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▼10月号

Trend Eye
山岸 駿介

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ) 略歴はこちらから

政治は21世紀の教育を描けるか

このコーナーは、教育ジャーナリストとして活躍中の山岸駿介氏による教育問題に関する連載コーナーです。

与謝野氏の小泉離れ

 本を書くことは、学者・文化人と呼ばれる人たちには、絶対必要なことのようだ。与謝野馨氏が自民党の総裁選挙に出馬し、本人の意思がどうだったかは別として、その後の地位さえ確立できたのも、新潮新書に『堂々たる政治』を書いたからといって良かろう。

 自民等の政調会長代理が「竹中さん(平蔵元総務相)のいっている小さな政府という話は、どうも本物だ」「本当に福祉を切り捨てて、給付なんかはバタバタ削っちゃうという考え方なんだ」と言っていたそうだ。与謝野氏が「国家観なき市場原理主義の危険」について説く内容を読むと、竹中氏を取り上げて批判しているとしか思えない。ただ、与謝野氏はそれを露骨に書かないから、読む方はイライラが募る。そういう時に、自民党の政調会幹部が言った話を知ると、やっぱりと思う。

 与謝野氏は、小泉構造改革は正しかったと言っている。安倍内閣の官房長官を務めた人だから、間違っているとは言えないにしても、「国家観なき市場原理主義の危険」について論じなければ気がすまないところまで変わったのは注目すべきだ。そして米国は「市場原理主義」の国だと考えるのはとんでもない誤りで、あの国は「市場現実主義」であると言い、小泉氏が構造改革を唱え、小泉改革を忘れるなとプレッシャーをかけるのは誤りだと述べている。確実に「小泉離れ」をしたのだ。

謝罪する以外、何もできない東大とは

 大学改革で、もっとも得をした大学はどこかといえば、探すまでもなく東京大学である。私は小宮山宏総長が先頭に立って学内の人達に緊張感を持って仕事をすることを呼びかけたとき、これは間違っていると思った。東大は、この人によって潰れるかもしれないと咄嗟に感じた。

 案の定、東大は「潰れた」。こう書くとびっくりするかもしれないが、東大は歴史上、一度もやらなかった汚点を、あっという間に自作自演し、自滅したのである。それは入学試験問題を漏らしたことである。東大当局の発表によると、37歳になる准教授が、大学院修士課程の複数の受験生に対して入試問題を教えていたことが明らかになった。日本経済新聞を読むと、准教授は一部の受験生に対して京都議定書やラムサール条約などを勉強しておくといいと助言した。

 准教授は大学院の試験問題委員を務め、試験問題の内容を知っていた。大学院の試験は英語、専門科目、小論文、面接を二日間で行い、82人が受験し、56人が合格した。実際に専門科目の中では、京都議定書やラムサール条約を300字程度で説明させる問題が出た。「入試問題の漏えい」で謝罪した副学長は、准教授は05年度東大に赴任してきたばかりで、「自分の研究室に学生を集めたかったのではないか」と日経は書いていた。

 東大は「学生が特定される」との懸念から、問題が伝わった学生の総数やそのうち東大の学部出身者が何人いたかといった数は公表していない。それが分かれば他大学からの受験生数や合格状況も分かってしまうからだ。助言を受けた学生について「被害者ともいえる」として合否の変更はしない。つまり何もしないのである。やりたくてもできないと言うべきなのだろう。良くも悪くも、東大の歴史とは、これまでもそうしたことの連続の上に成り立ってきた。それを壊せば、大混乱になる。混乱させるのが嫌なら、トップが謝罪する以外、何もできないということなのだろう。それで学長や副学長が務まるのかといえば、恥ずかしいと思う心をかなぐり捨てれば務まる。いまの東大の姿を見ていればそうとしか言えまい。

中教審をどう機能させるのか

 政治が激変しつつあることは、繰り返し書いてきた。自民党や民主党、その他の政党の21世紀の未来図に、教育はどう対応するつもりなのか。 それぞれの政治団体が、未来図で教育や学術の在り方に言及するのならば話は別だが、ほとんどが無視している。入れても中身の濃いものにはならない。そうなると従来の構図でいえば、文部科学相が中央教育審議会に諮問するか、すでに答申があるからそれで充分だとするか。

 普通ならば中教審に諮問するだろう。そのときどんな審議を想定しているかといえば、文科省・中教審がこれまで進めてきた路線内でのことだから、そう変わった答申になるとは思っていない。委嘱する識者・専門委員も文科省と同じ考え方の人である。いろんな世界や役所などの団体等を熟知し、改革意欲に燃えているとか、発想のユニークさでは定評があるといった人たちは絶対に委嘱されない。それで21世紀を豊かにし、意欲溢れる人材を育てる教育ができるだろうか。これまで市民・国民が教育と聞くと寒々しい思いがしたのは、文科省的なこの考え方への絶望感である。この役所の幹部はそのことに気がつかないらしい。幸せなのか、不幸せなのか。教育という言葉を聞くと、パッと明るいイメージが浮かぶ。文科省はそんな言葉を作る気は金輪際ないのだろうなぁ。

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ)

1958年 新潟大学人文学部法律学科卒業。新潟日報、朝日新聞記者を経て、多摩大学教授(教職課程)。定年退職後、昨年まで客員教授。1968年 大宅壮一東京マスコミ塾第一期生・優等生。1970年新聞連載「明日の日本海」で菊池寛賞受賞。教育ジャーナリストとして活躍。「大学改革の現場へ(玉川大学出版部刊)」など著書多数。