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恩藏 直人(おんぞう・なおと)/早稲田大学商学学術院教授  略歴はこちらから

デジタルツインの可能性

恩藏 直人(おんぞう・なおと)/早稲田大学商学学術院教授
2023.4.20

 「デジタルツイン」という言葉を聞いたことがありますか。おそらく、初めて耳にするという人が多いでしょう。様々な分野でデジタル化が急速に進む中、ビジネスの世界で注目し始めた言葉の一つに、本稿で取り上げるデジタルツインがあります。

デジタルツインとは何か

 これは、現実世界の情報をもとに、仮想世界にデジタルの「ツイン」、まさに双子を構築し、さまざまなシミュレーションを行おうとする技術です。シミュレーションの最新形の一つと考えていただくと分かりやすいでしょう。現実空間で再現するのではなく、デジタル空間で再現するため、リアルタイム性が高く、試行錯誤が容易であるなどの特性を有しています。

 IoT、3Dプリンティング、AIなどの技術進化によって、これまでとは桁違いの解像度で、現実空間を再現できるようになりました。そのため、デジタルツインの実用化が一気に加速し、製造業をはじめとして、流通、建築、都市開発、医療など、さまざまな分野で利用されるようになっているのです(図1)。

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図1 デジタルツインのイメージ

ビジネス研究での注目

 デジタルツインに関する研究は、急速に増えてきています。注目したいのは、技術領域での研究成果から、ビジネス領域での研究成果が発表されるようになっている点です。図2は、私が専門にしているマーケティングなど、ビジネス領域における主要研究誌を対象に、Web of Scienceで「digital-twin」という語で論文検索をした結果で、計25本の論文が検索されています。2019年における2本の論文を皮切りに、2020年から急に増えているのがわかります。技術領域(例えば、エンジニアリング、コンピュータサイエンス、ロボティクス等)においても、この数年で増加していますが、総数は3591本にも及んでおり、技術領域で先行していることが良くわかります。

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図2 デジタルツインに関する論文数の推移

デジタルツインのメリット

 デジタルツインには、どのようなメリットがあるのでしょうか。まず挙げられるのが、開発期間の短縮です。新製品の開発では、一般に、設計図からいきなり完成品へと進むわけではありません。プロトタイプと呼ばれる試作品を製作し、様々なテストを繰り返します。その際、デジタルで複製を生み出しておけば、そのデジタルのレプリカ版でテストを繰り返すことができます。同時に、複数のテストを実施することも可能でしょう。その結果、試作品の開発期間を大幅に短縮化できるのです。

 そのことは、同時にコストの削減へと結びつくはずです。自動車の開発では、クレイモデルと呼ばれる粘土によるデザインモデルを作っていました。しかし近年では、時間も手間もかかるクレイモデルはあまり作られません。デジタル上でデザインモデルを生み出し、そこで様々な検討ができれば、コストを大幅に引き下げられるというわけです。

 デジタルツインを用いれば、遠隔での作業も可能になります。試作品などの具体的な物体を基に議論する場合、参加メンバーは、その場へ臨席しなければなりません。ところが、デジタルツインであれば、遠く離れていても、あたかも臨席しているように手を加えたり、操作したりすることができるのです。

 遠隔での作業は、さらに共同作業と連携作業に分けて考えることができます。共同作業とは、デジタルツインを用いて、遠く離れた者同士が一緒に作業することです。連携作業とは、日本で行っていたデジタルツイン上の作業を、インドで引継ぎ、さらにアメリカで受け取るといったイメージです。空間を越えて、バトンタッチをしながら作業を進めるのです。

 他にも、デジタルツインは、予知保全、リスク低減、技能伝承などにも役立つはずです。まさに、様々な分野に大きなメリットをもたらしてくれる可能性を秘めています。デジタルツインの市場規模は、2025年までに350億ドル以上に拡大すると予測されています(Markets and Markets, 2019)。

原型はアポロ計画

 模型やひな型を作り、そこで様々な試験や分析を行ってみる。こうしたデジタルツインの基本的な発想は、少し考えれば思いつきそうです。恐らく様々な先例があるはずです。しかし、本格的な取り組みとしては、NASAによる「ペアリング・テクノロジー」が有名です。アポロ計画によって、人類を月面に送り込むという壮大な計画が進められました。その際、地球側に月側と全く同じ機材を用いた設備の複製を用意し、様々な問題に対処しようとしたのです。

 その後、2002 年に Michael Grieves によって、「Mirrored Spaces Model」という表現で、相互に関連する2つの要素(実空間と仮想空間)を捉える考え方が提示されました(Grieves, 2011; Grieves & Vickers, 2017)。デジタルツインの原型ともいえるコンセプトで、20年ほど前のことです。こうしたコンセプトを「Digital Twin」という語で説明するようになったのは、2010年以降のことです。

4つに類型

 デジタルツインに関しては、定義が一様ではなく、やや混乱もありました。そうした混乱は、デジタルツインが異なる産業で、しかも様々な局面で適用されてきたという背景があるようです。私の共同研究者である府川准教授とRindfleisch教授は、こうした混乱を整理するため、デジタルツインを2つの次元で分類することを試みました(Fukawa & Rindfleisch, 2022)。

 その次元とは、活動のタイプ(上流活動か下流活動)、アプリケーションの焦点(プロセス焦点か製品焦点)です。これらを組み合わせることによって、4つのカテゴリーが浮かび上がってきます。それは、(1)モニタリング、(2)メイキング、(3)エンハンシング、(4)リプリケーティングです。4つの視点でデジタルツインを捉えることで、全体像が見えてきます(図3)。

プロセス焦点

製品焦点




モニタリング

● BMWによるサプライチェーン活動とロジスティックス活動の最適化。部品や機械などの状態を把握するために、AR、3Dスキャナー、センサー、デジタルツインを利用。

● GEによる風力タービンのデジタルツイン。重要な部品の故障を回避し、運行実績を改善。

メイキング

● カナダのスタートアップ企業エレクトラ・メカニカ社は、デジタルツインによって、小型3輪の新電気自動車の設計と性能を最適化。

● MX3D、Altair、ABBは、3Dプリンティングのデジタルツインを開発、ロボットアームを軽量化し製造を最適化。




エンハンシンング

● インテル、バイエル、HP、ファイザーは、CTとMRIのデータを使って、患者の心臓のデジタルツインで最適な治療法を決定。

● シンガポール政府は、都市のデジタルツインを作成し、洪水のような予期せぬ出来事に直面した時のシミュレーションを行い市民の福祉と安全性を向上。

リプリケーティング

● ObENは、人気テレビ番組の司会者のデジタルツインを生み出し、コンテンツの快楽的価値を高めた。

● メトロポリタン美術館は、40万点にも及ぶコレクションのデジタルツインを生み出し、非商用での使用を認めている。

図3 デジタルツインの4類型
出所:Fukawa & Rindfleisch (2022),7ページ(一部を改訂した)

 デジタルツインの台頭は、有形物とデジタルとの密接な関係を加速させています。そして、私たち研究者に様々な研究課題をもたらしています。製品開発研究に一石を投じたばかりではなく、イノベーション研究を大きく左右するでしょう。アライアンス研究にも影響を与えるはずです。そうした研究成果は、様々な製品やサービスを通じて、私たちの生活水準を引き上げてくれることになるのです。


【参考文献】

Fukawa, N., & Rindfleisch, A. (2022). Enhancing innovation via the digital twin. Journal of Product Innovation Management,1-16. https://doi.org/10.1111/jpim.12655

Grieves, M. (2011). Virtually Perfect: Driving Innovative and Lean Products through Product Lifecycle Management. Space Coast Press.

Grieves, M., & Vickers, J. (2017). "Digital Twin: Mitigating Unpredictable, Undesirable Emergent Behavior in Complex Systems." In F. J. Kahlen, S. Flumerfelt, & A. Alves (Eds.), Transdisciplinary Perspectives on Complex Systems: New Findings and Approaches, (pp.85-113). Springer International Publishing. https://doi.org/10.1007/978-3-319-38756-7_4

Markets and Markets. (2019). Digital twin market worth $35.8 billion by 2025. https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/digital-twin-market-225269522.html

恩藏 直人(おんぞう・なおと)/早稲田大学商学学術院教授

早稲田大学商学部卒業後、同大学院商学研究科に進学。早稲田大学商学部専任講師、助教授を経て、1996年より教授。博士(商学)。

専門は,マー ケティング戦略。