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長谷川 信次(はせがわ・しんじ)/早稲田大学社会科学総合学術院 教授  略歴はこちらから

新型コロナ危機は私たちになにをもたらすのか

長谷川 信次(はせがわ・しんじ)/早稲田大学社会科学総合学術院 教授
2021.12.23

「私たちは戦争の只中にある」

 それは2020316日、マクロン大統領のテレビ演説で始まった。フランスの外出禁止令、いわゆるロックダウンである。この大統領演説の翌日正午から、新型コロナウィルスの感染拡大を防止するため、フランス全土でほぼ2ヶ月にわたって市民の外出が厳しく制限された。通りから人と車が消え、食料品店、薬局、銀行、新聞・たばこ販売店、ガソリンスタンドのほか、ほぼすべての商業活動が停止した。企業のオフィスワークは原則在宅勤務が義務付けられ、工場の生産活動にも大きなブレーキがかかった。

 当時私は、在外研究期間をパリで過ごしていた。ロックダウンに伴いすべての教育・研究機関が封鎖された。訪問教授として籍を置くシアンスポ(政治学院)とパリ大学でも、対面授業の実施はおろか、教職員の校舎への立ち入りすら禁止された。計画していた研究や調査もかなわない、異例ずくめの滞在の中、研究仲間らに声をかけてオンラインでコロナ研究会を開催した。帰国後、その成果を『コロナ下の世界における経済・社会を描く』(同文舘、20219月)として上梓した。本稿は、同書の内容をベースに、その後の展開も加味して再構成している。

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ロックダウン解除直後の閑散とするパンテオン広場から望むエッフェル塔

新型コロナパンデミックの衝撃

 新型コロナ感染症が中国武漢で最初の集団発生を起こしてから2年が経過した。WHOがパンデミックを宣言して19ヶ月後の、20211211日現在、世界の累計感染者数は27000万人、死者数は530万人に達している。とくに感染者の多い米・英・仏では、全人口のすでに68人に一人が感染した計算になる。この冬に入ってからも新たな感染拡大の波を迎え、連日、4万〜12万人の新規感染者が出ている。それでも重症患者や死者がさほど増えないこともあって、以前のロックダウンのような強い公衆衛生介入は行わず、ウィズコロナ戦略にシフトチェンジしている。

 対する日本では、感染第5波が20218月末にピークアウトした後は感染者数が急減し、かなり抑えられた状況が続いている。しかし新たに出現したオミクロン株をWHOが「懸念すべき変異株(VOC)」に指定すると、直後の1130日に水際対策のさらなる強化に踏み切った。感染状況やワクチン接種の如何を問わず、全世界を対象に外国人の入国を全面禁止する措置である。そうした日本政府の姿勢は、あたかもゼロコロナを目指しているかのようで、先進国の中ではその異質さが際立っている。WHOはこの措置を不合理と批判し、渡日を心待ちにしていた外国人留学生や技能実習生、ビジネスパーソンらを落胆させた。

 新型コロナは公衆衛生の危機であるとともに、経済や企業活動にも深刻なダメージを与えた。感染者や濃厚接触者の隔離、ソーシャルディスタンシングにより、多くの国で消費が落ち込み、経済活動を止めたり大幅に制限したりする必要に迫られた。こうした需要と供給の複合ショックは、負のスパイラルを描きながら増幅していった。

 また今日のグローバル化経済では、多くの産業で、原材料・素材の調達から加工、部品生産、組立、販売に至るサプライチェーンが国境をまたいで構築されている。そうしたグローバルなサプライチェーンが、感染拡大による国際物流と人流の停滞により寸断された。さらには、サプライチェーンの川上で供給ショックが起きると,部品調達が滞って,他国にある川下部門の生産が立ち行かなくなる。サプライチェーンの終端の最終需要が落ち込むと,減産の影響は,外国の川上の生産活動にも及ぶ。経済ショックの「サプライチェーン伝染」である。今日,多くの業界では,サプライチェーン・マネジメント(SCM)の導入により各工程でのリードタイムの短縮,工数削減,在庫の適正化を連動させ,プロセス全体を最適化する動きが進んでいる。それゆえサプライチェーンのどこかでわずかなショックが加わると、部品供給が滞ってたちまち生産全体がストップしてしまう。

 寸断されたサプライチェーンを復旧して、ショックへの対応力を高めた強靭(レジリエント)なものへと作り変える。それが経済と企業にとって喫緊の課題である。またコロナ危機は持続可能(サステイナブル)な社会に向けた取り組みを加速する契機ともなった。地球環境負荷や人権問題などの社会的費用を内部化して、真に経済的な形でグローバルな生産ネットワークを再構築することが求められている。

奇妙で残酷な行動原則

 治療法が確立しない限り、ワクチン接種と並んで、ソーシャルディスタンシングとマスクや手洗い、消毒などの感染予防策の徹底が、世界共通のコロナ対策となった。しかしこれらは、考えてみれば、なんとも奇妙で残酷な行動原則であることがわかる。ソーシャルディスタンシングは、私たちを友人や同僚、コミュニティ、ときには家族からも物理的に引き離す。人と人とのつながりを引き裂き、私たちを社会的に孤立した状態へと追いやるからである。

 マスクの着用も、日本では抵抗ないが、自我が確立し個人主義が徹底している欧米諸国では異なる。布切れで顔の大部分を覆い隠すのは個人のアイデンティティを消滅させ、対人コミュニケーションを妨げる。公衆場面での着用は不気味で、不快感を催させる。また親交の証としての握手や、友人や家族との間でのビズ(頬と頬と左右交互に触れ合うキス)などの身体的コンタクトは、「つながり」を確認する習慣として、とくに大陸欧州では生活の中に染み付いている。したがって、これら感染予防措置が強制されることへの抵抗感は強く、人と人との関係が希薄化することへの怖れは日本人の想像を絶するほど大きい。

 ステイホームについても同様である。それは、私たちの直接の祖先であるホモサピエンスが6万年前に世界大移動の旅に出て以来、脈々と受け継がれてきた「移動するヒト」としての根源的欲求すら認めないことを意味する。新たな機会や出会いを求めて自由に移動するとは、極めて人間的な営みである。それが否定され、基本的・生理的欲求が抑圧され続けると、たとえウィルスから身を守ることができたとしても、その代償として心身の健康を危険に晒すことになりかねない。

 欧米では、外出や移動の制限は自由権の侵害とする抗議活動や訴訟が各地で起きている。マスクの強制や義務的ワクチン接種、接種証明書の導入に反対するデモや、大勢がノーマスクで密集して路上パーティに興じる姿も、日本のメディアではおなじみの光景となった。彼の地のこうした行為に、公徳心の欠如と眉をひそめる向きは多いが、これらもすべて、人間の本性や根源的欲求を奪うウィルスに対する私たちのささやかな抵抗であり、不条理さへの魂の悲痛な叫びであることは忘れてはならない。そうした人間の尊厳をかけたレジスタンスの連帯でさえ、子孫繁栄のチャンスと見て付け入り、感染クラスターに変えてしまうウィルスのなんとしたたかなことか。やはりこれはまさしく戦争である。

waseda_1220_img_3.jpg医療従事者によるデモと不測の事態に備える憲兵隊(ポール・ロワイヤル通り)

あたらしい生活様式と対人関係のパラダイムシフト

 コロナ禍で突如として社会のルールとなった行動原則により、私たちの生活は一変した。外食は、デリバリーサービスの利用や自宅での料理、個食にとって代わられた。日々のリアル店舗での買い物からネット通販への流れが加速し、モノの所有に代わってサブスクリプション方式でコト消費する時間が急増した。大学の授業はオンラインに切り替わり、会社ではテレワークやリモート会議が広まった。

 こうしたあらたな生活様式は、コロナが収束した後でも、すべてが元に戻ることにはならないであろう。デジタル化が進展する現代社会の中で、コロナ以前からすでに起きつつあった変化が少なくないからである。また、コロナ以前のノーマルからすればアブノーマルにしか思えなかったことでも、継続するうちに習慣化して、ありふれた日常になっていく。そして広く社会の構成員がその日常を受け入れることで、共有された集合的な慣習が形成され、ニューノーマルとして定着していく。

 人と人との関係が物理的に絶たれるとは、見方を変えれば、関係性が距離に依存しなくなったことでもある。今日、私たちはインターネットのおかげで、距離を超えて、国境や文化などのあらゆる境界を超えて、いつでもどこでも自由につながれるからである。もちろん対人関係の中にはオンラインではつながりにくいものもある。おしゃべりや、ブレインストーミング、飲みニケーション、旅先での出会い、スポーツや音楽などのライブイベント、恋人との親密さなどは、インタラクティブな情報や思考のやり取りで、非言語的で、五感を使ったコミュニケーションである。その場の空気感とか臨場感とかアナログ情報が満載で、オフラインで直に時空間を共有しないと成立しにくい。

 こうしたバーチャル空間での再現が難しいとされてきた人間関係が、コロナ禍で強制的にオンライン化実験に挑まされた。その実験過程で、真にリアルでしか実現できないものと、もはやリアルである必要のないものとの仕分けが進んでいくのであろう。リアルの価値が再確認された対人関係については、パンデミックが収束したときにはその反動で、リアルの関係を取り戻す力が強く働く。しかしオンラインでも十分に代替可能なものについてはリアルの価値は急速に低下して、バーチャルへの切り替えが加速的に進むであろう。

 オンラインのバーチャル空間とコロナ禍で制約をうけたリアルの空間が併存する世界で、2つの空間を行き来しながら、あるいは両者を使い分けたり組み替えたりしながら、人と人とのつながりを紡ぎ直していく作業が進んでいくに違いない。

waseda_1220_img_4.jpgロックダウン解除を祝うジャズクラブの路上パフォーマンス(カルチェラタン)

日本社会に漂う閉塞感

 ワクチン接種が2020年末にスタートしたときに私たちが抱いたコロナ収束への期待は、その後のデルタやオミクロンなど、感染力の強い変異株の相次ぐ登場で大きく揺らぐこととなった。しかしだからといって、水際対策の徹底で海外からのウィルスの流入阻止を鉄則とする日本の対策は、江戸時代の鎖国に戻るようなもので、時代錯誤である。今後も新たな変異株が出現するたび、海外で感染流行が起こるたびに、日本は国境を閉ざし続けるというのであろうか。新型コロナ感染症がパンデミック(世界的大流行)であること、今日の私たちがグローバル化社会に生きていることを前提とすると、日本政府の政策もそれを支持する国民の姿勢も、誤った方向を向いていると言わざるをえない。

 つまり新型コロナ感染症は地球規模でのイシューであり、パンデミックの収束には国際協力と協調が不可欠ということである。とりわけワクチン接種が大幅に遅れている発展途上国に対して、ワクチン供給と検査体制の整備を手助けし、教育と啓発活動を通じて衛生の徹底とワクチン接種を促していくことは喫緊の課題である。また貿易と投資を通じて途上国経済の成長と開発を支援していくことも欠かせない。

 この点で、日本のコロナ政策はきわめて内向きで、グローバルなイシューの解決にはほとんど役立たないであろう。単純な水際対策の強化はグローバル化経済・社会に逆行するものであり、貿易立国である日本にとって自らの首を締めることに等しい。人流の抑制はビジネス関係の海外出張や派遣の妨げとなり、多国籍企業の活動を制限し、ひいては輸出入を停滞させる危険がある。

 海外での感染流行時に国境を全面封鎖するのでなく、流行国・地域についてはともかくも、それ以外の人流にはスクリーニング検査と感染者の隔離、濃厚接触者の追跡などの積極的疫学調査で感染の広がりを抑える。国内での感染再拡大に備えて医療体制の拡充を図りながら、治療法の開発やウィルス自身の弱毒化などでパンデミックの収束を辛抱強く待つ。その間、リスクゼロの幻想を求めるあまり過度の行動制限や自粛要請に訴えるのではなく、経済と社会も回していく。そして被害に苦しむ国や人々に寄り添い、共感し、支援する。そうしたネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない事態に耐える力)こそが、ウィズコロナ時代の日本に求められる態度といえよう。

 ソーシャルディスタンシングやマスク、ステイホームといった奇妙で残酷な行動原則が、緊急避難的な措置であったことについても、私たちは今一度思い起こす必要があろう。この点でも、日本の現状はガラパゴスである。2021年秋以降、世界でも突出して感染状況が落ち着いているにもかかわらず、日本だけが経済回復に乗り遅れている。その背景には、リスクゼロの掛け声と、それに呼応する国民の無批判的な自粛がある。

 既述したとおり日本ではマスクへの抵抗感が薄いばかりか、積極的に受容れる人も少なくない。人の視線を過度に気にする傾向が、他人がするからという同調圧力として働く。バッシングを怖れるあまり、誰もいない屋外でもマスクを外せない。素顔を見られることに自信がなく、マスクで覆い隠すことで匿名性を手に入れ、安心感を覚える。ある民間企業の調査によると、コロナ収束後も多くの日本人が自主的にマスク生活を続けたいと回答したそうである。マスクを下着に例えて着用するのはエチケット、などという「顔パンツ」論がネット上で話題となったが、露出した顔をさらすのは公序良俗に反するとして制裁を受けるようなディストピア的社会の到来も、あながち現実離れした話と言い切れないかもしれない。しかし日本以外の多くの国では、マスク姿は異様で不気味に映ることを忘れてはならない。顔を隠したままのコミュニケーションは味気なく、人間関係を希薄化させる。他者の気持ちを理解しない、共感を欠いた社会につながりかねない。

長谷川 信次(はせがわ・しんじ)/早稲田大学社会科学総合学術院 教授

パリ第1大学(パンテオン−ソルボンヌ)大学院博士課程修了(経営学博士)。早稲田大学社会科学部専任講師、助教授を経て、1999年より現職。専門は国際経営、多国籍企業。リヨン第3大学招聘教授、パリ政治学院(Sciences Po)、パリ第7大学(ディドロ)訪問教授などを歴任。

【主著】
コロナ下の世界における経済・社会を描く−ロックダウン・イン・パリ体験を通して』(編著)同文舘出版(2021年)
『ケースに学ぶ国際経営』(共著)有斐閣(2013年)
『多国籍企業の内部化理論と戦略提携』同文舘出版(1998年) ほか。