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山岸 駿介

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ) 略歴はこちらから

『「勉縮」のすすめ』と東京大学

このコーナーは、教育ジャーナリストとして活躍中の山岸駿介氏による教育問題に関する連載コーナーです。

危機感に溢れた提言

 汗牛充棟の何乗と言っても足りないほど教育書の数は多い。だが書かれていることのユニークさといい、発表後に高まった社会的評価といい、朝日新聞の論説主幹やアメリカ総局長を勤めた松山幸雄氏の書いた『「勉縮」のすすめ』ほど、優れた労作を私は知らない。『「勉縮」のすすめ」』は、松山氏が実際に経験し、感じたことに基づいて書かれており、日本の子供や若者が受験勉強第一の学習をしていては、大人になってから欧米のエリートたちに遅れをとり、国際社会で勝ち残れないという危機感に溢れている。

 アメリカでは、親が金持ちでも子供には関係ない。たいていスーパーマーケットの会計係や新聞配達、ベビーシッターをやっている。知人の学生結婚した夫婦は、夫人が勤めに出て、亭主は学位論文執筆を始めた。男の実家は大金持ちだが知らん顔をしている。人間というものは、環境に恵まれすぎると、向上心がストップしてしまう。子供も大人もその点は変わらない。

 そうした場合、金をやるか、やる気の方が大切と考えるか。日米を比較すると、日本人は金をほしがる。アメリカ人は金が人間をスポイルすることを知っており、金ではなく、仕事をやる気を大切にする、そういう気持ちをなくさないことの方が大切だと考えることの方をとる。だから親が亡くなり、財産を分与するまでは、子供は働き続けなければならない。

東京大学の人材を憂う

 日本人。とくに優れたインテリはこういう外国人と国際社会で闘わねばならないのである。優れたインテリと特定すれば、すぐ東京大学が問題になる。東大の教育がどうなっているか。とくに独立行政法人化で東京大学の地位は、一段と屹立し、他大学には目もくれない。その東大が、どんな学生を入学させているかといえば、入学試験の仕方は、受験産業の東大入試情報を見る限り、従来と基本的には変わっていない。

 東大の教授や、東大で生産された日本人教授も含めて、教える学者の方も、外国人に太刀打ちできる人材はほとんどいないことになると考えてよかろう。

危機感を伝えるべき朝日新聞

 平成21年11月23日(勤労感謝の日)に東京大学安田講堂で行われた日本学術会議と朝日新聞社主催の公開シンポジウム「大学教育の分野別質保証に向けて」を傍聴する限り、なぜ『「勉縮」のすすめ』を見ずに報告書を作ろうとしているのか、松山氏が勤めあげた朝日新聞社が主催するシンポジウムなのに…、と思わず叫びたくなるような学生教育論が語られていた。

 私もかつては朝日新聞に二十年勤めた身として、硬直化している社員の姿に身も凍る思いがした。

 『「勉縮」のすすめ』は出版するとすぐ朝日文庫でも発売された。文庫本は学術会議のシンポジウムが開かれる直前まで売られていた。他人に上げようと思い、買おうとしたら「絶版になりました」と断られた。売り切れたのを機に増刷をやめたらしい。

 いったい朝日新聞というのは、どういう会社なのか。これだけ意味のあることを伝え続けてきた本の千や二千部を増刷して世間に危機感を伝えることぐらい、受験勉強・格差社会が大問題になっているいまの状況の中で、どれほど意味のあることか、考えつかぬことはあるまい。朝日の幹部たちは、どう考えているのか。

 朝日批判に終始してしまったが、他紙と比べれば、やはり朝日、と思って甘受してほしい。

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ)

1958年 新潟大学人文学部法律学科卒業。新潟日報、朝日新聞記者を経て、多摩大学教授(教職課程)。定年退職後、昨年まで客員教授。1968年 大宅壮一東京マスコミ塾第一期生・優等生。1970年新聞連載「明日の日本海」で菊池寛賞受賞。教育ジャーナリストとして活躍。「大学改革の現場へ(玉川大学出版部刊)」など著書多数。