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▼5月号

Trend Eye
山岸 駿介

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ) 略歴はこちらから

信じられる「情報」に恵まれるか

このコーナーは、教育ジャーナリストとして活躍中の山岸駿介氏による教育問題に関する連載コーナーです。

 咋年末、かなり重症の癌を患っていることが分かった。10年間以上も禁煙をしていたが、かつてのヘビースモーカーには、何の効果もない。1月9日に手術を受け10日間、ICUのお世話になった。辛うじて肺炎を免れ、命を落とさずにすんだのは奇跡に近かったようだ。そんな訳で新しい広報誌に引き続き書いてほしいといわれ、ありがたいと思う半面、これから本格化する癌治療への不安とが交錯した。自信がない。だが「新聞」への愛着と、その新聞が伝える「情報」の信頼度をめぐり、おかしいことはおかしいと素直に指摘することも大切かもしれない。そう思って書かせていただくことにした。

新聞記者に2種類ある?

 本欄をお読みいただく方には、失礼な言い方だとは思うが、新聞が書いたことを疑ってほしい。書かれている事柄が嘘だと言っているのではない。ではなぜ疑えというのか。これから説明させていただく。

 日銀総裁の人事は、いくら政治の優位を強調しても行政に抑え込まれているとしか見えなかった。それだけに「報道」の置かれた立場は重要だと思う。それが政府により日銀総裁の人事として武藤敏郎副総裁の昇格を出された翌3月21日の社説で、朝日新聞は「日銀総裁人事 腑に落ちぬ不同意の理由」と書いた。民主党が同意しなかった姿勢をたしなめたのである。

 なぜ政府の提案を呑まないのかと朝日新聞が言いだしたことに「正気の沙汰か」と思った。後で分かったのだが、この日、どの新聞も大同小異で総裁人事を否決した民主党を批判していた。身の震える思いだった。細部にわたり紹介する余裕はない。ただ、田原総一郎氏が出ているTV番組だったと思うが、朝日新聞のコラムニスト星浩氏に同じ意見かどうか確かめていた。言葉のやり取りは別にして星氏は違うと言っていた。日銀総裁人事をずっと追っている記者とそれとは違った立場から見ている者では見方が当然異なるといった内容の返事だった。

 私は星浩氏のような視線を持っているのが新聞記者だと思っている。専門記者とは新聞記者とは違う人種になるのか。

「特ダネ」と専門記者と本当の記者

 専門記者という言葉にだまされてはいけない。昔はNHKの放送記者で文部記者会にもいたことのある池上彰氏が、いまはタレントとしても活躍しており、3月17日付けの朝日新聞に「池上彰の新聞ななめ読み」というコラムを書いている。

 それによると3月7日付けの新聞には2紙に特ダネが載った。「日銀人事 『武藤総裁』きょう提案」というニュースで、朝日と読売が報じた。他の新聞は武藤氏の名前を掲載できなかった。武藤氏の名前を事前に漏らすと民主党が反発するのを恐れて関係者は口を固く閉ざしたのだという。「人事情報を抜ける(特ダネを書ける)ようになれば一人前」と昔から記者の世界で言われていたと書いている。その通りで、恐らくどんなヘナチョコ記者でも、この言葉は知っているだろう。

 「しかし」と思うのですと、池上氏は書いている。「特ダネ競争は記者の活力、新聞社の力の源泉ですから、記者の力は磨かれます」 だが「それだけの努力と時間は、もっと別なところに割くべきではないかという気がしてならないのです」と。

 「中央銀行の総裁に求められる資質とは何かをもっと読者に伝える記事が欲しかった」「諸外国の中央銀行のトップはどうやって任命されるのか、どんな経歴の人が選ばれるのか」「選定の基準は何なのか。中央銀行の独立はどうやって保障されているのか。それを丁寧に取材して読者に伝える。それが新聞に求められていることだと思うのです」

体制化した記者が書く情報とは何か

 専門記者というのは、普通はこういうことを書ける記者をいうのだが、今度の流れの中ではとても無理なことは分かる。ただ、それならこの問題を新聞社としてどう受け止めるのか。記者一人一人の反省や自戒の念とともに、組織として対応する動きはないのか。

 いま新聞記者の意識は急速に体制化している。学習指導要領を今後どう展開していくかについて検討する会議で、文部科学省の職員は、新聞は学習指導要領に大賛成ですといったという。学習指導要領に限らない。さまざまなところで、記者の思考方法は役人のそれと変わりがなくなっている。昔は政府の審議会に新聞記者が参加することに賛否両論があった。いまそんなことを問題にする空気はない。役人も記者も価値観が同じ証明みたいな現象だが、そんな新聞記者によって伝えられる「情報」から「国民」や「市民」は自衛できますか。

山岸 駿介(やまぎし・しゅんすけ)

1958年 新潟大学人文学部法律学科卒業。新潟日報、朝日新聞記者を経て、多摩大学教授(教職課程)。定年退職後、昨年まで客員教授。1968年 大宅壮一東京マスコミ塾第一期生・優等生。1970年 新聞連載「明日の日本海」で菊池寛賞受賞。教育ジャーナリストとして活躍。「大学改革の現場へ(玉川大学出版部刊)」など著書多数。