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大河内 博(おおこうち・ひろし)/早稲田大学理工学術院・創造理工学部教授  略歴はこちらから

地球表層を巡るプラスチック

ーアースドクターの診断ー

大河内 博(おおこうち・ひろし)/早稲田大学理工学術院・創造理工学部教授
2020.7.27

 私の専門分野は環境化学です。環境化学は自然界の物質循環に及ぼす人間活動の影響に着目し,環境問題の解決を目的とした新しい学問分野です。医者が人を診断・治療するように,地球を診断して治療するアースドクター(地球医)を目指しています環境化学の視点からマイクロプラスチックに焦点をあて,プラスチックゴミ問題を考えてみたいと思います。

新型コロナによりプラスチックゴミが急増

 プラスチック生産量は1950年以降に急激に増加しており,2050年には400億トンに達すると推計されています。その結果,河川を通じて大量の海洋ブラスチックゴミが発生しています。総生産量の約10 %が海洋プラスチックゴミとなると言われています。現在,海洋プラスチックゴミは持続可能な開発目標(SDGs)に取り上げられ,削減が世界的潮流となりました。日本でも2020年7月1日からレジ袋が有料化されました。
 しかし,コロナ禍による在宅学習・在宅勤務により宅配やテイクアウトが盛んになり,プラスチック容器ゴミが急増しました。また,不織布マスクの使用も急増しました。その9割はプラスチックです。月間推定で1290億枚のマスク,65億枚の手袋が世界全体で使用され,不適切管理により新たな環境汚染が広まっています(1)。SARS-CoV-2ウイルスはプラスチック上で最大3日間生存​​するためプラスチックゴミが媒介物となり,公衆衛生リスクをもたらしています。

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図1 コロナ禍によって廃棄されたプラスチックゴミ
(Prata et al., Environ. Sci. Technol., Just Accepted Manuscript (12 Jun 2020), DOI: 10.1021/acs.est.0c02178)

プラスチックゴミ対策

 プラスチックゴミ削減策の基本は3R(Reduce,Reuse,Recycle),すなわち,ごみを減らし(発生抑制),何度も使い(再使用),使えなくなったら資源に戻す(再資源化)ことです。リサイクルにはマテリアル,ケミカル,サーマルリサイクルがありますが,国内の大半がサーマルリサイクルです。サーマルリサイクルはプラスチックを燃やして熱エネルギーとして再資源化するものであり,地球温暖化防止策として期待されています。これがリサイクルと呼べるのか?という議論は廃棄物専門家に譲ります。
 バイオプラスチックの活用も提唱されています。バイオプラスチックは生分解性プラスチックとバイオマスプラスチックの総称です。しかし,生分解性プラスチックが環境で分解されるには長い年月がかかります。水中で一年間に完全分解するのはポリ乳酸だけで,他の生分解性プラスチックはほとんど分解しません。バイオマスプラスチックはバイオマス(有機資源)から製造されていますが,環境中で分解するわけではありません。
 最近は口紅にマイクロビーズ,柔軟剤などに香りを閉じ込めたマイクロカプセルなどが使われています。後者はマイクロカプセル香害と呼ばれ,多くの方が苦しんでいます。また,合成繊維素材から繊維が乖離して洗濯機一杯分で70万個のマイクロファイバーが放出されるとの推計があります。マイクロプラスチックの使用削減とともに下水処理場での除去効率化,微生物を用いた環境浄化技術も検討されています。

大気中を浮遊するマイクロプラスチックはヒトの健康や地球環境に影響を及ぼす

 直径5 mm以下のプラスチック片の総称であるマイクロプラスチック(microplastics: MPs)を海洋生物が誤食していることが報道されていますが,ヒトも大量のマイクロプラスチックを摂取しています。米国の推計では,飲食と呼吸が同程度で年間に合計7万〜12万個,ペットボトル水で年間9万個のMPsを摂取しています。飲食によりMPsを摂取しても体内から排出されますが,吸入して肺に達すると長期間留まることになります。プラスチックには添加剤や大気中有害化学物質を濃縮している可能性が高く,健康リスクが懸念されています。2016年に大気中に浮遊しているマイクロプラスチック(Airborne microplastics; AMPs)の存在が確認され,その後,欧州と中国で報告されています。プラスチック分解速度は水中よりも空気中で数十倍速く,分解過程で温室効果ガスのメタンが放出されたり,雲を作る核となることも指摘されています(図2)。AMPsは気候変動や水循環など地球規模で影響を与える可能性があります。私たちは国内ではじめてAMPs研究に取り組み,都市大気,熱帯大気,自由対流圏大気中にAMPsが存在していることを突き止めました(図3)。自由対流圏におけるAMPsの存在は,大気を通じた地球規模汚染を示唆しています。
 最近,海洋から大気へMPsが放出され,陸域へ年間約14万トン飛来するとの報告がありました。プラスチックゴミの終着点は海洋ではなく,地球表層を循環しているのです(図4)。今後,国際連携をしつつ,AMPs問題に産学官連携のオールジャパン,ワンチームで取り組んでいきます。

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図2 大気中マイクロプラスチック健康および環境リスク

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図3 富士山頂で見つかった大気中マイクロプラスチックの一例

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図4 大気中マイクロプラスチックの想定される起源と動態

大河内 博(おおこうち・ひろし)/早稲田大学理工学術院・創造理工学部教授

1965年神奈川県生まれ。1989年早稲田大学理工学資源工学科卒業。1991年東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程・化学環境工学専攻修了。神奈川大学工学部助手,英国イーストアングリア大学博士研究員,東京都立科学技術大学工学部助教授,首都大学東京都市環境学部准教授,早稲田大学理工学部助教授,同創造理工学部准教授を経て,2008年より同創造理工学部教授。2010年より2014年まで同創造理工学部教務副主任(入試・広報担当),2014年より2016年まで同理工学術院長補佐(企画・国際化担当,入試・広報担当)を歴任。大気環境学会理事を経て,現在は日本環境化学化学会理事,認定NPO法人富士山測候所を活用する会副理事長。

著書に「地球・環境・資源ー地球と人類の共生を目指して」(共立出版),「越境大気汚染の物理と化学」(成山堂),「大気環境の事典」(朝倉書店),「東日本大震災と環境汚染」(早稲田大学ブックレット)など。

コロナ禍により富士山頂観測ができずクラウドファンディング実施中(https://camp-fire.jp/projects/view/292580)。