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▼7月号

Trend Eye
山岸 駿介

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ) 略歴はこちらから

新聞は必要なメディアか

このコーナーは、教育ジャーナリストとして活躍中の山岸駿介氏による教育問題に関する連載コーナーです。

 朝日新聞を読んでいると、戦時中から戦後にかけて、自分たちがどれほど軍や占領軍などによる命令や押し付けと闘ってきたかといった囲み記事が多い。新聞に掲載しなくとも、独自の出版物でも何種類か出している。最近の新聞でいえば、「新聞と戦争」があり、現在は編集委員の河谷史夫記者が「記者風伝」を書き続けている。良く調べており面白い。だが、新聞が現在を生きるのに最も必要なメディアなら他にもやるべきこともあるのではないか。

記者と時代差

 新聞記者は、他業種より考え方にずっと個人差が大きい。だが時代による差も無視できない。70年安保の数年前のころだったと思うが、東京大学の法学部を出て、朝日新聞に入ってきた若者がいた。間もなく彼は国家公務員上級職試験の行政職で一番を取っていたという噂が流れた。当時は新聞記者のくせに役人や銀行員に目をくれるなんてと軽蔑されていた時代である。同じころ入社した記者の一人は「何であのとき日経に行かなかったのか」と後になり悔やんでいた。法学部出の若者は役人ではなく記者になりたかったのだと思う。ただ法学部に入れば一番いいコースは上級職の役人になることだというのが、この学部の価値観だったのだろう。そんなものに目もくれなかった若者も、自分だってやればできるんだという示しをつけたかったのかもしれない。役人になれなくて新聞記者になったのだと思われるのは嫌だと思ったのかもしれない。ただすでに彼らは定年を迎えて退職したり、不幸にも亡くなった人もいて確かめようがない。

 時代が大きく翔ぶが、それにしても記者のものの考え方が変わったのに驚いたのは、遠山敦子元文部科学大臣の「こう変わる学校、こう変わる大学」(講談社、2004年)が出版されたときだ。化粧直しに苦労した部分が見えてがっかりしたので、知り合いの役人にどの程度中身が信用できるものなのかと聞いたら「大学の重要な政策部分は私が書いた」というので、中身は大丈夫だろうと思った。私が驚いたのは、この役人に話を聞いた記者達の取材方法である。

 いま考えると一つのポストに1年、長くても2年しか置かない新聞社の記者の使い方が変わらない以上、あれで仕方がなかったのかと思わないでもないが、批判的な記事は絶対に書けない。その役人は、文部科学省が方針を決め、大学が自律性を発揮するのが難しかった従来の制度を否定し、大学の「マネジメント改革」を強調していた。「国立大学の法人化とはどういうことなのか」と聞きに来た記者たちに、21世紀COEプログラムの狙いとか、文科省が研究でも教育でもテーマを決めて大学に投げ、大学がそれについてどういうことをしたいか案を作り応募する。それによって研究も教育も支配できるシステムなどを説明している。

 言われていることは新しいことばかりだから、制度を作った役人の説明を聞いていれば納得せざるを得まい。それどころか自分は最先端の政策を知っていると血湧き肉躍ったかもしれない。早速、朝日新聞は、大学は自立へ向けた意識改革が必要だという趣旨の解説を書いた。びっくりしたのは、「IDE」という高等教育の専門誌に、ライバル紙の編集委員が「本当に大学は変わるかもしれない。非常にインパクトのある政策だ」と絶賛する記事を書いていた。他の記者たちも同じようなことをあちこちで書いている。

 いまの政策を説明するのだから、それでいいのだろうが、ではその政策にどういう問題があるのかは分からない。「いったい役人と記者が同じ考えだというのはどういうことなのか」と尋ねたら「やりすぎたかな」と苦笑していた。だが悪い気はしていなかったようだ。

いちばん重要な教育報道

 敗戦前から戦後の一時期に朝日新聞の記者がどんなことをしていたかを克明に綴るのは大切なことだが、それは現在とどんな関係にあるのか。いまいちばん問題になっている教育報道を取り上げれば、朝日新聞はどんな方針で報道しているのか。それを明らかにした上で、戦中、戦後の先輩記者の歴史と、どうつながるのかを書いてほしい。

 後輩の記者たちの話によると、教育報道全体の方向を決める教育担当デスクは、批判的な記事を書くことに反対の考えだというし、取材記者でも現状を素直に伝えればいいと考えているとしか考えられない紙面を作っている。大学のページを見れば、それが歴然としている。東大総長を呼び出し派手に跳んだり跳ねたりさせた紙面を作っていた。それを見て私はあきれていたら、間もなく、大学院の入試問題を漏洩するという東大では前例のない汚辱の歴史を生んだ。総長の派手な立ち回りと無関係だとは思えない。

 紙面に引きずり出すのは国立大の学長ばかりかと思ったら、早稲田の白井総長を「学長力」といって登場させていた。それまでの企画も同じなのだが、あの紙面の下に広告を付けても記事に違和感はない。むしろその方が分かりやすく、すっきりする。こうしたことを知ったら、昔の偉い先輩記者はどう思うだろう。聞いてみたい。

 私には無理な注文をしているという自覚はある。しかし教育報道の現実が分かっている以上、社会部記者ならそれと取り組もうとする気になるはずだ。そうすれば、歴史上の偉い先輩を扱う記者の目も多少は違って来るのではないか。だができる記者というのは、そんな馬鹿げたことを考えないからできるのだろうか。

「批判」の視線のない記事も必要なときはあるだろう。しかし、何人もいない記者にみんな政府の宣伝係の真似をされてもなお、読者は喜んで読んでいるのだろうか。何のために新聞報道を求めているのかによって決まることではあるが……。

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ)

1958年 新潟大学人文学部法律学科卒業。新潟日報、朝日新聞記者を経て、多摩大学教授(教職課程)。定年退職後、昨年まで客員教授。1968年 大宅壮一東京マスコミ塾第一期生・優等生。1970年 新聞連載「明日の日本海」で菊池寛賞受賞。教育ジャーナリストとして活躍。「大学改革の現場へ(玉川大学出版部刊)」など著書多数。