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栗原 悠(くりはら・ゆたか)/早稲田大学国際文学館助手  略歴はこちらから

早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)開館に向けて

栗原 悠(くりはら・ゆたか)/早稲田大学国際文学館助手
2020.1.15

 初めてお会いした方とご挨拶する際に「村上作品を研究されているのですか」と尋ねられ、「専門は村上ではない春樹です」と言っていつも聞き返されていますが、私はもともと「村上春樹」ではなく、「島崎藤村(本名:春樹)」を中心に研究をしてきました。それと同時に文学研究という営みが高等教育の現場を離れてどのような形で社会に還元されていくのかを見てみたいとも考えており、博士課程に入ったのと同時に当時は準備中であった新宿区の漱石山房記念館の事業に学芸員として参加し、館のオープンまで携わりました。したがって、国際文学館は私にとって立ち上げに関わる二つ目の文学館ということになります。

 長々自己紹介をしてしまいましたが、国際文学館はまだこれから色々な話が決まっていく段階にあり、現時点では未知数な部分も多いので、ここではそのような私自身の経験も踏まえて開館に向けて考えていることを述べたいと思います。

 国際文学館の事業は昨年6月、本学の卒業生である村上春樹氏が所蔵する小説作品の直筆原稿や執筆関係資料、書簡、スクラップブック、ご自身で蒐集した数万枚のレコード等を寄託・寄贈いただき、それらコレクションの管理、保存、公開を基礎とした、各国の文学ファンや研究者が集う国際的な村上文学の情報拠点を目指して発足しました。建物は老朽化した早稲田キャンパス4号館を隈研吾氏の手で大胆に改修し、2021年4月の開館を予定しています。また、資料の展示だけでなく、さまざまな機能を兼ね備えた施設とし、イベントの企画や開催なども考えています。

改修を予定している早稲田キャンパス4号館

 大学院で文学を研究していると、留学生たちから村上作品をきっかけとして日本文学にふれたという話を多く聞きますし、日本人については今更説明するまでもありません。文学に限らず、文化・芸術に対する風当たりが強い昨今ですが、「村上春樹」は広く関心を持たれており、そうしたなかで村上氏自身の資料や情報を集積する施設を大学が作ることには大きな意味があると思います。一方で、扱うテーマの人気や知名度だけで文学館に関心を持ってくれたり、足を運んでくれたりするわけではありません。私が関わっていた漱石山房記念館は日本初の「夏目漱石」専門の本格的な文学館という点をアピールしたものの、資料を多く所蔵する施設がほかにある後発の施設だったため、特に研究者にその意義を理解してもらうのに時間がかかりました。また、新宿区の行政サービスの一貫として展開される事業としては地域にとって「漱石」がどのような存在になり得るのかを丁寧に説明していく必要がありました。飽くまでも一つの例ですが、このように文学館を作るにあたっては、準備段階から潜在的な利用者となる方々にその価値を上手く伝えていくことが重要です。

 先に述べたように、国際文学館の場合は村上氏ご本人から多くの資料を寄託・寄贈いただけることになっています。その点は非常に恵まれた条件と言えます。ただ、資料の適切な管理、保存や公開が出来ないと思われてしまうと、早々に厳しい視線に晒されるでしょうし、それはのちの評価にもずっと尾を引くと考えられます。また、大学という機関の性質上、村上文学あるいは世界文学の研究状況に対してどのような形で貢献出来るのか問われるのは間違いありません。

11月28日のパネルディスカッションの様子

 こうした課題に対して、国際文学館では開館に先駆けて昨年の11月28日に国際シンポジウム「村上春樹と国際文学」を企画し、舞台『海辺のカフカ』の上演(一部場面)と「村上春樹と「翻訳」」と題したパネルディスカッションを行いました。大学関係者以外に一般の方からも多数応募があり、改めて「村上春樹」への関心の高さを再確認した次第です。多くの方に参加いただけるイベントは今後も継続的に開催し、事業を知ってもらう場として役立てていければと思います。

 一方、館の内容については来館者が観賞する展示の充実はもちろんですが、Web上で資料などの情報を閲覧するためのデジタルアーカイヴの構築も急務です。繰り返すように、村上氏の資料をデータベース化し、公開することは公益性が高く、資料を早稲田大学だけで活用していくのは望ましいとは言えません。これも既存のフォーマットを利用するのか、あるいは国際規格としてのIIIF(International Image Interoperability Framework)に準拠した形で新たに作るのかなど課題は少なくありませんが、歴史学や美術史といった隣接分野でデジタルアーカイヴ化された画像資料を活用した研究成果が着々と出てきているなかで、権利関係のハードルが高いとは言え、文学(とりわけ近現代文学)の分野でそうした状況にどのように応答していくのかは喫緊の問題だと思います。少なくとも新たに立ち上がる文学館には何らかの態度を示していく必要があるでしょう。

 ところで、藤村・島崎春樹は戦前から同時代の文学者たちの資料の散逸を危惧し、しかるべき場所を用意して適切に管理、保存、公開する重要性を力説した作家でした。彼の主張がすぐ社会に受け入れられたわけではないものの、戦後になってそうした思想は市民権を得て、資料に対する価値観は漸進的に変わっていきました。やや強引ですが、そのような資料観の変化と先に挙げた近年のデジタル化の議論なども別の流れにあるものではないと思います。他方、これと逆行するように一般的には文学館をはじめとする文化施設はかつてよりも予算規模を縮小されて体力がなく、多くが厳しい状況のなかで運営を続けています。もちろん、場所がなければ、資料は簡単に散逸してしまいます。戦前の状況とは異なりますが、今日でもなお文化資源を扱っていくことに関わる問題はなくなっていないのです。

 改めて、そうした日本において文学のなかでも広く関心を持たれている「村上春樹」というテーマを扱う国際文学館が果たすべき役割は、既存の文学館には見られないユニークな立ち位置を切り拓いていく一方で、自らの事業を通じて文学館には何が出来、どうあるべきなのかを問う場所になるということではないかと考えています。

栗原 悠(くりはら・ゆたか)/早稲田大学国際文学館助手

早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了(文学修士)。同博士後期課程在籍。新宿区文化財研究員、新宿区立漱石山房記念館学芸員を経て現職。専門は日本近代文学。最近の論文に「島崎藤村における子供のモチーフ 津田左右吉の松尾芭蕉・小林一茶評価との比較を視座として」(『跨境:日本語文学研究 Border crossings : the journal of Japanese-language literature studies』第8号、2019年7月)、「島崎藤村「ある女の生涯」における信仰 森田正馬の〈患者〉認識との比較を中心に」(『日本近代文学』101号、2019年11月)。