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飛田 勘文
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演劇博物館「コドモノミライ ―現代演劇とこどもたち―」の開催にあたって

飛田 勘文/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教

 演劇博物館の創立者である坪内逍遙は、歌舞伎やシェイクスピア劇の研究者として知られていますが、晩年は社会改造のための芸術にも力を入れ、その一環として児童劇の研究や実践にも取り組んでいました。当館がこの秋に開催している企画展「コドモノミライ ―現代演劇とこどもたち―」は、逍遙が切り開いた系譜のひとつを継承し、とくに「こどもや青少年をテーマとする現代演劇」の作品や活動を中心に取り上げています。

 こどもや青少年、彼/彼女らを取り巻く大人にとって、この21世紀はどういう社会なのでしょうか。加速する情報化社会、非正規労働者の増加、社会格差の拡大、人口減少、少子高齢化、地方の過疎化などが、21世紀を生きるこどもたちの生活スタイルに変化をもたらしています。こどもたちは、最新のテクノロジーを使用して自分のネットワークを拡大させ、幅広い情報を獲得し、新しい価値観に触れ、国内のみならず世界で活躍することが可能になっています。しかしながら、その反面、デジタル・メディアの普及による実在感の喪失や他人との関係の希薄化、自分の世界に陶酔し、孤立を深めるなどの現象も起きています。また、テレビやインターネットを見ていると、毎日のようにこどもをめぐる悲しい事件が目に飛び込んできます。さまざまな課題が山積する今、演劇という表現に何が可能なのでしょうか。こどもたちが演劇を通じて希望を持ち、未来へ向かうための力を得ることはできるのでしょうか。

 そこで、本展では、こどもと現代社会の関係、とくにこどもを取り巻く社会問題に注目しながら、「こども」や「青少年」をテーマとする演劇作品や活動を多角的に展示しています。ここでは、各コーナーの内容を少しご紹介したいと思います。

 最初の「博物資料で見る児童演劇の歴史」というコーナーでは、当館が収蔵する貞奴お伽一座の「戦争お伽芝居 櫻太郎・浮かれ胡弓」の番付(1904)や伊藤熹朔「青い鳥」の舞台衣装デザイン画「チルチル」「ミチル」(1925)、別役実「〈不思議の国のアリスの〉帽子屋さんのお茶の会」の直筆原稿(1984)など、過去に上演された児童演劇の資料を展示し、日本の児童演劇の歴史の一端を紹介します。また、同時に、坪内逍遙「初等教育に於ける演劇」の直筆原稿(1924)や家庭用児童劇「をろち」の登場人物・舞台イメージ図(年代未詳)など、逍遙の児童劇に関する資料の展示も行います。

伊藤熹朔舞台衣装図「青い鳥」チルチル(左)とミチル(右)(1925年)

別役実 自筆原稿『〈不思議の国のアリスの〉 帽子屋さんのお茶の会』

劇団うりんこ『ともだちや』(2016年初演) 撮影:清水ジロー

 次の「こどもと現代社会」というコーナーでは、21世紀を中心とする主にプロの劇団が創る「こども」を テーマとする現代演劇の作品を取り上げます。「本当の友達とは?」を探る劇団うりんこの「ともだちや ―あいつもともだち―」(2016年初演、原作:内田麟太郎)や、主人公・輝男とくらいところの住人との関わりを描いたKAAT神奈川芸術劇場の「暗いところからやってくる」(2012年初演)、「サンタクロースは存在するのか?」を舞台上の登場人物と客席のこどもたちとが一緒に議論する青年団の「サンタクロース会議」(2008年初演)、「行き過ぎた気づかい」をテーマとする、松尾スズキ原作・東京芸術劇場主催の「気づかいルーシー」(2015年初演)などを展示します。同時に、生徒のいじめと自殺をめぐる親たちの対立を描いた劇団昴の「親の顔が見たい」(2008年初演)や、ひとり親家庭の問題を扱った二兎社の「シングルマザーズ」(2011年初演)など、こどもの観客を対象とした作品のみならず、大人の観客を対象とした作品も扱い、こどもの問題について社会全体で考えていきます。

 三番目に、「こどものなかの多様性」、あるいは「こどもと社会的包摂」をテーマとする現代演劇の作品を取り上げます。もともと、こどもは社会的に弱い立場の存在ですが、入院生活を送るこども、障がいを持つこども、外国ルーツのこどもなど、さらに弱い立場になりうるこどもたちの存在が社会問題になっています。そこで、演劇がどのようにそのようなこどもたちを舞台上に表象してきたのか、また、当事者たちにどのような作品を届けてきたのかを示します。社会的に弱い立場になりうるこどもたちが描かれた作品として、自閉症の少年が犬殺害の犯人を捜す東京グローブ座の「夜中に犬に起こった奇妙な事件」(2014年日本初演)、性的マイノリティーの男性保育士が過去に遡り、少年時代の自分と出会う劇団うりんこの「わたしとわたし、ぼくとぼく」(2018年初演)、福岡で中華料理屋を営む中国残留孤児とその二世の物語「吉林食堂 ~おはぎの美味しい中華料理店~」(2008年初演)などを展示しています。他方、社会的に弱い立場のこどもたち自身に向けられた作品として、0から3歳児を対象とする劇団風の子九州の「ぴーかーぶー」(1995年初演)や、障がいを持つこどもを対象とする特定非営利活動法人シアタープランニングネットワークのホスピタルシアタープロジェクト「白い本のなかの舞踏会」(2018年初演)などの作品に注目しています。

 四番目に、「こどもと戦争・災害」をテーマとする現代演劇の作品を取り上げます。本展では、戦争をテーマとする作品として、広島と長崎の原爆を取り上げた地人会の朗読劇「この子たちの夏」(1985年初演)や、ポーランドのユダヤ人将校を取り上げた劇団ひまわりの「コルチャック先生と子どもたち」(1995年初演)などを展示しています。戦争体験者たちが高齢化するなかで、どのようにその体験を次の世代に伝えていくのかが深刻な課題になっています。また、災害をテーマとする作品として、阪神淡路大震災を扱った劇団自由人会の「6年3組の阪神大震災」(1995年初演)や東日本大震災を取り上げた日本児童・青少年演劇劇団協同組合の「空の村号」(2012年初演)などを展示しています。まだ大震災の記憶を残している直接の被災者やこどもたちがいるなかで、演劇がどのようにこれらの大震災のことを舞台上に表現し、それを観るこどもたちや家族とともにそのことを考え、未来を創っていく契機となりうるのかが問われています。

 五番目に、「こどもと地域社会」をテーマとする地域のなかの演劇活動を取り上げています。21世紀に入ってからは、「文化芸術振興基本法(現・文化芸術基本法)」や「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」の施行もあって、より幅広い団体がこどもをテーマとする演劇を主要事業のひとつと見なすようになっています。本展では、座・高円寺の「劇場へいこう!」や、特定非営利活動法人芸術家と子どもたちが、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京と実施しているプロジェクト「パフォーマンスキッズ・トーキョー」、 また、1994年から続く東京弁護士会の「もがれた翼」シリーズの「Part9 こちら、カリヨン子どもセンター」や近年の作品「Part19 教育虐待 ~僕は、あなたのために勉強するんじゃない~」などを展示します。さらに、特別展示として、劇団四季の「こころの劇場」についても触れ、「はだかの王様」(1964年初演)や「カモメに飛ぶことを教えた猫」(2019年初演)などの作品の展示と活動内容の解説を行います。

 最後に、「学校劇・演劇教育」を取り上げます。21世紀に入り、「生きる力」を重視する学習指導要領の改訂(2002年度実施)やコミュニケーション教育推進会議の設置(2010年)、アクティブ・ラーニングへの転換(2012年)などがきっかけになって、教育のなかで演劇が積極的に導入されるようになっています。そこで、ここでは、小原國芳の「学校劇」や、冨田博之や竹内敏晴の「演劇教育」、アメリカのクリエイティブ・ドラマやイギリスのドラマ・エデュケーション(ドラマ教育)など、20世紀の演劇教育を振り返りつつ、渡部淳の『教育における演劇的知』(2001年)、日本劇作家協会の『二時間からできる演劇授業用例集』(2007年)、小林由利子ほか『ドラマ教育入門』などの書籍を展示し、21世紀の演劇教育の展開について考えていきます。また、「羽衣」や木下順二の「夕鶴」、平田オリザの「対話劇を体験しよう」など、国語教科書のなかの演劇についても検討していきます。

 演劇は「観る活動」と「創る活動」から成り、その両方がこどもたちの成長に寄与しています。劇への参加を通して、こどもたちは今自分が生きている社会を確認するとともに、自分が生活する世界とは異なる世界や人々に触れ、世界の見方や価値観を拡大していきます。同時に、さまざまな知識や能力、技術を獲得し、自分の持つ可能性を伸ばしていきます。他方、こどもをテーマとする演劇に関わる大人たちは、こどもたちが持つ独特な感じ方や考え方、世界の見方に敬意を払い、また、彼/彼女たちの持つ可能性を信じて演劇活動を行っています。この展示を通して、こどもたちが未来にどのような希望を持ちうるかを一緒に考えていただけたなら幸いです。

飛田 勘文(ひだ・のりふみ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教

イギリスのウォーリック大学にて博士学位(Ph.D in Arts Education)を取得。現在、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教。イギリスの大学院でこどものための演劇(児童演劇やドラマ教育、応用演劇など)に関する理論と実践を学ぶ。帰国してからは、主に言語的・社会的・文化的差異があるなかでの芸術によるコミュニティの形成をテーマとする実践と研究を行なっている。また、英語圏の児童演劇の戯曲の翻訳、障がい児対象の参加型演劇の演出、演劇を導入した日本語・英語教育や開発教育などの教材開発にも協力。主著:『多文化共生 人が変わる、社会を変える』(共著)、『小学校英語への専門的アプローチ』(共著)ほか。ニューヨーク大学紀要『ArtsPraxis』編集委員、言語文化教育研究学会理事、2020国際子どもと舞台芸術・未来フェスティバル実行委員会常任委員。