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竹村 和久(たけむら かずひさ)/早稲田大学文学学術院教授  略歴はこちらから

新型コロナウィルス感染症への社会的注目の心理学

竹村 和久(たけむら かずひさ)/早稲田大学文学学術院教授
2020.12.14

 この原稿を書いている2020年10月現在も新型コロナウィルス感染症(COVID-19)流行が世界的な規模で起こっている。わが国でも2020年から感染が拡大し、同年4月には政府による緊急事態宣言が出されて、多くの国民は自粛生活を送ることになり、今も早稲田大学をはじめ多くの大学は主にオンラインによる教育体制になっており、対面形式の授業は一部しか再開されていない。また、広く社会を見渡すと、新型コロナウィルスの流行とともに,新型コロナウィルスのリスク(危険性)に関するコミュニケーションが、政府や自治体や種々の組織においてなされている。本稿では、人々がどのようにこの感染症に注目していたかについて、これまでの我々の研究などをもとにしながら、新型コロナウィルス感染症の社会的注目についての心理学的考察を行い、今後のリスクコミュニケーションのあり方についての意見を述べたい。

感染症への社会的注目の心理学と認知モデル

 犯罪、自殺などの社会的事象や景気などの経済事象の変化についての判断は、しばしば実際の社会的統計と異なることが指摘されており、種々のリスク事象についても実際の統計と異なる判断がなされやすいことが報告されている[1]。 今回の新型コロナウィルス感染症のリスク認知に関しても同様のことが言える。近年では、『Science Advances』、『Science』などの科学学術雑誌にも、新型コロナの心理反応や行動反応についての研究が発表され始めている[2,3]。

 我々の研究でも、新型コロナウィルス感染症などの社会的事象への注目がどのようになされるかについての一つの可能性を指摘するモデルを提案してきた[4,5,6]。基本的な仮説は、社会的事象への注目率は、社会的事象の統計量だけでなく、時空間における変化に関する指標(速度・加速度など)に応じても決まるということである。

 つまり、新型コロナウィルス感染症などの事象への注目率は,刻々と変化しているだけでなく、これまでの変化の履歴に影響を受けると考えており、時点 t における事象 i への注目率 Pi(t) は、代替事象 j との比較で決められる。ただし、ある事象への変化検出についての心理物理量 U の大小関係によって決まる確率変数となる。また、この心理物理量 U は、社会的事象のその時点での量的指標、速度、加速度と個人の傾向、さらにある確率的に変動する誤差項によって規定されると考える。

 簡単にするために2つの事象の認知モデルで考えると、Pi(t) = p(Ui(t) > Uj(t)) となる。このような認知モデルの数理モデルを開発し、感染症の数理モデルとの対応や他の心理モデルとの比較を考え、時間的要因や社会的要因を取り入れた行動変容モデルを開発している。

 ここで、この認知モデルについてもう少し詳しく説明する。ある社会的事象 i に対するある時点 t での注目率を Pi(t) とし、Ui(t) を事象 i についてのインパクトの心理物理量、Uj(t) を事象 j についてのインパクトの心理物理量とすると、Ui(t) Uj(t) の式は以下のとおりとなる。そして、心理物理量の大小比較で、Ui(t) Uj(t) を勝る確率が、事象 i への注目率となる。

Ui(t) = αxi(t) + βvi(t) + γai(t) + di + ϵi

Uj(t) = αxj(t) + βvj(t) + γaj(t) + dj + ϵj

Xi(t) は時刻 t における事象 i に関する物理量、vi(t) は時刻 t における事象 i に関する物理量の変化速度、ai(t) は時刻 t における事象 i に関する物理量の変化加速度を表している。
α,β,γ はそれぞれの変数のパラメータを表している。
di は個人の持つ判断傾向、εi は判断の誤差項を表している。

 この認知モデルの要点は、新型コロナウィルス感染症などの社会的事象の注目率は、客観的データに依存するだけでなく、その履歴や変化パターンに依存するということである。例えば、急に感染者が増加すると、実数はそれほど多くなくても、人々は社会的注目をすることが予測できるのである。

新型コロナウィルス感染症への社会的注目のデータ分析から言えること

 上記のモデルに基づいて、我々は、新型コロナウィルス感染症への社会的注目に関するデータを分析した[6]。新型コロナウイルスのPCR 検査陽性者数(単日)は、厚生労働省にて公開されているデータ (https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html) を用いた。公開されていたデータの期間は、2020116日から2020731日であった。記事数は、朝日新聞記事データベース「聞蔵」から、日ごとの記事数を取得した。検索日は202081日で、検索キーワードはいろいろと試みた結果、「コロナ」とし、検索の対象期間は202019日から2020731日とした。検索量は、Google Trends (https://trends.google.com/) から取得した。分析の結果、実際の検索数が、陽性者数や記事数そしてそれらの速度・加速度の影響を受けていたことが示された。また、分析結果から、記事数よりも、実際の陽性者数が検索量に影響を与えていたことが示唆された。このことは、人々が陽性者数やその増減に注目していることを示唆しており、これまでの新型インフルエンザやその他の社会的事象の分析結果[4,5]と異なっていた。

 これまでの報告された陽性者数の推移とGoogle Trendsの最近までの結果を示したが(図12)、夏以降にさらに陽性者数が増加している割には、検索数はそれほど増えていないことがわかり、ある程度、人々の関心が弱くなっていることを示唆している。

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図1 新型コロナウィルス感染者数の推移(日本テレビが厚労省のデータをもとに作図)
https://www.news24.jp/archives/corona_map/index3.html

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図2 「コロナ」の検索パターンの推移
https://trends.google.co.jp/trends/?geo=JPより作図)

 これらの分析だけでなく、我々は、感染症の認知と行動に関する判断場面を実験的に作り、意思決定の過程を検討する情報モニタリング法、眼球運動解析、選択実験を行っているが(図3)、認知モデルの速度項や加速度項が、判断結果に影響していることを示唆している。

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図3 視線解析による認知モデルの研究のイメージ

リスクコミュニケーションへの意見

 我々は、新型コロナウィルス感染症への注目がどのようになされるかについての一つの可能性を指摘するモデルを提案しており、その基本的な仮説は、社会的事象への注目率は、社会的事象の統計量だけでなく、時空間における変化に関する指標に応じても決まるということである。この研究にはまだ十分検討すべき点があり、方法論的な限界があるが、分析結果から、新型コロナウィルスについての情報検索から伺える人々の社会的注目は、情報の提示のされ方やその順序パターンによって影響を受けていることが示唆され、客観的な指標だけでない要因に影響を受けることが示唆される。このことから、新型コロナウィルス感染症のリスクコミュニケーションにおいてもこれらの要因を十分に考える必要があると考える。

 政府やメディアは、新型コロナウィルス感染症の陽性者数や死亡者数などを克明に報道しているが、一方でリスク比較のための他の感染症や疾病、事故などとのリスク比較の情報をほとんど流していない。通常のリスク情報は、他の疾病、事故などのリスクとの比較情報を報道することが基本だが、今回はほとんどこのことが守られておらず、このことが、人々のリスク認知にバイアスをかけ、偏見や差別などを助長している可能性があるかもしれない。人々のリスク認知や意思決定は、必ずしも客観的確率とは対応しない[1, 7]。特に新規なリスクには、過剰に反応する傾向がある[1]。今回の新型コロナウィルス感染症の問題についても、人々のリスク判断において、他の疾病や事故などのリスク比較を行うと、そのリスクが過大に推定されており、平常より意思決定にバイアスがかかっている可能性が十分考えられる[8]。

 リスクコミュニケーションにあたっては、まずは情報源の信頼と、科学的で政権に忖度しない独立性を持った専門家の提言が重要であり、現在の政府関係者の取り組みは、議事録を残さない、自粛要請やその他の政策の科学的根拠を十分合理的に説明せず、科学者の権威のみによって国民に納得させるような手法をとるなど、改善の余地が大いにある。いくら詳しい内容の情報を提示しても、上記の条件がないと、人々には伝わらない。

 専門家は必ずしも同じ意見を持っているとは限らず、いろいろな専門家の意見を聞くことが大事であるが、政府は、専門家の多様性をあまり考慮してないように思われる。さらに、政府関係の専門家に同業者は批判をしない傾向があり、独立性を歪めている可能性があるので、関連学会の研究者による独立した批判や提言が期待される。また、政府に対する独立的立場で、政策提言や政策的示唆を行うことが社会的に期待されている政府機関の日本学術会議にも、8割行動自粛要請なども含めた今回の政府の新型コロナウィルス感染症対策やリスクコミュニケーションについての評価や具体的提言をする義務があると思われる。

 今回の新型コロナウィルス感染症問題のリスク情報やリスク評価を、政府・政府関係の専門家・メディアは、政策や提言の科学的根拠を残念ながらまだ十分に市民に伝えていない点があるので、今後の改善の余地が大いにあるだろう。また、科学や学問を究める場でもある大学には、世間の評判を怖れ、いたずらに人々の認知的反応や感情的反応に対応した教育・研究体制を続けることがないことを期待したい。


参考文献

[1] Slovic, Paul: Perception of risk. Science, Vol. 236, Issue 4799, pp. 280-285, 1987.
doi: https://doi.org/10.1126/science.3563507
[2] Holman,Alison, et al.: The unfolding COVID-19 pandemic: A probability-based, nationally representative study of mental health in the United States, Science Advances 14 Oct 2020: Vol. 6, no. 42, eabd5390
doi: https://doi.org/10.1126/sciadv.abd5390
[3] Metcalfl,Jessica, et al.: Mathematical models to guide pandemic response Science 24 Jul 2020,Vol. 369, Issue 6502, pp. 368-369
doi: https://doi.org/10.1126/science.abd1668
[4] 竹村和久・羽鳥剛史・藤井聡:社会的事象の変化検出と注目率に関する数理モデルと計量分析,日本社会心理学会第50回大会論文講演集,pp.172-173,2009.
[5] 羽鳥剛史・竹村和久・藤井聡: 社会的事象の変化検出に関する実験と計量分析 日本社会心理学会第51回大会発表論文集,pp.126-127, 2010.
[6] 竹村和久・玉利祐樹・井出野尚 新型コロナウィルス感染症の社会的注目に関する心理的要因―感染者数の加速度と速度の検討―,第11回横幹連合コンファレンス発表論文集,統計数理研究所, 2020.
[7] Takemura, Kazuhisa: Behavioral decision theory, In Oxford research encyclopedia of politics, Oxford: Oxford University Press,2020.
doi: https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190228637.013.958
[8] 公益社団法人土木学会土木計画学研究委員会「新型コロナウイルスに関する行動・意識調査」の実施と結果報告(速報)について(2020年10月22日更新),2020.
https://jsce-ip.org/2020/10/22/covid19-survey/

竹村 和久(たけむら かずひさ)/早稲田大学文学学術院教授

 早稲田大学文学学術院教授,早稲田大学意思決定研究所所長,早稲田大学理工学術院総合研究所兼任研究員.東京工業大学 博士(学術)北里大学 博士(医学).筑波大学大学院システム情報工学科助教授,カーネギーメロン大学社会意思決定学部フルブライト上級研究員などを経て現職.現在,日本行動計量学会理事・欧文誌編集委員,日本社会心理学会常任理事,日本感性工学会理事・編集委員, 行動経済学会編集委員,日本理論心理学会理事・編集委員長, 国際応用心理学会(IAAP)フェロー.専門領域は,行動意思決定論,経済心理学,社会心理学,行動計量学.

主な著書:
Takemura, Kazuhisa., Behavioral decision theory, In Oxford research encyclopedia of politics, Oxford: Oxford University Press, 2020.
 doi: https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190228637.013.958
Takemura, Kazuhisa. Foundations of economic psychology: A behavioral and mathematical approach, New York: Springer, 2019.
Takemura,Kazuhisa, Behavioral decision theory: Psychological and mathematical descriptions of human choice behavior, Tokyo:Springer, 2014.
竹村和久(編著) 社会・集団・家族心理学 (公認心理師の基礎と実践),遠見書房,2018.
竹村和久・藤井聡 意思決定の処方 朝倉書店,2015.
竹村和久 行動意思決定論―経済行動の心理学 日本評論社,2009.