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久保 豊(くぼ・ゆたか)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教  略歴はこちらから

演劇博物館秋季企画展「Inside/Out─映像文化とLGBTQ+」開催にあたって

久保 豊(くぼ・ゆたか)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教
2020.6.17

 早稲田大学演劇博物館主催の企画展Inside/Out─映像文化とLGBTQ+2020年秋からオープン予定である。本企画展は、第二次世界大戦終戦の1945年から2020年初めまでに公開・放映された映画とテレビドラマを対象に、日本の映像文化がどのように性的マイノリティや同性間の情愛や友愛を描いてきたのかを辿るものである。当初は2020516日〜82日の開催で準備を進めてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受け、開催時期を延期することとなった。

 広告代理店が行なった調査結果をもとに、性的マイノリティの消費活動(レインボー消費)に注目が集まり始めたのをきっかけに、2012年以降、国内では「LGBTブーム」が起こっていると言われている。まるでその「LGBTブーム」を反映するかのように、性的マイノリティ(主にゲイ男性)を主要人物とする映画やテレビドラマの制作本数が次第に増え、2018年には少なくとも10本以上の作品を確認できている。2019年春には、よしながふみ原作の料理漫画『きのう何食べた?』(テレビ東京)がテレビドラマ化され絶大な人気を獲得し、2021年にはシネコンでの映画上映が決定されたのは記憶に新しい。

 このように性的マイノリティを描く映像作品が増加してきた背景には、どのような理由があるのだろうか。その明確な理由を考察するには、製作関係者へのインタビューや製作関連資料に関する緻密な調査が今後求められる。一方では、「LGBTブーム」のもと、これらの作品群における性的マイノリティのイメージは、メディアによって単純に「消費されるもの」「利益につながるもの」の一つとしてマーケット化された可能性はあるだろう。しかし他方で、同性婚の成立に向けた活動など、性的マイノリティの生活や権利の保障をめぐる様々な社会運動の広がりのもと、21世紀に生きる性的マイノリティやその周囲の人々の姿を真正面から描こうとする作家も存在する。

 こうした状況下において本企画展が目指すのは、国内の映像文化が「LGBTブーム」以降にどのような展開を見せていくのかを考えるためのきっかけ作りである。性的マイノリティの存在は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催のためだけに推し進められてきたダイバーシティの一部ではない。新型コロナウイルスの感染拡大が、さまざまマイノリティが抱える現代社会の生きづらさを露呈したように、私たちは確かに存在し、未来に向けて一瞬一瞬を生きている。「ウィズコロナ」の時代、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会以降の時代において、性的マイノリティはメディアによってどのように描かれていくのだろうか。

 それを考えるためには、まず私たちは過去からどのような歩みを経て現在へとつながってきたのかを知る必要があると考えた。その歩みの過程において、行方の分からなくなった資料やアクセスが限定された資料が数多くあることも分かった。それゆえに、本企画展が描く道筋は、無数にある可能性の一本だと考えてもらいたい。以下、企画展の内容を紹介したい。

 本企画展の第1章「戦後日本映画を読み直す」では、1945年から1970年代末までの一般商業映画において、どのようなジェンダー/セクシュアリティ/ホモエロティシズムの表現が不/可能であったかについて着目する。公開当時の映画批評や映画研究の先行研究を参照項に、木下惠介映画にみるホモエロティシズムの再考、小津安二郎の「紀子三部作」のレズビアン・リーディングの実践、時代劇映画や東映任侠映画における性表現の検証、小説原作の映画化作品が描くレズビアン的欲望の表象などに関する言説について、演劇博物館所蔵の映画プレスシートや台本の展示を通じて紹介する。

 第2章「日活ロマンポルノと薔薇族映画にみる性のカタチ」では、演劇博物館所蔵のプレスシートと製作関連資料の展示を通じて、1970年代から1990年代の成人映画がどのように同性愛者やトランスジェンダーを描いたのかを振り返る。演劇博物館には日活ロマンポルノに代表される成人映画の宣伝資料が多数所蔵されており、2018年から演劇博物館演劇映像学連携研究拠点の共同チーム「戦後日本映画における撮影システムの変遷とその実態」が整理・調査してきた。本企画展では、その研究成果の一部を紹介するとともに、薔薇族映画を数多く制作した小林悟監督の旧蔵資料に関する企画展担当者の研究成果を披露する。

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小林悟旧蔵薔薇族映画製作関連資料

 第3章「19801990年代 エイズ・パニックと『ゲイ・ブーム』以前以後」は、大手映画会社による組織的な映画生産システムの終焉を迎えた1980年代から1990年代にかけて登場した新しい世代の映画監督たちに注目する。若手映画作家の発掘に対するぴあフィルムフェスティバルの貢献や、女性誌『CREA19912月号「ゲイ・ルネッサンス91」特集が火付け役となった国内の「ゲイ・ブーム」最中において公開された物語映画、ドキュメンタリー映画、テレビドラマを取り上げる。

 第4章「ニュー・クィア・シネマの到来と映画祭の隆盛」では、主に1990年代以降に国内のミニシアターで配給された海外のクィア映画だけでなく、それらの映画群を受容するための空間として映画祭がどのように機能したかについて考察する。本企画展に向けて準備する過程において、演劇博物館が、性的マイノリティの経験を主題とした海外作品のパンフレットを多数所蔵していることが判明した。本章では、それらのパンフレットとNPO法人レインボー・リールより提供された映画祭プログラムを展示するだけでなく、国内外のクィア映画の批評を先駆けた映画批評家の石原郁子と淀川長治の仕事を紹介する。

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©2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会

 2000年代以降、性的マイノリティの経験に着目した映像作品の制作は緩やかに継続していく。ミニシアターだけでなく、DVDBlu-ray、そして動画配信プラットフォームといった上映・受容形態の発展もまた、国内外の映像作品に触れる機会を拡大させていった。第5章「ゼロ年代以降の国内メディアとLGBTQ+」では、『3B組 金八先生』第6シリーズ(TBS2001年)や『偽装の夫婦』(日本テレビ、2015年)などのテレビドラマをはじめ、少女漫画、BL漫画作品、小説の実写化作品も含め幅広く扱っていく。第5章と同時代を扱う第6章「LGBTQ+表象を通じてエイジングを考える」では、1995年に高齢社会へ、2007年に超高齢社会となった日本社会の文脈に、老いと若さという視点を通じて性的マイノリティの表象を検証するとき、どのような表象の不均衡や排除された存在が浮かび上がるのかを考えたい。

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『カランコエの花』©2018中川組

 前述したように、本企画展は性的マイノリティを扱った全ての映画やテレビドラマを網羅的に並べるものではない。また、本企画展は「LGBTQ+」という総称を意図的に採用しているが、日本の映画産業やテレビドラマ産業が表象してきた性的マイノリティのほとんどがゲイであることに気づくだろう。トランス女性やレズビアンを描く作品もあるが、まだまだ数は少ない。ましてや、バイセクシャルやアセクシャルなど、他の性的指向やジェンダー・アイデンティティを主題とした商業映画はほぼ皆無だろう。本企画展は、そのような表象の不均等が2020年代以降に改善されることを期待すると同時に、来場者が過去の作品を振り返り、別の視点から映画史とテレビドラマ史を編み直すようなきっかけとなることを願う。

久保 豊(くぼ・ゆたか)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教

 専門は映画研究、クィア批評。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員DC1、京都大学他非常勤講師を経て、現職。

 論文に、“Still Grieving: Mobility and Absence in Post-3/11 Mourning Films”(Journal of Japanese and Korean Cinema 11[1]2019)、「毒々しく咲く薔薇の政治性─1990年代の小林悟作品に見るHIV/エイズに対するスティグマの可視化と無縁化」(『演劇研究』第43号、2020年)などがある。