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SPECIAL REPORT

大学の知を社会へ還元

イノベーションの創出を支援する産学官研究推進センター

大学の研究成果を活用し、新たな時代を切り拓くイノベーションの創出を図るため、1999年に設立された産学官研究推進センター。
その活動を振り返り、産学官連携の意義と今後の展望について、同センター長の木野邦器先生に伺いました。

知を社会に還元する大学の果たすべき使命

木野邦器
産学官研究推進センター長
兼 理工学研究所長

――まず、産学官研究推進センターが設立された背景をお聞かせください。

 日本の科学技術振興のため、国は大学の教育研究成果の技術移転を進めようとしています。本学では1998年に成立した「大学等技術移転促進法(TLO法)」に基づき、1999年に学内に知的財産(※1)の管理を担う承認TLOが設置されました。何回かの改組を経て、学生や教員のベンチャー企業育成を行うインキュベーション推進室を備えた現在の姿になっています。

 承認TLOの大きな役割は3つあります。大学の教育研究から生まれる成果を知的財産として権利化し世界へ発信する「知的財産の管理」、その成果を技術移転し新規産業の創出を先導し社会貢献を行う「技術移転」、そして、地域活性化や企業との連携を後押しする「産学官連携の創出」です。

 現在、技術コーディネータ10名、法務コーディネータ3名を含む23名の教職員で業務にあたっています。コーディネータは専門家として、知的財産の発掘や権利化の手続き、各種契約などの交渉、企業のニーズと大学の研究シーズ(※2)をつなぐコーディネートを行っています。

 大学には知を社会に還元する使命があります。センターの活動はその使命を果たす役割を担うことにもなり、本学の教旨の一つである「学問の活用」にもつながるものと言えるでしょう。

――発足後、これまでの歩みを振り返り、成果をお聞かせください。

 研究成果を特許として権利化することは、学内に広く浸透してきました。この11年間の成果として特許出願件数は1,400件以上、特許登録も約250件に達します。さらにライセンスの活用、実用化に結びついたものは190件程あり、大学に1億7,270万円の収入がもたらされました。

 2003年には「知的財産基本法」が制定され、本学では文部科学省から「大学知的財産本部整備事業」を受託し、2007年度までに総額3億円強の活動資金を得て、産学官連携活動を展開してきました。

 特許の出願から登録までは4~5年かかり、実用化にはさらに数年を要します。発足10年が過ぎたので、今後実用化の実績が現れてくると期待しています。

――他の大学にはない、早稲田の強みはどんなところにありますか。

 技術と法務のコーディネータが同じ組織に所属し、学内に承認TLOを設置している大学は珍しく、発明者である教職員や学生と密接なコミュニケーションがとれているのは強みです。加えて分野別に技術コーディネータを置いているので、最適なサポートを受けられます。企業との共同出願が半数以上であるのは、企業と連携して実用化を推進していることの現れの一つであると考えています。今後も、多様な専門分野の研究者や研究成果を有している総合大学のスケールメリットを生かしていきたいと考えています。

――それでは、課題はどんなところにあるとお考えですか?

 大学の知的財産を発掘し、活用していくためには充実したマンパワーが必要です。本学の技術コーディネータは現在大半が非常勤であり、全学の研究領域をカバーするのは至難の業です。

 また、企業からは「大学のどの部門に相談したらいいのか分かりにくい」とご意見をいただくことがあります。これまで理工系では研究室ごとに企業と共同研究を行っていた経緯もありますが、それに加えて理工総研に産学連携室があったり、教務部に社会連携推進室があったりと、分かりにくい場合があるようです。全学的にワンストップ体制を整備し、産学連携業務を効率的かつ積極的に展開できるように業務を明確化し、コーディネータなど人員の適正な配置が必要であると考えています。

――今後、産学官連携のプロジェクトに継続して取り組むために、何が必要だと考えていらっしゃいますか。

 研究成果の権利化や実用化には、長い年月が必要です。継続性を保つために必要なのは、プロジェクトに一貫して取り組める中堅の研究者です。

 また、企業のニーズや学内からのシーズはあるが、産学連携が効率的に展開しない原因として、“目利き”の不在があります。社会の科学技術動向や企業のニーズを踏まえて、学内のどの研究者につなぎ、どのような研究体制を組織するかを考えて、的確にプロジェクトを立ち上げることのできるコーディネータが必要です。適任者はそう簡単に見つかるものではありません。大学はこれまで社会人の学び直しの場を提供してきましたが、例えば、企業経験豊かな人が早期退職して大学と企業をつなぐコーディネータとなるような養成プログラムを設けるという方法もあるのではないでしょうか。人の循環が、知識と技術を社会全体に循環させることになり、人生設計を組み入れた豊かな社会の構築にも貢献するものと思います。

起業家精神を喚起するインキュベーション推進室

――2001年には起業を志す学生、教職員を支援するインキュベーション推進室も設立されました。具体的にはどんな事業を行っているのでしょうか。

 ベンチャー企業の育成によるイノベーションの創出を目指し、2008年10月には都電早稲田駅の近くに事業活動の拠点として活用できるインキュベーションセンターを開設しました。個室に入居しているベンチャー企業は、IT、医療材料、環境、コンテンツ系など現在12社。センターの共有施設を利用できるインキュベーションコミュニティ制度を利用する会員企業は54社にのぼります。

 入居者を対象にした交流会やベンチャー企業育成講座などを開催し、多くの研究者との連携により、先進的な技術シーズの発掘や学生のビジネスアイデアのブラッシュアップ、起業家精神を喚起するビジネスプランコンテストも実施しています。2011年12月に国内史上最年少の25歳で東証マザーズに上場した株式会社リブセンスの村上太一社長を輩出するなど、着実に成果を上げています。

 こうした起業の息吹は出てきていますが、イノベーションの創出にはさらなる起業家教育が求められます。学内ではオープン教育センターやビジネススクールをはじめさまざまな箇所で起業家養成のための科目が開講されていますが、インキュベーションセンターとの有機的な連携が十分に図られていません。センターを介して、例えばビジネススクールと理工学術院のコラボレーションを実現することで新たな展開ができるのではないかと考えています。社会は大学に対して、「ノーベル賞級の優れた研究者」を期待していますが、現実的には、「研究成果をもとに世界で戦える人」の育成をより強く求めていると思います。

アジアでの知名度を生かし広がる国際的な展開

――国際的な産学官連携について、どのようにお考えですか。

 中国をはじめアジア諸国において、本学は非常に高い知名度を誇っています。とくに中国では、大学や国の研究機関が研究開発の役割を担っているため、日本企業の高度技術に加え、本学に対しても研究連携や技術移転に大きな期待を寄せています。

 2010年度に、本学は文科省の「大学等産学官連携自立化促進プログラム」の採択を受けました。理事を本部長とした国際産学官連携本部を設置し、北京とシンガポールに専門スタッフを配置した海外拠点を設けています。アジア地域においては、これら拠点の活用とシンガポール国立大学や中国のNGOとの協定を足がかりに、研究者の派遣だけでなく、展示会・シンポジウムなどを開催し、国際的な産学官連携体制を強化しています。近年、欧米では電気自動車や情報通信、コンテンツビジネスなどの分野で高い技術を有する日本への注目度が上昇してきています。本学はこれらの分野においても強みを持っているため、欧米に対しても技術移転など積極的に挑戦していくつもりです。

 「Waseda Next 125」の中では、グローバルユニバーシティとしての「WASEDA」の構築やグローバルキャンパスの形成を目標に掲げて、留学の促進と留学生の受け入れを図っています。海外からの留学生には、我が国の技術を習得し、それらを自国で活用展開して日本との架け橋となるような人材が育ってもらえればと思っています。

時代を変革するイノベーションの創出を目指して

――企業と大学、両方で研究を経験された木野先生から見た産学官連携の意義とはどのようなものでしょうか。

 研究の出口が明確である企業と異なり、大学は教育として研究を位置づけ、人材育成を大きな目的の一つにしています。したがって、企業と大学において産学連携に求めるものは必然的に異なるものと考えています。企業の研究開発は戦後、日本の経済発展を長きにわたって支えてきました。企業との共同研究でその経験やノウハウを共有することは、これから社会へ出て行く修士課程、博士課程の学生にとって、間違いなく刺激となるでしょう。

 大学の先端的な研究成果がそのまま事業化につながることはあまりありません。社会のニーズに合った技術開発や製造工程を視野に入れたブラッシュアップが求められます。それには企業との共同開発を通してその方法論を研究室に呼び込むのが有効な手段です。今後も社会が大学に期待する研究開発や技術開発において、客観性、中立性を維持し、研究教育とのバランスを考慮していかねばならないと思っています。

――最後に、センターが目指す姿を教えてください。

 センターが目指すものは、大学の使命でもあるイノベーションの創出と、人材育成を介した社会との有機的な連携の構築と円滑な運営だと考えています。イノベーションとは、古くは活版印刷や火薬の発明、近年ではインターネットや携帯電話、電気自動車など、その誕生で時代を大きく変えた革新的技術や新たな価値を創造した考え方を指します。技術だけでなく、ビジネスモデルの変革もイノベーションととらえることができます。そうした大きな社会の変革を伴う画期的な技術や方法論の創出が、大学に求められているのだと思います。

 先頃示された「第四期科学技術基本計画」でも、「科学技術イノベーションの創出」が技術立国日本の再生に必須であるとしています。大学に対しては先端的な研究成果の技術移転や先端技術を基にしたベンチャー企業の育成のほか、革新マインドや起業マインドの醸成が求められています。本学としても、大学全体がイノベーションの拠点としての役割を果たすとともに、早稲田らしいフットワークの良さと柔軟性を生かして、未来社会の創出に向けて戦略的に取り組んでいく必要があります。センターがその一端を担えればと考えています。

(※1)知的財産…人間のアイデアやブランドなど、「かたち」はないが非常に価値(財産)のあるものを指します。例えば著作物や商標、意匠、発明など。
(※2)研究シーズ・技術シーズ…企業や大学などが研究している新技術を、将来大きな実を結ぶ可能性を秘めた種(シーズ)に例え、研究シーズや技術シーズと言います。

木野邦器(きの・くにき)/産学官研究推進センター長 兼 理工学研究所長

1979年早稲田大学理工学部応用化学科卒業。1981年同大学院理工学研究科博士前期課程修了。1987年工学博士(早稲田大学)を取得。1981年協和発酵工業㈱入社。同社東京研究所、技術研究所主任研究員を経て、1999年早稲田大学理工学部教授。専門は応用生物化学。2010年9月より理工学研究所長、同年11月より産学官研究推進センター長を兼任。現在に至る。

多岐にわたる技術シーズ

Case1

液状化対策としても期待される、
気泡で土を掘る技術

 理工学術院の赤木寛一教授が、有限会社マグマ、太洋基礎工業株式会社と共同で開発した「気泡掘削技術」は、気泡を掘削土と混合しながら掘削することで、溝壁の安定性を保ったまま容易に掘削できる技術です。消泡剤を加えると土砂は元の状態に戻るため、これまで廃棄物処分場に埋め立て処分していた削排土量を約2分の1から3分の1に削減することができます。この技術を応用して開発した地盤改良工法「AアワードWARD-Dデミemi」※は、東日本大震災で重要性が増している液状化対策などでの基礎地盤強化工事への実用化が期待されています。

Case2

ワールドワイドに展開、安全で高品質な
3D変換技術

 いま大きなブームになっている3D映画などで、画像の3D変換を行う株式会社クオリティエクスペリエンスデザイン。理工学術院の河合隆史教授と安藤紘平教授の研究をもとに2008年に設立された、本学インキュベーションセンター発の企業です。3D映像を見ると疲れるというユーザーの声に応えるため高品質な3D画像にこだわり、クオリティの高い変換ソフトの開発と作業に取り組んでいます。これまでに映画『怪物くん』のほか、2010年夏にフィンランドで公開された映画『Moomins and the Comet Chase(ムーミン)』の3D変換を行うなど、世界的にも注目されています。

Case3

世界一薄いナノ絆創膏を開発、
医用応用への実用化に期待

 理工学術院の藤枝俊宣助手と武岡真司教授らは防衛医科大学校と共同で、天然多糖類を用いた高分子超薄膜(ナノシート)を外科手術用創傷被覆剤(ナノ絆創膏)として医用応用することに世界で初めて成功。食品用ラップの1,000分の1の薄さのナノ絆創膏を開発しました。内臓の損傷箇所に貼付するだけで負荷が加わっても安全に閉鎖できることを確認。術後の組織癒着を伴わずに患部を治癒することも可能となり、縫合、切除、被覆材の利用といった古くからの外科的手法に、ナノ絆創膏の利用が新たな手法として加わることが期待されています。

Case4

本学インキュベーションセンターから、
国内史上最年少の上場社長が誕生

 2011年12月7日、早稲田発のベンチャー企業、株式会社リブセンスが東証マザーズへ上場。代表取締役社長の村上太一氏は25歳、国内史上最年少で上場を達成しました。村上社長は政治経済学部1年在学時に受講した「ベンチャー起業家養成基礎講座」のビジネスプラン発表会で優勝。本学インキュベーションセンターにあるオフィススペースを1年間無料で使用できる特典を利用して、2006年2月に起業しました。現在の事業は、アルバイト求人サイトを中核に、転職・派遣・賃貸住宅・中古車など、さまざまなWebサービスを展開しています。

専門職インタビュー

評価基準の明確化と
目利きが大切

技術コーディネータ・弁理士
榎本英俊さん

 私は、弁理士という立場から、大学から産み出された技術を社会に還元すべく、特許の権利化や維持管理について教職員にアドバイスしています。特許権は、技術の実用化に際し、他者との優位性確保の上で欠かせない権利です。しかし、大学の研究を社会のニーズにマッチングさせて実施企業を探し、実用化させるのは、決して容易ではありません。早稲田でも1999年の承認TLO設立以来、多くの研究成果を特許出願してきましたが、その多くが現時点でまだ実用化に至っておりません。大学の特許保有の意義は、企業保有の場合と異なり諸説あろうかと思いますが、大学の研究成果の社会還元を目指し、かつ、研究者の研究のインセンティブを低下させないよう、じっくり研究者の相談に乗り、特許の将来的な活用方針まで引き出すことを心掛けています。大切なのは、特許有益性の観点からの評価基準の明確化と目利きです。

社会の未来像を
共有する

技術コーディネータ・理学博士
長尾洋昌さん

 技術コーディネータは、独創的な研究成果の知的財産化から事業化までのプロセスを目の当たりにできる仕事です。

 大企業から起業まで経験し、理化学分野の試薬や機器の開発に長年携わっている経験を生かして、大学の技術シーズの実用化に向けて、技術や市場の発展を予測し移転活動をしています。技術が相手というよりむしろ人を相手にする仕事なので、地道にいろいろな方と信頼関係を築き上げることが技術移転の第一歩です。

 本学には豊富な「知」や「設備」、「ブランド力」があります。それをもっと活用すれば、社会ニーズとマッチできる早稲田らしい産学官連携ができると思います。将来、早稲田大学が開発した技術が世界で利用されることを願っています。