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キャンパスナウ

▼2013 錦秋号

SPECIAL REPORT

早稲田の文学

早稲田大学は坪内逍遙による文学部創立、文芸雑誌「早稲田文学」創刊に始まり、これまで多くの文学賞受賞者や編集者、研究者を輩出するなど、「文学」の世界に力を発揮してきました。
こうした文化人たちがつくりあげた「早稲田の文学」とはどのようなものでしょうか。
早稲田に関わる人々の誇りの一つである「早稲田の文学」を改めて掘り下げ、その魅力に迫ります。

授業紹介

「文学」を学ぶ

文化構想学部の「文芸・ジャーナリズム論系」では、「文芸創作」「テクスト・文化批判」「編集・ジャーナリズム」の3つを柱に、学生への幅広い学びを提供しています。
ことばを通じて人と人をつなげることを目的とした教育を行っている授業の一例を紹介します。

授業名:大衆小説論

さまざまな表現を求める学生の幅広い要求を満たす

高橋 敏夫
文学学術院教授

 「大衆小説論」では、大衆小説(エンターテインメント)を中心に、マンガやアニメのサブカルチャー、映像や音楽などのポップカルチャーをとりあげ、新たな表現を模索する現代小説(純文学)の試みにも言及しながら、春学期は「ホラー」をテーマに、秋学期は「怪物」をテーマに講義をしています。

 二つのテーマはいずれも「現代社会および人間の壊れ、歪みに直面し、潜りぬける」ことに関わります。中里介山の『大菩薩峠』から村上春樹、小野不由美、桜庭一樹といった定番のほか、とりあげる作品は毎年少しずつ変わり、今年は『進撃の巨人』や『神さまのいない日曜日』などが加わりました。理論面では、文学理論はもとより、カイザー、バフチン、フーコー、ネグリなどの思想もとりあげます。「大衆小説論1」の実況中継本が宝島社新書から出ており、「大衆小説論2」ももうすぐ出ます。

 純文学対象の文学論はどの大学でも開講されていますが、大衆小説を中心にした講義は早稲田だけです。早稲田は、さまざまな表現を求めて全国から集まる学生の幅広い要求に応えねばなりません。この講義からはすでに、エンターテインメント作家、エッセイスト、劇作家、評論家、映像作家、ノンフィクションライター、研究者が続々誕生しています。

 文学部・文化構想学部最大の教室満杯の400人の学生、すなわち近未来の新たな表現者を前に、私は毎回「まず自分から楽しめ」をモットーに話をしています。

授業名:暴力と文学

教養としてではなく学生が切実に作品と関われるように

松永美穂
文学学術院教授
©清水 知恵

 「暴力と文学1」の授業では、文学作品における「暴力」の表象について考えるほか、「暴力」のさまざまな形が創作の現場に与える影響や、言葉の中に潜む「暴力」についても考察することを目指しています。今年度は特に「戦争」をテーマに、ギリシャ悲劇から村上春樹に至るまで、さまざまな作品をとりあげました。私の本来の専門はドイツ語圏の文学ですが、ドイツではヒトラーの政権獲得後に知識人の大量亡命が起こり、第二次世界大戦後は国が東西に分裂する悲哀を味わいました。戦後のドイツ語文学は、ナチスの負の遺産という近過去と向き合うことを余儀なくされ、「アウシュヴィッツ以後」の表現をめぐって模索を繰り返したのです。授業では「戦争への危機感」や「もし戦争が起こったら自分は亡命するか」などのレビューシートを受講生に書いてもらいました。単なる教養としての読書ではなく、自分の身に引きつけて考えることで、学生たちがより切実に作品と関わっていく様子を確認することができました。

 来年は第一次世界大戦開戦から100年、再来年は第二次世界大戦終結から70年と、いろいろな記念の年が続きます。授業で呈示した参考文献をもとに、さらに読書の幅を広げてもらえたらと願っています。

授業名:選択基礎演習 小説のいじり方 実践編

文学的実践の雰囲気にじかに触れてほしい

貝澤 哉
文学学術院教授

 この授業は、小説を読む/書く技術を実践的に学びたい一年生を対象に、小説を《いじりたおす》ためのプロの技や攻略法をとことん伝授してやろうというものです。小説をどう読んでどう楽しもうが基本的には読む人の自由ですが、「ストーリーが面白い」、「キャラクターに共感できる」、「作者の言いたいことは○○だ」といった、いかにも学校的で《ダサい》読み方では、小説の本当の面白さを理解することはできません。作家が小説の言葉の具体的な細部にどれほどの技術や工夫を凝らして書いているかが読み解けるようになれば、まるで目からウロコが落ちるように、小説がそれまでとまったく違った姿に見えてくるという新鮮な体験ができるでしょう。こんなことは、高校までの授業では教えてくれません。

 授業では実際に、日本や外国の優れた小説を毎週一冊読み、それについて自らも言葉を書き、その読みについて全員で討論します。

 1891年に坪内逍遙が創刊した「早稲田文学」以来、早稲田は数多くの作家、批評家、編集者を輩出し、文芸科や文芸・ジャーナリズム論系を擁して日本の文学界に今なお大きな存在感を示し続けています。「早稲田文学」からは川上未映子、黒田夏子らの芥川賞作家も生まれました。学生の皆さんにも、早稲田のこうした文学的実践の雰囲気にじかに触れ、あわよくば第二、第三の川上、黒田へと化けてもらいたい─それが、この授業の密かな目標なのです。

授業名:選択基礎演習 音楽文化論

身体的な体感を経てことばを紡ぐ

小沼 純一
文学学術院教授

 私たちはことばで生きています。大学での学問の大半はことばにより成り立っているし、たとえそうでないものがあっても、ことばの助けなしにはありえません。文芸・ジャーナリズム論系はこの事実に意識的であろうとし、ことばについて考え、ことばと自覚的につきあっています。具体的には、創作・批評・翻訳・編集といった切り口から、文学と呼ばれるいとなみにアプローチします。長い年月を耐えてきた古典から、現在、日々紡がれている作品まで、他人行儀な「研究」とはひと味違ったアプローチが、一文一文おろそかにしない、書く主体としての読解が試みられます。

 講義にはヨーロッパ、アジア、英米圏など地域ごとの文学を扱うものがある一方、同時代的あるいは横断的な視点を持っているもの、暴力やジェンダーといったテーマに即したものがあります。アタマからだけではなく、より身体的に体感する演習などもあります。私の担当する「音楽文化論」でも、実際に音楽を聴いて、音楽のさまざまな有り様を見ながら、非音楽、翻訳、メディア、テクノロジー、国家等々の多様なテーマを扱っています。

 早稲田大学には多くの学生がおり、それぞれ異なった場でことばを紡いでいます。文章を書くというのは孤独ないとなみで、かつどこでも書くことができます。その意味で当論系は、雑誌「早稲田文学」の流れを直に継ぎ、また学内外において活躍する教員が所属しており、論系そのものがひとつの現場となっています。ことば、文学と身近に接するのにこれほど適したところはない、といってもまんざらはずれではないのではないでしょうか。

文学に関わる実務家教員

蜂飼 耳
文学学術院教授
「短詩型文学論」「イメージと批評」など

北村 薫
文学学術院教授 「文芸・ジャーナリズム論系演習(テクスト論)」など

青山 南
文学学術院教授
「英米文化事情」「翻訳実践・批評ゼミ」など

 上記以外にも、翻訳家・エッセイストとしてアメリカ文学や絵本などの翻訳を手がける青山南教授、小説家・推理作家として活躍している北村薫教授、詩・小説・エッセイ・絵本などさまざまな領域で執筆を続ける蜂飼耳教授など文学界で活躍中の作家・翻訳家などを実務家教員として招聘。ことばを通じて人と人をつなげるという「文学」を学ぶ目的について学生の学びの視野を広げる教育を行っています。

「早稲田の文学」に関わるイベントを開催

早稲田大学では、各箇所で「早稲田の文学」に関するイベントを開催し、文学に触れる機会を提供しています。
一部を紹介します。

トークセッション
「村上春樹の作品が世界で愛される理由は何か(仮題)

日程:11月12日(火) 16:30~18:00
スピーカー:加藤典洋国際学術院教授
主催:国際コミュニティセンター(ICC)

多和田葉子・高瀬アキ ワークショップ&パフォーマンス
日程:11月14日(木) 18:00~20:30(開場18:00)
ベルリン在住の作家・多和田葉子と、ジャズピアニスト・高瀬アキによるワークショップ&パフォーマンス。

総合人文科学研究センター年次フォーラム
「東アジア文化圏と村上春樹―越境する文学、危機の中の可能性―」

会場:国際会議場 井深大記念ホール
日程:12月14日(土) 13:00~17:30
日中間で対立感情が加熱していた2012年9月に「魂が行き来する道筋」と題した寄稿で“東アジア文化圏”の存在と危機を明示した村上春樹を手掛かりに、国境を越えて文化が享受される現代における文学の役割や可能性、未来へ向けた展望を日米中韓の研究者・作家が講演と討論を通じて探るシンポジウム。
主催:総合人文科学研究センター