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油布 佐和子(ゆふ・さわこ)/教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

教員の疲弊・学校の疲弊

~炭鉱のカナリア~

油布 佐和子(ゆふ・さわこ)/教育・総合科学学術院教授
2023.10.27

教職はブラック(?)

最近の教員不足や教員志望者減少には、教職が「ブラック」であることに原因があると言われている。

TALIS調査(2013年)に見るように、日本の教員の労働時間は群を抜いて長く、また、「給特法」による「教職調整額」の支給という、ある種特殊な勤務条件が存在している。

1971年に制定された給特法[1]では、校長は「学校行事や職員会議などの4項目」を除いては、教員に超過勤務を命じることができない。そのため教員には原則として時間外労働はないことになっている。したがって、一律、給料月額の4%に当たる「教職調整額」を支給することを代わりとして、時間外手当は支払われていない。

さて、これを厳密に適用すると、教員の長時間労働は「本人たちが好きでやっている」「自主的な活動」となってしまう。実際に教員の過労死裁判では、こうした判決が散見される。このような、ある種の「ただ働き」や「やりがい搾取」は、実に半世紀もの間続いてきた。

中学校数学教師 教材が多いためこうしたかごに入れて移動している。教科によっては、こうした籠から教材がはみ出るほどの量を運ぶ教師もいる。.jpg

中学校数学教師
教材が多いためこうしたかごに入れて移動している。
教科によっては、こうした籠から教材がはみ出るほどの量を運ぶ教師もいる。

「教員の働き方改革」とその結果

労働時間に相応する報酬が保障されるのは当然であり、給特法・「教職調整額」の問題は早急に解決されねばならない。ただし、それが解決したとしても、長時間労働が改善されるかどうかは別問題である。これに対応しようとしたのが中教審答申「教員の働き方改革」である[2]

答申での長時間労働改善策第一点目は、教師に時間管理の意識を持たせることであり、ノー残業デー、部活日の限定、出退勤管理と様々な改善策が試みられた。しかしながら、その後の調査[3]では、時間外労働の上限設定「月45時間」を超える教員が、小学校で64.5%、中学校で77.1%、さらには、月80時間以上の過労死レベルの教員も36.6%も存在していることが明らかになっており、効果は上がっていない。

第二の改善策は、マルチタスクと言われる業務の縮小・分担をめぐる方策である。多種多様な仕事を一手に抱え込んでいる教員に対して答申では「基本的には学校以外が担う業務」「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」を例示し、またスクールカウンセラーなどの専門家の配置や、部活動指導員、学習準備・支援のサポートスタッフの導入など、学校教職員の強化充実を盛り込んだ。

が、これも効果はあやしい。なぜならば、自分の学校経験を通じて誰もが「教師の仕事を知っている」と思い込んでいるが、それが見当違いだからだ。授業以外に多種多様な業務があることは知られているが、教員がそれにどう対処しているかはほとんど理解されていない。

教員は複数の業務を、中断と再開を繰り返しながら、同時並行的にこなしている。しかも、予期せぬ出来事が頻繁に起こり、スケジュール通りにはいかないため、瞬時に優先順位をつけながら事案に対処することになる。こうした<段取り>ができるか否かは大きなハードルである。

さらに業務・役割とひとくくりにしては見えない遂行過程の問題がある。「給食指導」を例にとって、それを活動・作業工程から見ると、<配膳係が清潔で適切な給食着を着ているか、手洗い・消毒をしているか、配膳台を清潔にしているか、食器などを配り、過不足ないように配膳ができているか、清潔で安全な環境の中で食事ができているか、後片付けが適切にできているか、こうした一連の過程が給食時間の中に納まっているか>などの管理監督や配慮の他、アナフィラキシーや体調不良による嘔吐等への責任も含みこんでいる。したがって、すべての教室に補助員が配置され、その補助員が給食の業務遂行過程のすべてを丸ごと担当するのであれば別であるが、学校に一人や二人配置されたくらいではほとんど意味がない。逆に、彼らとの連絡調整など、別の業務が付加されることになり教員の負担は増加するだろう。このように、教師の実際の業務遂行の特徴を把握していない改善策は、長時間労働・過重労働に対してほとんど意味をなさないのである。

同時に、補助員やボランティアの増加は、それだけでは食べていけない人を増やすことになる。また何よりも職場に雇用条件が異なったり、複数の身分が持ち込まれると業務量に見合った人員配置がなされていないという本質が見えなくなる[4]ことに留意せねばならない。

小学校中学年の子どもたち 音楽室に移動する様子.jpg

小学校中学年の子どもたち
音楽室に移動する様子
本務の重圧

一方、看過されているが、より重要な問題がある。それは本務である「授業」そのものの負担が大きくなっている点だ。

学習指導要領に示された標準授業時数は、「ゆとり教育」の時代に一時縮減されたものの、現在は「詰め込み教育」と言われた昭和後半から平成の頃と同じになっている。また、「標準時数」は「上限」を示しているわけではないため、「標準授業時数」内で授業を編成している小中学校は2割にも満たない。月曜日から金曜日まで、小学校低学年を除けば、毎日ほぼ6時間の授業が組まれており、8時半から15時過ぎまで授業で埋まっている。お昼に40分程度、授業以外の時間が設定されているものの、そこには給食、掃除、昼休みが詰め込まれている。教員の勤務時間から計算すると多様な業務を遂行する時間はさほど残されていない。時間管理の意識を促しても、「やることがあるから帰れない」のである。

小学校低学年の机。机の規格は変わらないが、学習の在り方が変化したため、机上に乗り切れないほどの教材・教科書がある。左側の青い箱はもう一つあり机の中に入れられている。.jpg

小学校低学年の机。
机の規格は変わらないが、学習の在り方が変化したため、
机上に乗り切れないほどの教材・教科書がある。
左側の青い箱はもう一つあり机の中に入れられている。
背後にある公教育の変容

さて、教員の過重労働・長時間労働と近年の不登校児童・生徒の増加は、共通する原因を持っている。今世紀に入ってからの矢継ぎ早の教育改革の中で、学校は市場原理に基づく制度・組織へと編成を変えていった。教育にかける財源が十分に担保されない中で、「選ばれる学校」を目指して目標に沿って学校評価・教員評価を実施し、エビデンスを示して、アカウンタビリティのための書類作成に追われるようになった。教員でなくサポートスタッフを配置するのは、教員を雇用するより財政的に助かるからである。アカウンタビリティのための「受領文書」はある学校の記録によれば一年間で339件となっており、こうした業務が増加している。

授業そのものも大きく変化している。「個に応じた学」という名の下で多様な学習の在り方が推奨され、それに対応する教員が求められている。しかしこうした変化の中で、同時に「修得主義」が唱えられ、学校を「人材育成」の場と考える産業界からの強い要請にこたえる方向へと変化していることはあまり注目されていない。

窮屈になった学校で、教員はもちろん、子どもたちも疲れ果てている。「ブラック」な教員の勤務環境の問題は、よりマクロな観点から検討すべきだろう。学校教育が何を目的としているのか改めて問い直し、教育内容、クラスサイズ、教員定数等、公教育として相応しい在り方を構想し、それを担保するものでなければならない。辻褄合わせの安直な施策はもちろん、公教育を人材育成に焦点化するあり方は、教員・子ども・学校の疲弊を大きくするだけである。諸外国に比して教育に対する公的支出が極端に低い[5]現状について、最重点課題としてこれに取り組む必要がある。


[1] 公立の義務教育諸学校等の教職員の給与等に関する特別措置法 令和元年に「在校等時間の上限設定」「変形労働時間制の活用」の二点を盛り込んだ改正が行われている。
[2] 新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)(第213号) 
[3] 文部科学省 教員勤務実態調査(令和4年度)
[4] 矢野榮二「非正規雇用と健康」 学術の動向 2010.10
[5] OECD2020年度版「図表で見る教育」で、42参加国中下位から5番目である

油布 佐和子(ゆふ・さわこ)/教育・総合科学学術院教授

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学(修士)、福岡教育大学講師、助教授・教授を経て2008年より現職(教職大学院担当)
日本教育学会・日本教育社会学会・日本教師教育学会理事を歴任。日本学術会議連携委員。

最近の論文:
「『働き方改革』」は、何を改革するのか?」教育学年報14 世織書房2023
「教育労働の視点から見た教師の多忙化」雪丸・石井編 教職員の多忙化と教育行政 問題の構造と働き方改革に向けた展望』福村出版2020
編著:『教育と社会』学文社2021