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小塩 真司(おしお・あつし)/早稲田大学文学学術院 教授  略歴はこちらから

「性格」を研究し活用する

小塩 真司(おしお・あつし)/早稲田大学文学学術院 教授
2023.2.20

 「人間の性格を研究しています」というと、珍しいものを見るような目を向けられることがあります。人間の性格をどのように研究するのか、そんなことが可能なのか、本当にわかるのかなど、多くの疑問を浮かべるかもしれません。

 人間の性格(気質)への関心は古く、さかのぼれば古代ギリシャ時代や古代中国にも文献を見つけることができます。古代ギリシャ時代、ローマ時代に考えだされた理論でよく知られているものに、四体液説にもとづく四気質説があります。これは、人間がもつとされていた四つの体液(血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液)に四つの気質(多血質、黄胆汁質、黒胆汁質、粘液質)が対応するというものです。多血質は快活で社交的、黄胆汁質は攻撃的で荒っぽく、黒胆汁質は寡黙で神経質、粘液質は冷静で公平、といった特徴が当てられます。現在の私たちからするとこの説は荒唐無稽に思えるかもしれませんが、これまでの学問の歴史のなかでこの説はあらゆる場面で大きな影響力をもってきました。その影響は、20世紀に入って性格をより科学的に研究しようとする流れの中でも見ることができます。

 現代につながる心理学の研究の流れができてきてからも、さまざまな研究者がそれぞれ独自の性格(気質、パーソナリティ)の理論を構築してきました。ある種、乱立してきたといってもよいでしょう。理論によって、性格、人格、気質、パーソナリティ(英単語ではcharacter、 personality temperament)と少しずつニュアンスの異なる単語も用いられてきました。そしてそれらの理論は互いに十分に交流することはなく、どこがどのようにつながっているのかもよくわからない状態が続いてきた印象があります。

 そのような性格の研究の流れが大きく変わってきたきっかけのひとつは、心理辞書的研究と呼ばれる語彙に注目する研究です。私たちは、自分自身やほかの人々を何かの性格用語で表現します。そして、その表現する言葉が多くの人々の間で共有され、一般的なものになれば、その言葉は辞書に収録されていくはずです。そこで、辞書の中で人間を形容する可能性のある単語がいくつあり、その中でどれだけの単語が性格を表現することができるのかが検討されてきました。アメリカの心理学者Allportたちは約4500単語の性格表現用語を見いだしており、日本でも辞書から単語を抜き出す試みが行われています。

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 加えて、調査手法と統計処理手法、そして多くの情報を処理することができるコンピュータの開発が、この研究分野の発展には欠かせない要素です。辞書から抜き出した単語を整理し、自分自身やほかの人にどれくらい当てはまるかを回答してもらい、その回答を統計的にまとめていきます。このような試みはまだ今のようにコンピュータが普及する前から行われていたのですが、やはり近年になるほど大規模なデータセットに対して複雑な統計的処理を行うことができるようになったことで、性格についてどのような現象が生じているのかを把握することができるようになってきました。

 その中で見いだされてきたひとつの成果が、ビッグ・ファイブ・パーソナリティ(Big Five Personality)や5因子理論(Five Factor Theory)と呼ばれる、5つの性格特性で人間の全体的な性格を把握するという枠組みです。それぞれの大まかな特徴は表の通りで、5つのどれに当てはまるかではなく、個人がそれぞれにどの程度当てはまるかを程度で見ていきます。

ビッグ・ファイブ・パーソナリティの5特性

名称 特徴
外向性 活動的、社交的、自己主張が強い、強い刺激を求める、
肯定的な感情を抱きやすい
神経症傾向 不安、怒り、衝動性、傷つきやすい、悲観的、怒りや敵意を抱きやすい
開放性 好奇心が強い、想像的、美術や音楽を楽しむ、哲学的な議論を好む、
伝統やしきたりにこだわらない
協調性 やさしい、他者を優先する、他者を信用する、
頼まれたら断れない、礼儀正しい
勤勉性 まじめ、秩序を好む、目標志向性、自分を高めようとする、
慎重に物事を進める

 

 近年ではインターネット上での調査が当たり前になり、さらに大規模なデータセットを取り扱うことが当然の流れとなってきました。このような状況の中で、人間の基本的な性格特性としてどのようなものが見いだされるか、それらが時間をおいてどれくらい安定しており、どれくらい変化する可能性があるのか、学校や仕事などの活動とどのように関連しており、どれくらい日常生活の活動を予測するのか、国や文化によって違いが生じるのか、また国内でも地域差が見られるのか、時代を経て変化する可能性はあるのかなど、実に多岐にわたる研究テーマへとつながっています。

 最近、非認知能力(社会情動的スキル、社会情緒的能力などとも呼ばれます)という概念が注目を集めています。この言葉は、知能や学力以外の、社会における望ましい何らかの結果を予測し、測定可能で、介入等によって変容可能な概念の集合体として捉えられます。そして非認知能力としてまとめられる概念の中には、これまでに性格の研究として検討されてきた多くの概念が含まれます。

 非認知能力への注目は、心理学(や周辺領域の学問)で研究される構成概念が、社会のなかで実装されたときにどのような影響をもたらすかという問題を生じさせます。保育園や幼稚園、そして学校教育の中で非認知能力を高めるとはどのような意味をもつのか、またそこで心理特性の測定が行われた時、その測定された内容を利用しようと試みたときにどのような問題を生じさせるのでしょうか。そして企業活動の中でも、採用時や従業員のトレーニング、中途採用や昇進時に非認知能力に注目し、それを伸ばそうと試みたり測定を試みたりすることもすでに行われています。これらの実践に伴う問題は、心理学の歴史のなかで知能検査が開発されてからくり返し生じてきた問題と重なる部分があると思います。

 「性格を研究する」というと、個人の性格を当てることというイメージを抱く人が多いかもしれません。しかしその研究テーマは多岐にわたっており、まだ多くの研究すべき問題が残されています。

小塩 真司(おしお・あつし)/早稲田大学文学学術院 教授

1972年愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程修了。博士(教育心理学)。中部大学人文学部講師、助教授、准教授を経て、2012年早稲田大学文学学術院准教授。2014年より同教授。日本青年心理学会、日本パーソナリティ心理学会常任理事。青年心理学研究、パーソナリティ研究編集委員長。

<代表的な著書>
『性格とは何か』(中央公論新社,2020年)、『性格がいい人、悪い人の科学』(日本経済新聞出版社,2018年)、『SPSSとAmosによる心理・調査データ解析 [第3版]』(東京図書,2018年)、『非認知能力:概念・測定と教育の可能性』(北大路書房,2021年,編著)、『パーソナリティ・知能 キーワード心理学11』(新曜社,2021年,共著)など多数。