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中林 美恵子(なかばやし・みえこ)/早稲田大学社会科学総合学術院社会科学部教授  略歴はこちらから

パンデミックが生む米国の財政赤字と国民の関心

中林 美恵子(なかばやし・みえこ)/早稲田大学社会科学総合学術院社会科学部教授
2020.5.25

 新型コロナウイルスが猛威をふるう中、米国は多大な犠牲を払って現在に至っている。5月中旬の段階で感染者は150万人に達し、死者も9万人を超えた。3月に始まった外出規制による経済的ダメージは、国民生活に打撃を与えており、半年後に控えた大統領選挙および議会選挙に向けて、最大の政治的課題になっている。巨額の財政出動は必然であり、財政赤字は第二次世界大戦中に匹敵すると考えられる。いずれは収束するパンデミックだが、歴史的な財政赤字は残る。果たして財政規律議論は復活するのだろうか。

新型コロナウイルスと米国の財政出動

 米国の失業率は、4月に戦後最悪となる14.7%に急上昇した。6月までには一時的に20%を超える可能性も指摘されている[1]。有名なアパレル企業やデパートの倒産も起こった。パンデミックは経済の危機でもある。米議会は超党派で立法に動き、36日に第一弾としてワクチン開発用などに83億ドル、318日に第二弾として失業給付拡充を中心に1,040憶ドル、さらに327日に第三弾として大型経済対策2.2兆ドル(424日には追加措置4,800億ドルが加算された)が、トランプ大統領の署名を得て次々と成立した。現在も、野党の民主党はさらに3兆ドルを上乗せする新しい経済対策を下院で可決してみせ、トランプ大統領も共和党議員たちも内容を変えた経済対策を模索中だ。こちらの財政出動内容は、理念的に共和党と民主党が合意するのは容易でなく、7月の独立記念日前に何とかなれば上出来という声が、5月時点で議会関係者から漏れ聞こえてくる。

 当然ながら、これらの緊急財政措置は財政赤字を増大させる。米非営利組織の Committee for a Responsible Federal Budget (CRFB)の試算[2]によれば、今年度の財政赤字は3.8兆ドル(GDP18.7%)となり、2021年度も2.1兆ドルに上るとされる。それでもパンデミック被害の渦中にある現在は、いつもは財政規律に厳しい非営利組織でさえ、財政出動を躊躇すべきでないと明言する。

国民の財政規律への関心はすでに変化

 220日にピュー・リサーチセンター[3]が発表した調査(201919日から14日にアンケート実施)によれば、国民の財政規律に対する関心は低下している。新年早々のアンケートであり、少なくとも直前の2018年中間選挙では争点にすらならなかった様子がうかがえる。

 アンケートは、財政赤字は大統領および議会にとって、➀最重要、②どちらかといえば重要、③それほど重要でない、④財政均衡はすべきでない、⑤分からない、という5つの選択肢から選ぶ方式である。2019年正月のアンケートで、最重要と回答した人は48%であり、2013年以降最低となった。かつては1994年に65%、1997年にも60%と、高い関心が示されていた。しかしその後起こった同時多発テロによって翌2002年の調査結が35%まで落ち込み、その後は50%台が続いた。オバマ政権時代の2009年から2012年にかけて単年度の財政赤字がいよいよ大台の1兆ドルを超えた頃に重なる2013年には、一時的に72%が最重要と回答したこともあったが、これ以降は関心の低下が続き現在に至っている。特に政党別に見ると、共和党支持者の財政赤字への警戒感低下が著しい。同党に限って言えば、2013年に82%あった財政規律への関心度が2019年に54%まで低下しているのである。

選挙の年と政治の役割

 共和党支持者の財政赤字への警戒感低下は、トランプ政権が誕生した時期と重なる。基本的に共和党は、民主党に比べ財政規律を主張する保守色の強い政党である。2008年、2010年そして2012年の選挙で大きな注目を浴びた共和党内のティーパーティー運動、およびその支援で当選を果たした共和党保守議員たちの財政均衡へのこだわりや大きな政府への反発は、記憶に新しい。しかし伝統的な共和党の政治家でないトランプ大統領が誕生し、共和党支持層による財政規律への関心を変化させている可能性は否めない。共和党議員らも2018年中間選挙の戦略上、発信力が絶大である大統領に引きずられてしまった者が多かった。

 一方の民主党でも、かつてはブルードッグという議員グループに象徴されるような財政規律重視派がいたが、昨今ではバーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員のような大きい政府を目指す左派の声が党内で増大している。2020年大統領選挙に向けて候補者指名が確実になっている中道派のジョー・バイデン前副大統領も、党内左派に大きく配慮する。バイデン氏の政策立案を担う6分野タスクフォースには、左派色の強いオカシオコルテス氏が指名され、予備選で敗北した自称民主社会主義者のサンダース上院議員の影響が色濃い。こうしたリベラル色の強化は歳出拡大を促し、財政規律への関心を当面は遠ざけることにつながり得る。

 かつて財政均衡をトップ公約にうたった近年最大の選挙は、共和党が大勝し保守革命と称された1994年の中間選挙だった。先のピュー・リサーチセンターのアンケート調査とは質の違うデータではあるが、当時の財政規律への熱気は、以下の図ににじみ出ている。これは国民から財務省内の公的債務縮減基金に寄付された金額であり、2019年末の集計も含まれている。寄付が急激に増加した1994年を境に、その熱気と軌を一にした政治が動き、財政赤字は縮小し、ついに1998年に単年度の財政均衡を達成したのである。その後9.11同時多発テロを経て以降、財政均衡は政治的な推進力も失い、均衡そのものがいっさい実現していない。

図1.png
出所:U.S. Department of the Treasury, Bureau of the Public Debtによるデータを元に筆者作成。

 国民の関心が財政規律から遠ざかるのは、パンデミックの時代にあって当然のことだろう。ただし、パンデミックが永久に続かないとすれば、パンデミック後の財政問題はかつて見たことのない巨大赤字額とともに再浮上する可能性がある。もし財政の健全化が必要とされるなら、その政治的な推進力がどこでどのように生まれるのか、米国の過去における経験を吟味しておくのも有益だろう。

 さすがに今年の大統領選挙では、財政規律の議論はどちらの政党からも望むべくもない状況だ。財政規律への関心が政治を舞台に復活するようになるとしたら、それはパンデミック収束後に、国民の関心の高まりが政治を動かす時代ということになりそうである。


[1] ムニューシン米財務長官による5月19日の上院銀行委員会公聴会における発言。

[2] "Budget Projections: Debt Will Exceed the Size of the Economy This Year."CRFB,April 13, 2020.

[3] "Fewer Americans view deficit reduction as a top priority as the nation's red ink increases." Pew Research Center, February 20, 2019.

中林 美恵子(なかばやし・みえこ)/早稲田大学社会科学総合学術院社会科学部教授

埼玉県深谷市の農家に三姉妹の長女として生まれる。大阪大学博士(国際公共政策)、米ワシントン州立大学修士(政治学)。元衆議院議員。米国在住14年間のうち、永住権を得て1992年にアメリカ連邦議会・上院予算委員会スタッフ(米連邦公務員)として正規採用され、約10年にわたり米国家予算編成を担った。『日経ウーマン』誌の政治部門「1994年ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞、1996年アトランタ・オリンピック聖火ランナー。2002年に帰国し、独立行政法人・経済産業研究所研究員、跡見学園女子大学准教授、米ジョンズ・ホプキンス大学客員スカラー、中国人民大学招聘教授、財務省・財政制度等審議会、文部科学省・科学技術学術審議会(評価委員会と国際委員会)、経済産業省(資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会と独立行政法人評価委員会)等の公職、および衆議院議員(20092012)を経て、2013年より早稲田大学准教授、2017年より現職。

【主著】
2004 『日本の財政改革』 東洋経済新報社(共著)
2005
 『シチズン・リテラシー』 教育出版社(共著)
2006
 『新・行財政構造改革工程表』 ぎょうせい出版(共著)
2006
 『世界の市民社会』 大阪大学NPO研究センター(共著)
2008
 『発言力4:小泉内閣検証』 三和書籍(共著)
2009
 『オバマのアメリカ・どうする日本』 三和書籍(共編著)
2012
 『グローバル人材になれる女性(ひと)のシンプルな習慣』 PHP研究所(単著)
2017 『トランプ大統領とアメリカ議会』日本評論社(単著)
2018 『トランプ大統領はどんな人?』幻冬舎(単著)