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キャンパスナウ

▼10月号

SPECIAL REPORT

早稲田スポーツが駆ける道―Road of Waseda Sports

 日本のスポーツ界の発展において、早稲田大学はその一端を担ってきたと自負しています。さらに今後、日本のスポーツ界を盛り上げるために、早稲田大学にできることは何でしょうか。また、大学教育の一環としてのスポーツの可能性をどこまで追求できるのでしょうか。研究活動と競技スポーツの現状を明らかにすることで、今後の道のりを探ります。

【Part 3】先人達の軌跡

110年以上にわたる早稲田スポーツの歴史は、そのまま日本スポーツ界の歴史と言えます。誇り高き先人達の歩みを振り返ってみましょう。

早稲田スポーツ関連年表
1895 体育部の前身「早稲田倶楽部」発足
1897 東京専門学校体育部設立
1901 野球部が発足、学習院との対抗試合で初勝利を飾る
1903 第1回早慶対抗野球戦、慶應が勝利
1905 第1回早慶レガッタで優勝
1914 早慶明の三大学が野球リーグを組織
1922 第3回東京・箱根間関東大学駅伝競走で初優勝
1928 第1回早慶ラグビー定期戦開催
1932 オリンピック・アムステルダム大会で、織田幹雄(商)が三段跳びで日本初の金メダルを獲得、水泳100m自由形で高石勝男(商)が銅メダル、800mリレーで新井信男(専門部政治経済科)、米山弘(第一高等学院)とともに銀メダル
1936 オリンピック・ロサンゼルス大会で、南部忠平(専門部商科卒)が三段跳び金メダル、走り幅跳び銅メダル、西田修平(理工)が棒高跳び銀メダル、入江稔夫(理工)が水泳100m背泳銀メダル、横山隆志(商)が水泳800mリレーで金メダル
1942 オリンピック・ベルリン大会で西田修平が棒高跳び2大会連続銀メダル、杉浦重雄(専門部政治経済科)が水泳800mリレーで金メダル、牧野正蔵(商)が水泳400m自由形銅メダル
1943 第2次世界大戦のため早稲田大学体育会解散
1946 最後の早慶野球戦(学徒出陣壮行試合)、東京六大学野球連盟解散
1960 体育会復活とともに、東京六大学野球リーグ復活
1964 オリンピック・ローマ大会で山中毅(教育)が水泳400m自由形で銀メダル、大崎剛彦(第二商)が水泳200m平泳ぎ銀メダル、400mメドレーリレーで銅メダル
1968 第18回オリンピック・東京大会で上武洋次郎(アメリカ留学中)がレスリングで金メダル、水泳の岩崎邦宏(教育)と岡部幸明(第二政治経済)が800mリレーで銅メダル
1978 オリンピック・メキシコ大会で、早大生5人を擁するサッカー日本代表が銅メダル、釜本邦茂(第二商卒)が得点王に輝く。加藤武司(第二商卒)が体操団体総合金メダル、床運動銅メダル
1984 第13回福岡国際マラソンで瀬古利彦(教育)が史上第2位の記録で優勝オリンピック・ロサンゼルス大会で太田章(教育卒・現スポーツ科学部准教授)がレスリング銀メダル
1992 冬季オリンピック・アルベールビル大会で荻原健司(人間科学)、河野孝典(人間科学卒)がスキーノルディック複合団体金メダル
1994 冬季オリンピック・リレハンメル大会で荻原健司、河野孝典がスキーノルディック複合団体2大会連続金メダル
2006 冬季オリンピック・トリノ大会で荒川静香(教育卒)がフィギュアスケート金メダル
近年の早稲田スポーツの主な業績
2002 東京六大学野球リーグ戦52年ぶりの春秋連覇。和田毅(人間科学)がリーグ新記録となる通算476奪三振を達成
2003 ラグビー全国大学選手権13年ぶりの優勝(以後、3度、通算14回の優勝)
2007 東京六大学野球リーグ戦春秋連覇、33年ぶりの全日本大学野球選手権大会優勝
2008 第84回東京・箱根間往復大学駅伝で12年ぶりの往路優勝、総合2位オリンピック・北京大会で北川麻美(スポーツ科学)が、水泳200m個人メドレー4回連続で日本記録を更新し、6位入賞。藤井拓郎(スポーツ科学卒)400mメドレーリレーで銅メダル

※オリンピックの記録は主なもののみを掲載。
当時、早大現役学生は( )内に学部名を、校友には、( 卒)と明記した。
参考資料『早稲田スポーツの一世紀』(早稲田大学発行)

第1回早慶レガッタ優勝記念写真。早大端艇部(現・漕艇部)が慶大端艇部に挑戦状を送ったことにより、第1回早慶レガッタが行われ、慶應に勝利した。(『早稲田スポーツの一世紀』より)

早稲田から39名の代表を送り出したロサンゼルスオリンピックに船で向かう陸上・水泳選手団。船上でもトレーニングを行ったという。(個人蔵)

第2次世界大戦の敗色が濃厚となり、学徒出陣を明日に控えたこの年の10月16日、「最後の早慶戦」(学徒出陣壮行試合)が行われた。終了とともに早大が「若き血」を、慶大が「都の西北」を斉唱、その後、「海ゆかば」の大合唱が球場を包んだという。(早稲田大学大学史資料センター蔵)

ピッチャー、斎藤佑樹(教育)がリーグ春秋通算8勝をあげ、春秋連続優勝に貢献した。第56回全日本大学野球選手権大会では2回戦・準決勝・決勝の3試合に登板。2勝を記録、チーム33年ぶりの選手権制覇に貢献し大会最高殊勲選手に選ばれた。

OBからのメッセージ

早大OBとして、アスリートとして日本スポーツ界の発展に大きな影響を与えた方、また現役プロ選手として活躍されている3人の方にメッセージをいただきました。

「教育」によって人が育つということに目覚めてほしい

廣岡 達朗さん 1954年教育学部卒

 早稲田大学野球部は、安部磯雄先生によって設立されました。その野球部の父とよばれた、野球部OB・元監督の飛田穂洲先生のお書きになった「早稲田大学野球部建部精神」に、「早稲田の理念を理解し、そこに技術が備わったとき初めてユニホームを渡すべき」とあります。私が現役野球部員の頃もそうでしたが、先輩方が培われた伝統を守り、学生の本分を大切にしつつ、スポーツ選手としての誇りをもって日々精進することをやかましく教育されました。現役の各部のみなさんにも、時代の流れの商業主義に学生が染まることなく、各部の伝統を重んじながら、「早稲田の選手である」ことにプライドを持って、学生生活に励んでほしいですね。

 また、大学スポーツにおいては、能力の高い選手を集めて勝てばよいものではなく、「教育」によって人が育つということに目覚めてほしいです。“人は万物の霊長である”というすばらしことに気付かねばなりません。その為には何をしなければならないか、何が必要かを考えなければなりません。人間の改革が必要です。今までの過程では、知らず知らずのうちに消極的なことが潜在意識に入りすぎています。これを追い出さなくてはなりません。積極的なものに入れ替える、いわゆる観念要素の更改に着手する必要があります。積極的な人間になることで、神経系統がより活発に正常に働き健康になります。すると違った世界が見えてきます。このように「教育」は、強力なエネルギーを持っているものです。これに気づくか、気がつかないかで、後悔のない学生生活および選手生活を送ることができると思います。

廣岡 達朗(ひろおか・たつろう)

早大在学中は、東京六大学リーグのスタープレーヤーとして名を馳せた。現役時代は読売ジャイアンツで活躍、引退後、広島東洋カープ、ヤクルトスワローズ、西武ライオンズの守備コーチ、ヘッドコーチ、監督を歴任。ヤクルト、西武を優勝・日本一に導く。1992年野球殿堂入りを果たす。

見えない将来に不安なく立ち向かえる

荻原 健司さん 1992年人間科学部卒

 早稲田大学の学生として過ごした4年間は今も記憶に新しい。特に体育会スキー部の一員として過ごしたことは貴重な思い出です。4年間のスキー部寮での生活では規律ある生活を送り、また、4年生の時にスキー部主将を務め、インカレ優勝をはじめとするスキー部としての目標に向かって、部をまとめるという役割も務めました。

 これらの経験は現在の仕事の中でも、あるいは生活そのものの中に活きています。

 また、やはりなんといっても早稲田での経験はその後のスキー選手としての活動にも大いに影響しました。私は、4年生の時に初めて出場したアルベールビルオリンピックで金メダルを獲得することができたのですが、スキー部の先輩達とオリジナルの練習メニューを作ってやってきたことが報われたことで、自分達でもやればできるという大きな自信になりました。このことが卒業後のオリンピック連覇や世界選手権大会、ワールドカップなどの国際大会での優勝につながっていったことは間違いないです。

 早稲田のみなさんには、現在の取り組みを大切に、力いっぱい全力で取り組んで欲しいと思います。自分がやっていることに誠心誠意取り組めば、見えない将来にも不安なく立ち向かえることができるからです。

荻原 健司(おぎわら・けんじ)

ノルディック複合の選手としてオリンピック団体戦で2大会連続金メダル獲得、ワールドカップ個人総合3連覇。引退後は子どもたちにスキーの楽しさを教えるボランティア活動などを行う。2004年7月、参議院議員選挙初当選。スポーツ振興や教育問題、環境問題に力を注ぎ活動中。

人の心を惹き付ける何かが、そこにはあった

佐々木 隆道さん 2006年人間科学部卒

  私が早稲田スポーツを通して一番に学んだことは、「目標を立て、それに対するプロセスをしっかりと踏んでいくこと」。それが勝利の哲学であり、成功の秘訣であるということです。当たり前のことではありますが、ワセダにはその文化がありました。私は今、サントリー・サンゴリアスのプロラグビー選手としてプレーしていますが、その活動で追求していることは、学生時代のそれとさほど変わりません。それぞれで目標が異なるだけです。

 自分たちのやってきたことが多くの人の心を動かす。試合に勝った、負けたということではなく、そういった体験をできたことが、卒業した今でも心に残っています。人の心を惹き付ける何かが、意図することなく、そこにはあった。大学を卒業した今は、それを意図して生み出せる人間になりたいと思い、日々活動しています。

 ワセダはまた、今ある環境がいかに幸せで、どれだけ多くの方に支えられて自分があるのかを学んだ場でもありました。その厚いサポートを受けて、勉強、スポーツに心置きなく取り組めるのが、学生の特権です。この大事な時間をムダにすることなく、目標を見失うことなく、精一杯がんばってください。みなさんの活躍をOBとして心から応援しています!

佐々木 隆道(ささき・たかみち)

早大ラグビー部では、2005年に主将として大学日本一に輝く。ジャパンラグビートップリーグのサントリー・サンゴリアス所属。日本代表としても活躍、ラグビーワールドカップ2007(フランス大会)オーストラリア戦では史上最年少ゲームキャプテンを務めた。