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山岸 駿介

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ) 略歴はこちらから

教育制度改革の行く手に見えるもの

このコーナーは、教育ジャーナリストとして活躍中の山岸駿介氏による教育問題に関する連載コーナーです。

家計にのしかかる教育費

 日本も加盟している経済協力開発機構(OECD)の調査によると比較可能な28カ国で、学校や大学などの教育機関に出されている教育費の公的支出の平均は、国内総生産(GDP)の4.9% だった。日本は3.3%で、「下から数えて2番目」「最下位は韓国だった」。こんな内容の記事がいろんな新聞に載った。

 欧米といっても国によって違いはあるが、だいたい日本は諸外国の半分かそれ以下しか出していないことは、教育界ではよく知られており、とくに高等教育でそれがひどかった。政府に何度改善を陳情しても変わらない。財務省は教育関係者の間では怨嗟の的になっている。

 OECDの調査結果は、耳にタコができるような話だった。そんなものをニュースといえるのかどうか分からないが、日本の新聞では大々的に扱われた。数日後には教育欄に、日本では家計負担が大きく、とくに高等教育で突出していると報じた新聞もあった。

 教育費の公的支出をケチれば当然のことで、大学を運営するには金が要る。国は出さない。そうかといって経済界が出すことなど夢物語。残るは家庭負担しかない。日本は家計に占める教育費の割合が21.8%で、韓国に次いで2番目に高いという。

 ただしこうしたことは財務省が文科省を押さえつけ、教育費の公的支出を増やさなかった自民党政権のときのことである。国民はそれに愛想を尽かしたのだろう。自民党は転落し、民主党が308議席を獲得した。

教育の「質」への懸念

 民主党の政権獲得で状況は一変するのではないか。同党のマニフェストを見ると、「子育て・教育」では「中学卒業まで、1人当たり年31万2,000円の『子ども手当』を支給します」「高校は実質無償化し、大学は奨学金を大幅に拡充します」と書いてある。それには5.3兆円が必要だと試算されている。

 ただ、新聞報道によると「子ども手当」は厚生労働省が制度設計に着手したというから、文科省関係の改革としては「大学の奨学金の大幅拡充」や「高校の無償化」「子どもと向き合うための教員増員」「生活相談、進路相談を行うスクールカウンセラーの小中学校全校設置」などを除けば、そう多額の財源を必要とするものはないようだ。「教員免許制度の抜本的見直し」、「公立小中学校の学校理事会」、「教育委員会制度の抜本的見直しと教育監査委員会の設置」などがマニフェストに載っていた民主党の教育改革である。

 だが何ともこれでは寂しい。日本経済新聞が衆院選挙の最中に報じた「政策を問う」という社説の中で、「教育の中身をめぐる論議が置き去りだ」と指摘し、民主党については「教員養成課程の6年制への延長、学校理事会、教育監査委員会の設置等、改革への意欲はにじんでいるが、いずれもどんな効果が引き出せるかあやふやである」「日本の教育は全国一律のカリキュラム等で、均質で底堅い学力を維持してきたが、一方で現場から創意工夫を奪い、授業の画一化や過度の横並び意識をもたらした。教育委員会は十分に機能せず上意下達の風潮や事なかれ主義がはびこっている。教育の未来像を考えるとき、こうした過度な統制を緩めて学校に魅力を回復するという視点も必要なはずだ」と指摘している。

 横道にそれるが、これを読んだとき私は日経の論説委員室の層の厚さに涙がこぼれた。社説の中には私の言いたいことがたくさん入っている。「教育の○○」とPRしている新聞社はあるが、民主党の教育改革政策をどこまで論じてきたか。

 民主党にやる気があれば、自らの取り組みを知ってもらうために、外から見えるように透明性を導入しなければならない。民主党はどんなことをするか、刮目したい。

ジャーナリスト不在の改革

 これから書くことは、私も分からない話である。分かっていれば、民主党は聞きにくるだろう。私も話すのにやぶさかではない。しかし分からないのだから、どうしようもない。

 何が分からないのか。いくつか挙げると、まずだれが改革の話を進めるのか。想像できない。制度的には、文科大臣だろう。しかし文科相は、そのために起用されたわけでない。予想された事柄を処理しつつ、その片手間に教育制度改革ができるような、そんな甘いことではない。試しにやってみるといい。民主党は瓦解するかもしれない。

 ではだれを起用するか。あんなマニフェストを作っておいて、問題を指摘する人が党内に誰もいなかったのだから、ここにきて急に出てくるはずがない。外部の有識者に依頼するか。その人物が本当に力があるのかどうか。内部のだれが見付けられるのか。

 問題点の一つは、現場を知らないことにある。学識や思想に優れている人でも、現場を知らない。現場といっても、一つや二つではない。現場をずっと歩き、人々の話を聞きながら考え、自らの思想や学識を磨いていた人がいるという話を私は知らない。頭の良い人は、そんな回りくどいことはしない。だから頭が良いのである。 本当は、新聞記者、ジャーナリストがそれをするのが商売のはずだが、近ごろの人たちは学歴が東大だ、慶応、早稲田だと著名大学で溢れるようになり、自分も学者、評論家になったような気がするのか。現場を歩く方は、何か事が起きたときしか、やらない。

 民主党の教育制度改革は、多くの人に支えられないと始めることさえ難しい。とりわけジャーナリストの力がないと、どうにもならない。ところがそんなジャーナリストはいない。「嗚呼」天を仰いで嘆息するしかない。行く手に見えるのは、光ではなくて、闇ではないのか。

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ)

1958年 新潟大学人文学部法律学科卒業。新潟日報、朝日新聞記者を経て、多摩大学教授(教職課程)。定年退職後、昨年まで客員教授。1968年 大宅壮一東京マスコミ塾第一期生・優等生。1970年新聞連載「明日の日本海」で菊池寛賞受賞。教育ジャーナリストとして活躍。「大学改革の現場へ(玉川大学出版部刊)」など著書多数。