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キャンパスナウ

▼錦秋号

SPECIAL REPORT

早稲田とスポーツ―スポーツを通じた社会との連携―

選手の育成をはじめ、スポーツに関する研究など大学教育の一環としてスポーツの可能性を追求してきた早稲田大学。
2012年ロンドンオリンピック、パラリンピックでは、早大関係者が多数活躍するとともに、JOC本部関係者として多くの教員も参加しました。そこで、スポーツをアカデミックな視点からとらえるとともに、スポーツを通じた大学と社会とのつながりについて探ります。

Academic view

スポーツを科学する

各分野で活躍する早稲田の研究者8名に、自身の専門分野から見たスポーツについて学術的知見を寄稿いただきました。

分野:映像ジャーナリズム
「メディア・リテラシーとスポーツ」

高橋恭子
政治経済学術院教授

スポーツ文化の発展には自ら解釈し主体的に発信する力が必要

 私の担当する「映像ジャーナリズム論」ではメディア・リテラシーの観点から、新鮮なテーマの映像を取り上げます。オリンピックもそのひとつ。メディアが情報を選別し、構成するオリンピック映像は、誰一人全体像を見ることはありません。授業ではメディアがどの競技を選択し、誰の視点で、どう構成しているかを、言語、価値観、産業としての側面、オーディエンス(受け手)の4要素から分析します。

 注目選手はタレント化し、生き様までもがドラマチックに演出される一方、伝えられない視座から見ることも重要です。パラリンピック北京大会では、学生と共に市民メディアの記者として、高性能の器具にアクセスできる国とできない国、障害者スポーツにおけるさまざまな格差などを浮き彫りにし、発信しました。

 情報が偏在し、誰もが発信できる現在だからこそ、自ら解釈し主体的に発信する力が必要です。その力は、豊かなスポーツ文化の発展に寄与できると信じています。

分野:国際私法 他
「スポーツと法」

道垣内正人
法学学術院教授

スポーツ紛争の解決は法律家にしかできないスポーツへの貢献

 オリンピックの選手選考にもれた選手が不服ありと裁判所に提訴しても、法律を適用して判断できないため訴えは却下されてしまいます。そこで第三者である仲裁人が選手とスポーツ団体双方の主張を聴いた上で、拘束力のある判断を下せるよう、1994年に日本スポーツ機構が設立され、私が機構長を務めています。最近では、仲裁判断により男子2人乗りボートの代表決定が取り消され、再レースの結果、仲裁申し立てをした選手を含むチームが勝利し、オリンピック出場を果たしました。

 国境を越えた法律問題を専門とする私にとって、国境のないスポーツ界を律する仕事は適任かもしれません。昨年施行されたスポーツ基本法は、スポーツ団体の運営の透明性の確保や、スポーツ紛争の迅速かつ適正な解決に関する規定が盛り込まれました。選手がスポーツに打ち込める環境整備として、グッド・ガバンナンスの確立や適正手続の保障などは重要です。法律家としてできる、また法律家にしかできないスポーツへの貢献があると考えています。

分野:美術史・視覚文化論・表象文化論
「スポーツと美術・表象文化」

向後恵里子
文学学術院助教

スポーツに対する個々人の認識を問い直すところにスポーツ文化形成の鍵がある

 スポーツと美術や表象文化の取り合わせは一見奇妙に映るでしょう。しかしスポーツは多様な条件と歴史を備えた文化的営為にほかなりません。人々がスポーツの何に高揚したのかは、それぞれの社会で働く集合的イメージとその政治的機能を探る試みとなります。「美しい身体」が民族的優越感と、「スピード」が資本主義的権利と結びつく時、それぞれの社会では何が起きていたのでしょう。

 問題は、スポーツが文化的ヘゲモニーをめぐる闘争の場として理解され行動されること。スポーツ能力がクラスの人気に影響し、「黒人はバスケットボールが上手」といった偏見を持つなど、スポーツには人を区別・差別する力も働きます。それを認識せず「観戦」「凱旋」「サムライ」といった言葉に心酔し勝敗のみに関心を寄せると、フェアプレー精神や性別・国籍・身体的条件の多様な人々に開かれたフィールドという、スポーツの別の大きな側面は損なわれてしまいます。スポーツ文化形成の鍵は、個々人の認識を問い直す営みの中にもあるでしょう。

分野:都市計画、地域計画
「スポーツとまち」

中川義英
理工学術院教授

スポーツを通し、さまざまな人が「憩える」場をつくることが大切

 地域づくりでは、「住む、働く、憩う」そして「動く」という人間の基本的な生活要素を考えます。しかし「憩う」が地域づくりの焦点になることは少なかったと言えます。そこで物質的な豊かさから、心の豊かさを求める施策も要求されてきています。

 市民のスポーツ、芸術、文化活動などは「個」の活性化に直結しますが、市民が協力して集団へ展開することで「地域」の活性化という公益性のあるものへと継続的に発展させることが可能です。しかし「憩う」に焦点をあてた地域づくりの知見は残念ながら限られています。欧州では「スポーツ都市宣言」を定めて都市再生に取り組む地域もありますが、日本で「憩う」場を具現化しようとすると複合的な検討を要します。

 都市は単なる無機的な構造物の集合体ではありません。私はスポーツ推進委員を30年近く務め、継続的なスポーツ機会の場で日常生活や地域づくりについて意見交換しています。今後は、地域で生活する障がい者から健常者、幼児から高齢者まで、多様な形で「憩える」場を増やす必要があると考えています。

分野:神経・筋肉生理学
「運動制御・バイオメカニクス」

鈴木秀次
人間科学学術院教授

身体運動の仕組みを神経制御とバイオメカニクスの見地から研究

 日常生活での身体運動は、脳からの神経指令と末梢からの神経指令の協調により起こります。双方からの指令は脊髄アルファ運動ニューロンと骨格筋の活動を促し、運動となります。特に中枢神経系の働き(感覚器からの情報を処理して個体が環境に対応できるような効果器の応答を起こさせる統合機関として働く機能)は、動きづくりの基礎を成します。

 競技力向上を目的に、例えば陸上100m走や走り幅跳など、ヒトが速く走り遠くに跳ぶ「動き」などを解明しています。分かったことは、私たちの体には約600の骨格筋がありますが、それらをタイミング良く動かすことで、2009年にウサイン・ボルトが達成した男子100mの世界記録9秒58は更新される可能性があるということです(図)※。現在は高齢者が元気で健康になるような運動、特に太極拳を研究しています。

※興味のある方はこちらも参照ください。
①人はいかにして速く走るのか:100m走の最新サイエンス『milsil:自然と科学の情報誌5(4)』(国立科学博物館・2012)
②『100メートル走―どこまで速く?ボルトの速さの秘密』(日本経済新聞電子版2012/8/5)

分野:スポーツ教育学
「スポーツ教育学・スポーツ倫理学」

友添秀則
スポーツ科学学術院教授

スポーツは人間を創るか~スポーツ教育学とスポーツ倫理学の狭間で~

 子どもたちの暴力やいじめが社会問題となっている昨今、スポーツや身体活動で子どもの人格的危機を回避させようとする機運が高まっています。スポーツには喪失と獲得、競争と共同、勝利と敗北、共存と敵対、苦悩と幸福、屈辱と向上など、人生で経験する多くの葛藤を集約的に提供する場があります。さらに、努力や協力を通して集団的な達成を可能にし、自己有能観を増す機会を提供してくれるでしょう。

 これまで日本では、スポーツによる人間形成の可能性を問う倫理学的研究や教授方略(Teaching Strategy)を考案する教育学的研究はあまり行われてきませんでした。しかし近年、スポーツによる道徳性や社会性の発達を企図する教育の成否は、指導者の方略や力量に大きく依存することが研究で明らかになっています。つまり、スポーツが人間形成に有効であるためには、明示的なカリキュラムが必要だということなのです。バーチャル化する社会の中で、スポーツ教育学やスポーツ倫理学の責任は一層重くなるでしょう。

指導者の力量が子どもの人格に大きな影響を与える

分野:スポーツマーケティング
「スポーツとビジネス」

原田宗彦
スポーツ科学学術院教授

スポーツが持つ感情的な訴求効果を活用したスポーツマーケティングの魅力

 通常のマーケティングとは異なり、スポーツマーケティングが研究対象とするのは、合理的に行動する「ホモ・エコノミクス」(経済人)ではなく、遊びから得られる心理的満足や経験価値に重きを置く「ホモ・ルーデンス」です。彼らのベースは、自由時間に、自発的に目的を持って行うレジャー消費。そこで研究では、従来の消費者行動理論では捉えきれない「遊び」「感動」「興奮」が誘発する、非合理的な行動の解明が必要です。

 例えば熱狂的なファンは、通常の商品やサービスでは起こりえない強烈なブランドロイヤルティを保持しています。自分が死んだらスタジアムのピッチに灰を撒いてほしいと願うサッカーファンはいても、毎日通うスーパーの床に撒いてほしいという人はいません。スポーツで涙は流しても、高価な3D液晶テレビを買って涙を流す消費者もいません。

 日本では、有名スポーツ選手をエンドーサー(商品推奨者)として用いますが、興味深い研究テーマです。警察の暴力団排除や少年非行防止などのポスターの3分の2はスポーツ選手が用いられています。これはスポーツ選手の社会貢献活動であり、かつスポーツが持つ感情的な訴求効果を活用した公共サービスのマーケティングなのです。

分野:スポーツ栄養学
「スポーツと栄養」

田口素子
スポーツ科学学術院准教授

“スポーツ食育”の実践は次世代を担う子どもたちの生涯の健康づくりの礎となる

 トップスポーツを支える栄養摂取の基準づくりに関する研究と、栄養サポート体制の整備に奔走してきました。アスリートのための栄養・食事ガイドライン策定に関するプロジェクト研究に参加するほか、日本人アスリートに適した増量法やウエイトコントロール法など、栄養学的ストラテジー構築のための食事介入研究を実施しています。また、公認スポーツ栄養士の資格認定制度を立ち上げたことは大きな進歩でした。

 スポーツ栄養学を応用できるフィールドは、トップスポーツに限りません。小学生や市民ランナー、中高年、介護予防を目指す高齢者など、すべての人にとって、身体活動量に見合う適切な栄養摂取は欠かせないからです。特にジュニア選手に対する“スポーツ食育”の実践は、次世代を担う子どもたちの生涯の健康づくりの礎となります。心身ともに健康で活力ある社会の実現のために、「エビデンス・ベースト・スポーツニュートリション」を早稲田から発信することが使命と考えています。

ジュニア選手に対する栄養教育風景