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▼新緑号

SPECIAL REPORT

行動する国際派知識人を育成する

早稲田の英語教育

これからの社会では、英語を手段として使い活躍する人材が求められます。
大学には、社会で活躍する人材の育成という重要な役割が求められます。
本学でも、さまざまな英語教育をすすめてきました。
社会における英語教育の重要性と、早稲田大学での取り組みを紹介します。

Part.1 鼎談

大学の英語教育に課せられた使命

 「議論のできる英語」を目指して、十数年にわたって進められてきた本学の英語教育改革。推進役を務めた中野先生と、教務部長の大野先生、学部生の英語力を重視している深川先生に語っていただきました。

語学は道具 「議論できる英語」を目指す

――まず、早稲田大学が英語教育に力を入れるようになった経緯をお聞かせください。

中野 1990年代半ば頃、早稲田の学生の英語力が低いために一部上場企業への就職の足かせになっているのではないか、という話が出てきました。そこで、当時の奥島孝康総長のもと、教務部長だった白井克彦前総長が英語教育改革をスタートし、1997年から第一文学部で少人数の英語教育の実験が開始されました。チュートリアル・イングリッシュの原型です。ちょうどその頃、IT化も推進されていて、インターネットを使って遠隔の学生とチャットをする実験も始まり、着々と成果を出していきました。また、2000年12月には、学部の枠を超えた総合的かつ多様な教育を実現することを目的としたオープン教育センターが設置され、そこで提供される「General Tutorial English」が多くの学部で必修になっていきました。さらに、その第二段階として用意されたのが、「Cross-Cultural Distance Learning」(CCDL)です。アジアの名門大学を中心とする海外協定校と、インターネットを通してプレゼンやディスカッションなど学生同士が直接議論をする共同授業です。

 2000年に発足した「21世紀の教育研究グランドデザイン策定委員会」の英語教育ワーキンググループでは、各学部の英語教育の実態を明らかにした上で、今後、どんな英語教育が必要か話し合われました。そこで出た方針が「英語で議論のできる英語教育」です。読み書きだけでなく、聞いて話せるようになることを重視しました。

 こうした改革は、組織を動かす立場にある人が肝入りで取り組まないと成功しませんし、持続しません。大学をあげて組織的に取り組んだことが、早稲田の英語教育改革を成功に導いた理由だと思います。今後さらに教育の質を向上するため、説得力のあるデータを示しながら、教育の仕組みをブラッシュアップしていきたいと考えています。

大野髙裕(おおの・たかひろ)/教務部長(理工学術院教授) 略歴はこちらから

大野 15年前を振り返ると、理工学部の学生でも英文学の教材で英語を学んでいました。英語は身に付けて使うものというより、必修だからやるというような位置付けでした。しかし、英語教育ワーキンググループが発足した頃から、理工学部でも「英語は目的ではなく、道具だ」ということに気付き、研究や論文を書くために必要だという認識になっていきました。今となっては当たり前のことですが、当時は「英語は道具だ」と言うと、「英語に対する冒涜だ」と言われかねない雰囲気がありました。現在の3理工学部の英語カリキュラムは、理工系出身で言語学などを専門とするネイティブの先生が中心になって作られたものです。期末試験問題も共通化し、学生の成長度合いが目に見えるようになりました。1~2年生の基礎コースに加えて、3~4年生のアドバンストコース、マスター、ドクター向けのクラスも用意されています。教育の基盤は整ったので、あとはニーズに応じて、クラスを増やしていきたいと考えています。

深川 社会科学系の学生にとっての英語は、理系とも人文系とも違う特殊なニーズがあります。理系は、研究発表をする時に、数字やデータが内容を語ってくれます。しかし、社会科学の研究内容は、数字だけでも説明できないし、論理的に一般化して語ることが求められます。しかも、文学系や教育系の学生のように、もともと語学に関心があるわけでもない。そう考えると、社会科学系の学生は英語を学ぶことにおいて、ある意味、最も不利なポジションにいるのではないでしょうか。しかし、卒業後、ビジネスマンとして活躍する時には、早稲田の英語教育が目指す「議論できる英語」に最もニーズがある分野だと思います。

 私は早稲田に来て6年になりますが、来る前に抱いていた早稲田の英語水準からすると、非常に高いレベルになっていると思います。今の学生たちは、英語はできてプラスではなく、できないとマイナスというグローバル化した時代を生きていかなければなりません。最近、楽天やファーストリテイリングなど、英語を公用語にする会社も増えています。早めに英語教育を強化しておいてよかったです。この十数年間の努力がやっと身を結ぶところまで来ていると思います。

緊張なく話せる 実践的な少人数のレッスン

――早稲田の英語教育の基盤となる「General Tutorial English」の特長は何でしょうか。

中野 私が教育学部に来たときは、英語英文学科の英作文の授業で、多いと70名、英会話の授業が40名などという状態だったので、授業で発表する際は、公衆の面前で演説するのと同じ状態でした。それでは日常会話の練習にならないので、「General Tutorial English」では4名という少人数にこだわりました。高校までの受け身的な単語力と文法力を「General Tutorial English」で何回も練習し、半年で定着させることを目指します。上級クラスになると、普通の教科書には出てこないイディオムも出てきますし、数式やグラフを英語で説明できるようになります。

深川 社会に出て人の上に立つようになれば、大勢の前で話すこともあるかもしれませんが、とりあえずは営業担当者として、目の前のお客様を説得することが求められます。そう考えると、少人数で英語を話す授業は、非常に意味があると思いますね。

中野 チューターのティーチング能力にも自信があります。半期に一回、オブザベーション(授業風景をビデオ撮影し、シニアチューターが授業を評価。)があり、一定のレベルを維持しています。早稲田は都心にあって通いやすいですし、学生の質が高く、教え甲斐があるので、チューターの側からも人気があります。

深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)/広報室長(政治経済学術院教授) 略歴はこちらから

深川 私のゼミでは、TOEIC800点以上をゼミに入る条件の一つとしているのですが、たまに例外の学生を採るんですね。その学生は最初480点だったのですが、チュートリアル・イングリッシュだけで850点に伸びました。周りの環境に触発されたのも大きかったと思います。

中野 全学的な基盤教育の上に、学部でも深川先生のような方針のもとで育てられると一段と伸びますね。

深川 やはりモチベーションを上げることが大切だと思います。

大野 テキストもすべて独自開発していますし、早稲田の英語教育はNo.1だと胸を張って言えるのではないでしょうか。

中野 受験雑誌にも英語を勉強できる大学の中に、上智やICUと並んで早稲田が選ばれていますし、かつてマスプロ教育と揶揄されていた早稲田が、今では英語に限らず、意外に面倒見の良い大学だと言われています。十数年でここまでこられたのは、組織一丸となって改革に取り組んだからですね。

留学しなくても 外国人の友人ができる

中野 ただ、韓国や中国の有名大学と交流していると、まだまだ努力が必要だと思います。

深川 中国は日本と同じで国内市場が大きいので、英語ができなくても、自国語ができれば仕事ができました。しかし、最近ではグローバル化が急速に進んでいるので、少なくともエリート層は英語が必要になっています。とは言っても、母数が多いので、英語ができるのは一部のエリートだけだと思います。韓国は、通貨危機以後、急速に英語熱が高まっていますが、大学が面倒を見るというよりは、個人の努力によるもののようです。留学も個人負担がほとんどです。この犠牲もかなり大きいので、それほどプラスばかりともいえないと思います。

中野 韓国の大学では留学を推奨していますが、早稲田の場合、高い費用を払って留学しなくても、キャンパスにいながらにして1年間の語学留学くらいの英語に触れることができます。

大野 留学生が多く、キャンパスが国際化しているのも早稲田の強みですね。

深川 留学しなくても外国人の友人を作ることができますね。英語に自信がつくと、国際的なボランティアや留学生サポートに目覚める学生も多いようです。

身に付けるのは、国際的な コミュニケーションスキル

――では、英語教育に関する今後の課題、展望について、それぞれお考えのことをお聞かせください。

大野 国際教養学部はすべて英語で授業していますし、政治経済学部と3理工学部でも文部科学省の国際化拠点整備事業(グローバル30)の一環として、英語で単位がとれるクラスが用意され、秋には社会科学部でもクラスがスタートします。これは逆に言えば、日本人の学生も英語で学ぶチャンスがあるということです。将来的には、日本人の学生も英語で授業を受けたり、話したり、書いたりするのが当たり前になっていけばいいと思います。理想を言えば、同じ授業を英語でも日本語でも受けることができればいいですね。

 そのために、教員採用の際に英語ができる人を意識的に採るようにお願いしていますし、もともとおられる先生に対するサポート体制も整備してきました。9割方はできるけど、1割自信がないから英語で授業をしないという先生が多い。そういった先生のレベルを上げて戦力にするプログラムにより、毎年14~15名が米国研修に参加し、英語力だけでなく、教育メソッドも学んで、ティーチング力を高めています。

中野美知子(なかの・みちこ)/遠隔教育センター所長(教育・総合科学学術院教授) 略歴はこちらから

中野 現在、オープン教育センターでは、「General Tutorial English」のほかに、「Discussion Tutorial English」、「Business Tutorial English」など、いずれも4~6名の少人数クラスが用意されています。さらに開発を進めているのが、「Critical Reading & Writing」です。米国の有名大学では、知的な演説ができて、知的な文章が書けるようになるための訓練をしています。日本ではディベートの先生が少し教えているだけで、体系的に教えているところはありません。日本人は奥ゆかしい国民性から、議論になると腰が引けてしまうところがあります。私も国際学会では、威勢のよい人の前ではうまく発言できなくて、悔しい思いをすることがあります。そこで、英語教育を通して自分を主張できるような発言の習慣を身に付けられないだろうかと考えているところです。

 たまに、自分の英語を聞かせるために得意気に発言していて中身がない人もいますが、そういうのは困りますね。発音にこだわって中身のない英語を話しても仕方ありません。頭のキャパシティは決まっているのですから、発音は諦めて、メッセージ性を重視したほうがいいでしょう。

深川 ちょっと下手なくらいでいいんですよ。英語は上手でも自分の国の歴史に無知だったり、アイデンティティーがなかったりするのはおかしいですね。これからは、英語はできて当たり前。先日、ある学生から、自分は留学することにしたが、アメリカと中国のどちらがいいか質問されました。学生も限られた時間と費用をどう注ぎ込んでいくのか悩んでいます。一番避けなければならないのは、英語も中国語も中途半端になることです。やはり、英語をある程度まで伸ばすことが先決だと思いますね。当然、中国史や東洋史をやる人は、中国語ができたほうがいいですが、その分野でさえ学会発表は英語で行われたりします。ただ、高校までで英語がトラウマになっている人は、中国語を身に付けて自信を付けるという方法もあるかもしれません。

中野 日本は明治時代から、海外から取り入れた難しいコンセプトを日本語に訳して、日本語で学べるように国が努力してきました。アフリカの国々では、専門性が高いものは母国語に翻訳されていないので、フランス語で学ぶしかありません。日本は大学院で学ぶようなことも大抵のことは日本語に訳されています。しかし、研究者は国内だけで通用する学問をしていても仕方ないので、英語で論文を書き、英語で交流する必要があります。ビジネスマンも技術者も、グローバル化した時代の進歩についていくためには、常に勉強し続けなければなりません。

深川 フランス人やドイツ人が話している英語も完璧ではありませんが、彼らは平然と話しています。ですから、完璧な発音、文法でなくても通じればいいのだと思います。コミュニケーション力と言葉のうまさは別のものです。必要なのは、グローバルなコミュニケーションスキル。そのための手段が英語だと考えればいいのではないでしょうか。

中野 そうですね。一番大切なのは、世界で通用するコミュニケーションスキルです。アメリカ人でもコミュニケーションスキルがない人は、そのための研修を受けています。学生たちには世界中の人とコミュニケーションを楽しんでもらいたいですね。

大野 髙裕(おおの・たかひろ)/教務部長(理工学術院教授)

早稲田大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科博士課程修了。工学博士。同学部専任講師、助教授を経て、1995 年教授。2007年12月国際部長、2010年11月より教務部長。

深川 由起子(ふかがわ・ゆきこ)/広報室長(政治経済学術院教授)

早稲田大学卒業後、日本貿易振興会(JETRO)、日本長期信用銀行総合研究所、青山学院大学助教授、東京大学教授を経て2006年4月より現職。イェール大学大学院修士課程修了、早稲田大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。2008年4月より広報室長。

中野 美知子(なかの・みちこ)/遠隔教育センター所長(教育・総合科学学術院教授)

津田塾大学学芸学部卒業、同大学院修士課程、エジンバラ大学大学院修士課程・博士課程修了。応用言語学博士。スタンフォード大学言語情報研究所研究員、愛知大学教授を経て、1990年早稲田大学助教授、1992 年教授。2002年より遠隔教育センター所長。