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岡本 悠子(おかもと・ゆうこ)/早稲田大学高等研究所 講師(任期付)  略歴はこちらから

自閉スペクトラム症のダイバーシティー&インクルージョンの推進

岡本 悠子(おかもと・ゆうこ)/早稲田大学高等研究所 講師(任期付)
2021.4.26

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図1: U21 Autism Research Network

著者は自閉スペクトラム症(ASD)の運動感覚特性の発達や個人差について心理・神経科学研究を行っており、2020年度よりASDのダイバーシティー&インクルージョンを推進する国際連携 (U21 Autism Research Network※1)に参画している(図1)。現在のASD研究は医師や研究者主導で行われることが多く、当事者の希望が十分に反映されないなどの課題がある。このような現状を打破するため、20214月にこの国際連携はイベント「Let's talk about Autism: Diversity and Inclusion」を開催し、当事者や家族が、経験談を語り研究に対する希望を伝えるパネルディスカッションが行われた(https://bit.ly/3wwVrSp)。本稿では、同イベントを通じて浮かび上がった課題と著者の研究への適用性について私見を述べたい。

当事者としての経験と多様性

周りの方から見たASDではなく、自分自身が思っていることを知ってほしいと願うASD者は少なくない。イベントではASD者が自ら当事者としての経験と多様性を伝えるセッションが企画された。

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図2:ビデオ作成・翻訳を担当した髙橋徹助教

ASDであることの喜びと課題」というテーマで当事者の経験談を伝えるビデオもそのひとつである。早稲田大学人間科学学術院・髙橋徹助教(図2)はビデオ作成にあたり小説の好きな方にチャット形式のインタビューを行った。「詩的な表現で経験談を聞くことで、その才能に自然と尊敬の気持ちが湧くとともに、彼のことをもっと知りたいと思った。11人の体験を聞くことで、ASDというラベルを貼って理解するのではなく、その人の中にある個性や魅力に気づいてもっと知りたいと感じるという循環が生まれた」と、髙橋助教はイベントの運営によって自身に芽生えた感情を語った。ある女性の当事者からは幼い頃から大人しく周囲に迷惑をかけなかったため、大きくなるまで気づかれずに精神科で治療を受けた経験が紹介された。ASDは女性よりも男性に多く、女性のASD者は特性が目立たない事が多いため、診断が遅れたり見逃されたり、適切な支援を受けられないことが懸念されている。ASDの中の少数派へ目を向けることの重要性が当事者の経験談からも見えてきた。

研究の方向性・体制

別のセッションではASD研究の方向性・研究体制について議論がなされ、人種や性別、知的障害の有無を含めた多様性(個人差)をテーマに当事者のニーズにそった研究を行う重要性と、研究者やコンサルタントとして当事者が研究に参加する利点が指摘された。

ASDの個人差やその背景にある脳の違いは少しずつ解明されつつあり、著者の過去の研究でもASDの脳活動に個人差があることを報告してきた。ASD者の中には手のひらを自身に向けてバイバイする方が多く、動きを真似するときの視点(人からどう見えるか)の変換方法が定型発達者※2と異なるといわれている。著者の研究では、手の写真を自分の身体を見るような一人称視点と他人の身体を見るような三人称視点で見たときの脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)※3を使って計測し、ジェスチャーの模倣の正確性と関係するか調べた。その結果、他者の視点を取り入れることに関わる下頭頂小葉・小脳の活動と模倣の正確さとが相関することがわかった(Okamoto et al. 2018, 図3)

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3: ASDの個人差を生む脳活動

fMRI研究は診断・治療法の確立を目指して行われるだけではなく、行動の違いがなぜ起こるか理解することにも役立つ技術である。今後、当事者の多様な経験と共に個人差を裏付ける基礎研究の知見を紹介することで、わがままや失礼といった発達障害に対する誤解を減らし、一人一人のASD者に関心を持つきっかけにつなげていきたい。

他方で、社会や文化の違いに気をつけながら国際連携を行う必要性も感じた。例えば、パネリストから当事者のニーズに基づくスティグマ研究の重要性が指摘された。この分野の研究には人々が持つASDに対するネガティブな感情の評価とそれに対する介入法の開発が含まれる。重要なテーマではあるが、直接的な表現で主張することが多い欧米と直接的な表現を控える日本では、スティグマそのものやスティグマを持つことへの批判に対する人々の受け取り方も異なると考えられる。心理学・神経科学だけでなく、教育学・社会学などの研究者にも意見を伺い慎重に進める必要性があると感じた。また、コンサルタントとしての当事者の研究参加も同様で、文化によって議論の仕方が異なる点が課題になるだろう。

ダイバーシティー&インクルージョンの推進

論文や教科書で書かれる典型的なASD像とは異なる『当事者の多様な経験』に触れることでASDを深く理解し、当事者に寄り添った研究とはなにか考えること。研究を通してさまざまな立場のASD者が特性を持ったまま生きることのできる社会をつくることが、本国際連携が目指す未来である。日本に住む当事者や家族は本イベントの出演者と同じような経験や希望を持つのだろうか?それとも違う思いがあるのだろうか?国や地域をこえて当事者や家族、支援者を交えた対話の中で、ダイバーシティー&インクルージョンを推進する方法を模索していきたい。


【注釈】
※1 早稲田大学が加盟する国際研究大学コンソーシアムであるUniversitas 21によるResearcher Resilience Fundに基づき6大学(バーミンガム大学(英国)、コネチカット大学(アメリカ)、オークランド大学(ニュージーランド)、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)、マクマスター大学(カナダ)および早稲田大学)によって形成された国際ネットワーク事業。https://www.u21autismresearchnetwork.co.uk/
※2 定型発達者: ASDADHDなど発達障害を持たない人
※3 機能的磁気共鳴画像法(fMRI): MRI装置を使って、神経活動に伴う脳の血流・代謝の変化をもとに脳機能を調べる手法

【文献】
Okamoto et al. Altered perspective-dependent brain activation while viewing hands and associated imitation difficulties in individuals with autism spectrum disorder, Neuroimage: Clinical, 2018

岡本 悠子(おかもと・ゆうこ)/早稲田大学高等研究所 講師(任期付)

2008年順天堂大学スポーツ健康科学部卒業、総合研究大学院大学(自然科学研究機構生理学研究所)、鳥取大学研究員、福井大学助教、株式会社ATR-Promotionsを経て2020年より現職。

専門は、自閉スペクトラム症、認知神経科学、発達心理学など。プロジェクトに関心がある方はご連絡ください。