017)。この効果は、一貫性効果と呼ばれています。この効果が観察されるのは、語を聞き取る際に、その文字情報を検索し、利用して処理しようとするためと解釈されています。ある音配列に対して、それに対応する文字が検索される時、音から文字への対応が一貫していない場合には、余計な文字情報が検索され、それが処理を妨害するために、聞き取り処理に時間がかかり、一貫性効果が生じるのです。

 では、仮名語の聞き取り成績にも、音から文字への対応関係による一貫性効果は観察されるのでしょうか。実は、私の最近の研究によれば、仮名語の聞き取り成績には、一貫性効果は観察されません(Hino & Lupker, submitted)。聴覚刺激は、時間的に順番に処理される上に、時間経過と共に消失するという性質があります。さらに、仮名は、表音文字であり、音と文字との対応が規則的です。ですから、聞き取り処理が完了する前に、その語がカタカナ表記あるいはひらがな表記の語であることがわかれば、容易に正しい文字情報を検索できてしまいます。その結果、仮名語の聞き取り成績は、一貫性に依存しないようです。

聞き取り経験と語の表記の親近性

 このように、仮名語を聞き取る際には、ほとんど常に、正しい文字情報を検索できるのに対して、漢字語の場合、聴覚刺激から正しい文字情報を検索できるのは、“密着”のような一貫語に限られるようです。こうした仮名語と漢字語に対する違いは、語の親近性の評価にも影響します。語の親近性評定を求めたデータ(天野・近藤、 2003、 による文字単語親密度)を分析すると、漢字語の場合のみ、親近性評定データが一貫性の程度に依存していることが明らかとなりました。図1は、漢字語32、990語と仮名語3、405語を対象に、親近性評定値の高低により、それぞれを6つのグループに分類した際の、それぞれのグループの一貫性の程度を数値化し、その平均値をプロットしたものです。この図から明らかなように、仮名語の場合、親近性評定値の高低に関わらず、一貫性の平均値はほぼ一定ですが、漢字語は、親近性評定値が高いほど、一貫性の平均値も高くなっています。

 このように、仮名語の親近性の評価は、その語を読む経験ばかりでなく、聞き取る経験にも大きく依存するようです。一方、漢字語の場合、聞き取り経験が語の親近性の評価に貢献する程度は、音から文字への対応関係の一貫性に依存するようです。語を目にする回数(出現頻度)が同程度でも、仮名語の方が漢字語よりも親近性が高く評価される背景には、こうした事情があるようです。

図1. 仮名語と漢字語を親近性評定値により6グループに分割した際の、各グループの音から文字への対応関係の一貫性の平均値。語の親近性評定値は、天野・近藤(2003)による文字単語親密度を使用。1番目のグループが最も親近性が低く、6番目のグループが最も親近性が高い。音から文字への対応の一貫性の値は、1.0に近い程一貫性が高く、0.0に近い程一貫性が低いことを意味する。仮名語は、綴りの親近性の高低に関わらず、一貫性の値がほぼ等しいのに対して、漢字語は、綴りの親近性が高い程、一貫性の値も高い傾向にあることがわかる。

引用文献
  • 天野成昭・近藤公久(2003). NTTデータベースシリーズ日本語の語彙特性第2期CD-ROM版. 三省堂.
  • Hino, Y., Kusunose, Y., Miyamura, S., & Lupker, S. J. (2017). Phonological-orthographic consistency for Japanese words and its impact on visual and auditory word recognition. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 43, 126-146. doi:
    http://dx.doi.org/10.1037/xhp0000281.
  • Hino, Y., & Lupker, S. J. (submitted). The impact of phonological-orthographic consistency on orthographic familiarity ratings and lexical decision performance for Japanese words. Paper submitted for publication.

日野 泰志(ひの・やすし)/早稲田大学文学学術院教授

立命館大学文学部卒業後、中京大学大学院博士前期課程を修了。1993年にカナダ・西オンタリオ大学大学院Ph.D.プログラムを修了、Ph.D.を取得。2004年より早稲田大学文学学術院に所属。専門は、認知心理学・言語心理学。Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory and Cognition, Journal of Memory and Languageなどに複数の論文を掲載。現在、早稲田大学文学学術院教授、日本心理学会会員、American Psychological Association会員、Psychonomic Society会員、認知神経心理学研究会運営委員。