早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 文化・教育

オピニオン

▼文化・教育

卯月 盛夫(うづき・もりお)早稲田大学社会科学総合学術院教授 建築家・都市デザイナー 略歴はこちらから

横浜の結婚式場をめぐる景観論争
— 日本の景観は誰が守るか —

卯月 盛夫/早稲田大学社会科学総合学術院教授 建築家・都市デザイナー

 今、横浜みなとみらい21地区で大きな景観論争が起きている。桜木町駅から赤レンガ倉庫に向かう歩行者プロムナードから、水面を隔てた真正面に巨大な結婚式場が計画されている。ヨーロッパの様々な時代様式を模した建築のテーマパーク型の結婚式場は、たぶん日本ではじめてかもしれない。平成24年1月に横浜市の市長諮問機関である都市美対策審議会に、本計画は諮問されたが、委員の指摘は厳しく、結果として承認されなかった。40年近く都市デザインに取り組んできた横浜市で、これははじめてのことである。しかし、この計画は実は来月にも着工されようとしている。私はこの審議会の会長であるので、この間の経過および問題点を指摘したい。

平成24年3月の都市美対策審議会に提出された完成予想図、当初計画されていた2つのチャペルの塔は無くなった

 この計画がスタートしたのは数年前と聞いている。それまでは、中古車販売や駐車場という土地利用であったこの土地に、大手紳士服メーカーが経営する結婚式場の計画が持ち上がった。事業者は土地の一部を購入し、それ以外の大部分の土地は借地という形で建設計画が進んだ。全体計画予定地は東京ドームのほぼ1.2倍の1.6haという結婚式場としては異例の大きさで、その約2割の3000㎡が実は市有地(市道)であることが、今回重要なポイントである。つまり市が土地を貸さなければ、この計画は成立しないのである。

 通常、このような民間の計画は事前協議と称して、横浜市の各課と調整が必要となるが、本地区は横浜市の中で最も景観的にも重要な地区なので、景観を担当する都市整備局都市デザイン室とみなとみらい地区の開発を担当する港湾局がその窓口となっている。かなり長い時間を費やして事前協議をしてきたようだが、事業者は法律、条例に書かれていることはもちろん遵守したが、景観ガイドラインの解釈については、意見の食い違いが多かった。たとえば、歴史の認識が異なる、企業の経営戦略に合わないという理由で、一致点が見いだせなかったのは大変残念なことだ。一般的には、この事前協議の段階で修正協議が行われ、正式に書類が申請受理された段階で都市美対策審議会に諮問という形になるため、審議会ではそれほど大きな議論になることは少ない。つまり横浜市と都市美対策審議会のめざす目標が同じ方向を向いている限り、審議会で承認しないというケースはほとんどない。これまでの40年間は、実はそうであった。これは審議会が市のイエスマンであったということでなく、市が事前調整でかなり努力してきた成果であると私は評価している。

 しかし、今回は全く状況が異なる。市役所と事業者の事前協議はかなり長期間行われたようだが、最終的には両者の合意なしに、事業者は見切り発車で書類を申請した。その結果、都市美対策審議会に諮問され、計画案は審議会で承認されなかった、その理由は、この計画案は本地区のめざす都市デザインの方向に全く合わない、ということである。

 そのことを受けて、横浜市は事業者とさらに修正協議を重ねてきたが、事業者は平成24年4月に景観協議の打ち切りを申し出たため、一連の景観協議は「不調」という形で決着した。このことは横浜市および審議会にとっては、大変残念なことであるが、事業者にとっては、かりに景観協議不調でも建築確認を申請することはできるので、大きな問題ではないかもしれない。

 しかし今回の場合は、市長の諮問機関である都市美対策審議会が承認をしない、景観協議は不調に終わる、という特別な状況の中で、横浜市は市有地をこの事業者に借地すべきかどうかが問われている。

 市民からの請願および要望書に対して、横浜市長は以下のように回答している。「市有地の取扱いについては、街の景観とともに街づくりの重要な要素である新たな賑わいや雇用機会の創出、地域への貢献等を踏まえて総合的に判断していきます。」(平成24年6月26日)つまり、景観協議は不調に終わっても、市有地を借地する可能性はまだある、という考えである。

 このような経過を踏まえて、現段階で私は次のように考える。

 1) 日本に景観法ができて7年が経過し、平成24年3月時点で531の自治体が景観条例や景観計画を有する景観行政団体となっているが、その最先端を行く横浜市でさえ、事業者の協力が得られないケースがある。その根本的な理由は、景観協議が都市計画、建築確認と連動した強制力を持っていないためである。これは日本の景観法の限界である。景観法と都市計画法の合体をめざしたい。

 2) とはいえ、法律には限界があるのも事実である。合法ではあるが、妥当ではない計画にNOと言えるのは、市民だけである。法律や手続きを越えたところでの成熟した市民運動があれば、地域にふさわしくない計画を修正、阻止することはできる。世界にはこのような事例は多い。市民運動の盛り上がりを期待したい。

 3) このまま、市長が市有地を借地するのは難しい。とはいえ、事業者もこれ以上待てない。この状況下では、両者が「創造的な妥協」をする環境を誰かが整えなければならない。たとえば私であれば、横浜市と事業者が共同で公開設計コンペを行うことを提案したい。公共建築だけでなく、公共性の高い立地の民間プロジェクトは、自治体と事業者が共同でコンペを実施するべきである。公開コンペによって、市民への情報公開や参加も可能となる。コンペによって事業が1年程度遅れるかもしれないが、この膠着状態を解決し、横浜市と事業者の両者が市民から再び信頼を得るためには、ある程度の時間的負担は止むを得ないのではないだろうか。

卯月 盛夫(うづき・もりお)/早稲田大学社会科学総合学術院教授 建築家・都市デザイナー

【生年月日】
1953年(昭和28年)5月6日

【略歴】
早稲田大学建築学科、同大学院修士課程修了後、ドイツのシュトゥッツガルト大学大学院博士課程留学、ハノーバー市・シュトゥッツガルト市都市計画局勤務後、トリーブ教授主宰の都市デザインアトリエ勤務、帰国後、世田谷区都市デザイン室主任研究員、世田谷まちづくりセンター所長、1995年4月より早稲田大学教授、早稲田大学「参加のデザイン研究所」所長、博士(工学)、一級建築士。

【主たる事業 活動・著作物】
○研究テーマは、「ユーザー参加の建築設計」「市民参加のまちづくり」「都市デザイン」「公園・道路の景観設計」「ドイツの都市計画・都市政策」「市民提案・NPO活動」等。
○主な要職は、横浜市「都市美対策審議会」会長、横浜市「地域まちづくり推進委員会」委員長、芽ヶ崎市「景観まちづくり審議会」会長、「公益信託高知市まちづくりファンド」運営委員長、目黒区自由が丘TMOまち運営会議議長、渋谷区「都市計画審議会」委員、日本NPOセンター評議員他
○主な著書(共著)は、「走れ、まちづくりエンジン」「まちづくりの科学」「新時代の都市計画2、市民社会とまちづくり」「市民参加の国土デザイン、豊かさは多様な価値観から」「地球時代の自治体政策」「ビジュアル版建築入門10、建築と都市」、「参加による公共施設のデザイン」「ミニ・ミュンヘン、もうひとつの都市」「認知症高齢者、中庭のあるグループホーム」「都市づくり戦略とプロジェクト・マネジメント、横浜みなとみらい21の挑戦」「こどもがまちをつくる、遊びの都市ミニ・ミュンヘンからのひろがり」「シュアする道路、ドイツの活力ある地域づくり戦略」他。