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キャンパスナウ

▼2015 盛夏号

SPECIAL REPORT

早稲田と演劇、その密な関係

1928年に坪内逍遙先生が演劇博物館を創設したとき、早稲田大学には、演劇界を盛り上げ、演劇の持つ可能性を追求するという使命が下ったのかもしれません。早稲田と演劇の切っても切れない、密な関係に迫りました。

演劇人が語る 早稲田と演劇

まさに今、舞台で活躍する演劇人に、早稲田演劇の魅力や、演劇への思いをお聞きしました。

演劇界のさまざまな分野で活躍する早稲田ゆかりの演劇人
合理は捨てろ、それが早稲田だ

宮沢 章夫

 少し視野を広げると、世界にはとんでもない種類の、あるいは数多くのパフォーミングアーツがあることに容易に気がつく。そうした刺激的な作品たちは、ごく単純な言葉を使えばものすごく面白い。早稲田大学を基点にしながら、外部に出ること、狭小にならず、もっと多くのことを知ることが必要だ。知らない場所に行ってほしい。まだ誰も知らないパフォーミングアーツ─ここでこの言葉を使うのは〈演劇〉というだけでは収まらない世界があるからだ─、偶然、知らない場所で観てしまったなにかを、早稲田に持って帰ってほしいからだ。それはヒントでいい。外国文化を輸入することで、なにやらエリート意識を持つような時代でもないのは、ネットで知る情報も多くあるからだが、ネットでは得ることのできない、身体や、空気の震えを感じることの大事さもある。だって音楽ライブは全然べつだろ。もちろん外国に行けばいいって話でもない。日本の古典にも素晴らしい原泉が数多くある。視野を広げろ、いつまでも、決まりきった訓練法だけで演劇ができると思ったら大間違いだ。それが早稲田だ。合理は捨てろ。簡単に手に入るものなどどうだっていい。インスタントな奇跡は起こらない。早稲田小劇場どらま館も待っているぞ。私のことを驚かせてくれ。

宮沢 章夫(みやざわ・あきお)
劇作家・演出家・小説家。1980年代半ば、竹中直人、いとうせいこうらとともに「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を開始、すべての作・演出を手掛ける。90年「遊園地再生事業団」の活動を始める。93年『ヒネミ』で第37回岸田國士戯曲賞受賞。2005~2013年まで早稲田大学文学学術院にて教鞭を執る。『ニッポン戦後サブカルチャー史』(NHK出版)他著書多数。
「遊園地再生事業団と主宰・宮沢章夫のサイト」http://www.u-ench.com/

芸術文化としての演劇が改めて認知される日に期待

長塚 圭史

 どらま館が復館するという報せを聞いて大変うれしく思います。私は1998年に阿佐ヶ谷スパイダースの公演で1度だけ使用したことがあります。どの劇団もより多くの観客を呼んでメジャーになりたいという欲望のあった時代。どこそこは何人の観客を入れているぞ、というようなことを私自身も随分と意識した時代があります。

 昨今は現代演劇の様相も変わりました。それぞれの表現形態に見合う規模で継続して、創作してゆくことこそ幸福とします。またそうした創作に時間と場所を提供し、金銭的負担を軽減させてくれる(多くは公立の)機関も増えました。どらま館もこれまで以上に学生に開かれた劇場になるのでしょう。

 私は演劇の興行的な側面と芸術性の融合を願う者でありますが、演劇が改めて芸術文化として認知される日がやがて訪れるであろうことに大いなる期待を抱いています。どらま館が、早稲田演劇の新たな拠点として、良質な作品を多く生み出してくれることを楽しみにしています。

 それでもなお、私が学生だった頃のあの熱さは懐かしく、劇場の熱を生んでいたように思うのです。演劇とは商戦ではなく芸術的な創作なのだと言えばそれまでなのですが、若者の憑かれたような熱気と芸術性とが混じり合う、刺激的なシーンが再び立ち上がらないものかと、どらま館に大いに期待しているのです。

長塚 圭史(ながつか・けいし)
劇作家、演出家、俳優。劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」主宰。「葛河思潮社」代表代行。2015年10月1日~17日に紀伊國屋サザンシアターにて上演される舞台『十一ぴきのネコ』の演出を担当する。

創造の芽をのばし、せめぎあう無秩序な多様性

長田 育恵

 文キャンのスロープ下に部室があった利便性で「早大ミュージカル研究会」に入部を決めたのが、私の分岐点でした。その頃は、旧どらま館と旧学生会館を基点に、六号館屋上にあったSPACE 5や校舎地下にあった部室長屋など、大学中至るところで多角的に、現代演劇からコント、歌舞伎などの古典まで、さまざまな種類の演劇が溢れかえっていました。かくいう「早大ミュー研」の隣の部室は、前衛劇の学内旗手であった劇団「森」。得体の知れない呻き声が壁越しに聞こえてくる。負けじとこちらは歌い踊る。演劇初心者で入学した私も、こうした早稲田に充ちる演劇のエネルギーに魅せられ、その年の冬からは本公演の演出・脚本・作詞を担当するようになっていました。

 早稲田演劇の最大の魅力の一つは、この無秩序な多様性ではないでしょうか。雑多で豊かな土壌から、それぞれの創造の芽をのばし、せめぎあう。演劇で社会と渡り合う覚悟と具体性を試される。あの頃早稲田で育まれた情熱が、今の私を支えています。

長田 育恵(おさだ・いくえ)
2009年、自身の劇団「演劇ユニットてがみ座」を旗揚げ。『青のはて』(2012)で第16回鶴屋南北戯曲賞に、『地を渡る舟』(2013)で第17回鶴屋南北戯曲賞と第58回岸田國士戯曲賞にノミネート。今年、坪内逍遥の生涯を描いたピッコロ劇団『当世極楽気質』の他、10月には、てがみ座『地を渡る舟』(再演)が上演予定。

演劇は世の中を見る手段だが、世界は演劇だけではない

神里 雄大

 私は、早稲田に入ったことによって演劇と関わるようになったので、もしも早稲田にいなかったら今この仕事をしているかわからない。大学時代は主にサークルの人たちと、稽古をして公演をして、飲んで演劇の話をして、融通のきくバイトの情報を交換して…というように、生活の中心に演劇があった。それは有意義だったし、今の自分の原点とも呼べる日々だった。けれども同時に、(今となっては)もっと広い世界を見ておけばよかったと思う。演劇は世の中を見る手段として有効かもしれないが、いっぽうで世界は演劇だけではない、という至極あたりまえのことを、濃密な早稲田演劇の世界にいた自分は知らなかった。数多くの劇団、伝統ある歴史と環境は、その中だけで完結できてしまうという深さと危うさを持つようにも感じる。用意された環境を飛び越えて、学割をうまく使って、さまざまな土地や文化、言語に触れて自分の世界観を広げてもらえるといいんじゃないかと思います。

神里 雄大(かみさと・ゆうだい)
作家・演出家。「岡崎藝術座」主宰。1982年生まれ。2005年第一文学部卒。在学時に、岡崎藝術座を結成。今年12月に複数都市にて新作ツアーを予定。

早稲田の学生演劇人の声
演劇に本気で打ち込む仲間がいる

井本 巳仁/文学部1年

 演劇部に所属していた高校時代、早稲田の演劇サークルが地元を訪問。ワークショップに参加して、憧れが一気に募りました。演劇を指導してくださった恩師の「いつかどらま館で芝居をしてほしい」という言葉を胸に一心に早稲田を目指し、今、ここにいます。演劇に本気で打ち込める環境や仲間の存在に感謝し、幸せをかみしめながら日々稽古に励んでいます。いずれは地元・美濃加茂市の演劇発展に寄与できたらうれしいです。

井本 巳仁(いもと・みくに)
劇団「くるめるシアター」所属

早稲田を演劇の聖地として返り咲かせる!

土肥 天/文化構想学部3年

 どらま館を、早稲田を、演劇の聖地として返り咲かせること?? 私はその可能性を信じています。プレオープン公演では、現役の学生で唯一、以前のどらま館を知ってる方と仕事をさせていただいたことで、想いがさらに高まりました。先輩方から引き継いだものを現役にもつなぎ、さらに発展させるべく、どらま館学生委員会の中心となって活動しています。現役として、これからの早稲田の演劇を盛り上げていく騎手になりたいと思います!

土肥 天(どい・たかし)
劇団「森」所属。主に脚本・演出・制作を担当

時代や演劇論からはみだす早稲田演劇人

岡田 まりあ/人間科学研究科 修士課程2年

 昨年度、文化企画課が設置した「文化推進学生アドバイザー」を務め、サークルとは違った形で早稲田の演劇と関わるようになりました。その中で、「演劇の早稲田」の強みとは、表現の多様さ、学生の行動力、人のつながりにあるのかなあと思い始めました。早稲田は、たまに時代や演劇論からはみ出す演劇人がいつでも自由に表現できる場所である一方で、ここを出ていった多くの演劇人にとっては、「帰る場所」でもあるのだと思います。

岡田 まりあ(おかだ・まりあ)
劇団「森」OG。2010年に所沢キャンパス
演劇サークル「演劇集団ところで」創設。